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つかさが専門学校を卒業するに当たり親からパソコンが贈呈された。しかしつかさはパソコンの操作や内容がよく理解できていない。そこでこなたにセットアップを依頼した。 こなた「これでよしっと……メール、インターネットは使えるようにしたよ」 つかさ「ありがとう、使い方も教えてもらうと助かるのだけど」 こなた「つかさ、後は使って覚えるしかないよ、メールとインターネット、ワープロとかなら今までも使えていたでしょ、それと同じだから」 つかさ「そうなの、分ったよ、やってみる」 こなた「ところでつかさ、このパソコン、メールとインターネットだけやるには勿体無い仕様だよ……どうだいゲームをインストールしてあげようか?」 つかさ「私今はそんなにお金持ってないよ」 こなたは不敵な笑みを浮かべた。 こなた「ふふふ、別にお金なんか要らないよ、ほら、いくつか持ってきた、選り取り見取りだよ」 こなたは鞄からいくつかソフトを取り出しつかさの机の上に並べた。 こなた「ネットゲームは?」 つかさ「んー、時間かかりそうだし難しそうだよ」 こなた「ギャルゲーは?」 つかさ「やった事ないし、それに私は女性だし……」 こなたは暫く考えた。 こなた「それじゃロールプレイングはどうかなこのゲームは全年齢対象だし面白いかもよ」 つかさ「それならいいかも」 こなたはつかさに許可を取る間も惜しむようにパソコンにそのゲームをインストールしだした。 つかさ「ちょっと、私まだゲームをするって言ってないよ」 こなた「いいから、いいから、興味なければアイコンをクリックしなければいいのだし……」 こなたに押し切られた。つかさはそれ以上何も言わなかった。そこにかがみがやってきた。 かがみ「ほー、こなたにしては珍しいわね、ちゃんとやっているみたいね」 こなた「一言余計だよ、私だってやる時はやる」 かがみ「言ってくれるじゃない、まさか変なゲームなんか入れていないわよね」 疑いの眼でこなたを見つめるかがみ。 つかさ「今ゲームを入れてもらっているの こなた「バカ……そこで言っちゃダメ……」 かがみ「……つかさに変な事教えないでよね」 こなた「ただの普通のロールプレイングゲームだよ……それにもうつかさだって大人なのだしそのへんの分別はついてよ、いつまでも子ども扱いしていると嫌われるよ」 こなたとつかさは見合って頷いた。 かがみ「ただの普通のって強調する所が怪しいわね、つかさも相槌なんかして……まあいいわ、一段落したら台所に来て、お昼作ってあるから」 こなたは驚き、嫌な顔をした。そんなこなたを尻目にかがみは台所に戻って行った。 こなた「も、もしかしてそのお昼ってかがみが作ったの?」 つかさ「今日はお母さんも居ないし、お姉ちゃんしか他に居ないよ」 こなた「うっげー、つかさの作ったのが良かったな、おばさんのもなかなかだったよね……期待していたのに……」 こなたは項垂れた。 つかさ「それよりこなちゃん、ゲームの方は終わりそうなの?」 こなた「もう放っておいても大丈夫だよ」 つかさ「それじゃお昼食べに行こうよ」 こなたは渋々と台所へと向かった。 こなたは台所の入り口で立ち止まった。つかさは立ち止まったこなたに後ろからぶつかった。 つかさ「ふぎゅ……こなちゃん急に止まっちゃってどうしたの?」 こなたは目を疑った。『普通』の料理が並べられている。『普通』に食べられそう。『普通』……かがみの料理に関して言えばこなたにとっては驚くべき光景だった。 こなた「これってみんなかがみが作ったの、昨日の作り置きじゃない」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「ふふふ、いつまでも料理下手なんて言わせない、私だってやる時はやる」 つかさの部屋でのお返しとばかりの台詞。 こなた「言ってくれるね、見た目だけじゃ分からないよ、食べてみないとね」 かがみはまるでメイドのように椅子を引いてこなたを誘った。それに吸い込まれるようにこなたは椅子に座った。 つかさ「……その料理、先週私が教えた……」 かがみ「バカ……言っちゃ……ダメでしょ」 今のこなたにかがみとつかさの会話は聞こえていなかった。箸を持ち料理を摘むと無造作に口に放り込んだ。かがみは固唾を呑んでこなたの行動を見ていた。 かがみ「どう?」 こなたは何度も料理を噛んでから飲み込んだそして暫く何も言わずに机に並べられた料理を見ていた。 こなた「……美味しい」 かがみ「聞こえない、もう一回」 これはこなたにとっては屈辱に近い。しかし真実は変えられなかった。 こなた「美味しいよ、さっきのは撤回する」 かがみ「やった!これで苦手を克服したわよ」 ガッツポーズをして喜ぶかがみだった。そんなかがみをこなたは冷ややかに見ていた。 こなた「いまさら何で料理なんか……食べさせたい彼氏でもできたの?」 かがみの動きが止まった。そして急に顔が赤くなった。当てずっぽうで言った言葉にこれほど動揺するとは思わなかった。 こなた「……図星かい……いつの間に、相手は同じ大学の人?」 つかさ「え、お姉ちゃん、こなちゃんの言っているの本当なの?」 つかさまでが本気にしだした。しかしかがみは別に彼氏ができた訳でも好きな人が居るわけではなかった。こなたの思いも寄らない質問が出たので動揺しただけだった。 かがみ「そんなんじゃないわよ、気になる人は居るけど話もしたことないわよ……」 こなた「ふーん、話したこともないって……はぁー」 片手を額に当ててため息をつく。 かがみ「な、なによ、そんなの私の勝手でしょ」 こなた「そうやってチャンスを逃しちゃうのだね……高校時代みたいに」 その言葉にかがみは見透かされたような衝撃が走った。言い返せなかった。そんなかがみを見ながらこなたは話し続けた。 こなた「かがみがいつも私達のクラスにお弁当を食べにきていた、それは何も私達に会いたいためだけじゃなかった……でしょ?」 かがみ「それは……」 言葉を詰まらせた。 こなた「かがみがチラ、チラ、って見ているのを知っていたよ、その先目線の先の男子生徒……名前は……」 かがみ「わー、その先は言うな、言ったら殴るぞ」 真っ赤な顔でこなたの口を両手で塞いだ。しかしこなたは直ぐにかがみの手を跳ね除けた。 こなた「もう過ぎたことなのに、そんなに照れなくてもいいじゃん……名前は言わないよ……その様子だと告白はしてないね?」 かがみは黙って頷いた。 こなた「もう諦めたの?」 かがみ「……もう過ぎたこと、こなたがそう言ったでしょ、もうその話はいい」 こなた「……わかったよ、もう言わないよ、でも何もしないと相手には何も伝わらないよ」 かがみ「そんなのは分かっている……分かっているわよ」 なにか重い雰囲気が広がった。それはこなたが帰るまで続いた。 その夜、つかさは自分の部屋で考え事をしていた。お昼のかがみとこなたの会話。こなたはかがみの好きな人を知っていた。 妹である自分は全く分からなかった。気が付かなかった。しかしこなたはかがみの心境を見抜いていた。 つかさは高校時代、かがみのクラスに気になる男子生徒が居た。これは誰にも言わない秘密。忘れ物をしていないのに教科書を借りにかがみのクラスに行ったことも しばしばあった。その人を見ていたいからだった。それでもこなたやかがみ、みゆきもつかさについては全く気付いていなかった。 もともと気が付かないようにしていたのだからある意味それは成功であった。でもかがみには気付いて自分のは気付かれない。なにか寂しい。つかさの心は複雑だった。 でも結局つかさ、自分も相手に告白していない。何も無いのと同じ。かがみと同じだった。こなたの最後の言葉が頭から離れなかった。 つかさ「あっ!」 つかさは思わずこなたがインストールしたゲームのアイコンをクリックしてしまった。別にゲームする気は全くなかった。でもおかしい。ゲーム画面が全く出てこなかった。 不思議に思って暫く画面をみているといきなり真っ白なウインドが立ち上がった。そこにはゲームタイトルすら出ていなかった。 きっとインストール途中でお昼に行ったからなにか不具合があったに違いない。そう思いながらウスを動かし画面消去、閉じるバツ印をクリックした。 『カチカチ』 空しくクリックするマウスの音が部屋に響いた。何度やっても画面が消えない。もうそろそろ寝るつもりだった。このまま電源落とそうと電源ボタンに手を伸ばした。 突然画面が変わった。電源を切る手が止まった。画面にはカレンダーと時計が表示されている。そして地図らしき画面も出てきた。 良く見るとその地図らしき画面は自分の住んでいる街のようだった。画面に描かれている線路を追っていくと最寄りの駅の名前が書いてあった。自分がその駅から帰る道を 追っていくと自分の家の辺りに赤く点滅するマークが点いていた。カレンダーと時計を見ると現在の日時が刻まれている。なんのゲームだろう。つかさは首を傾げた。 つかさはおもむろにマウスを手に持ち地図を見てみた。ドラックすると地図はスライドする。つかさは通学してきた道を追うようにマウスを操作した。 つかさ「あった」 独り言。陸桜学園と書かれている所までたどり着いた。地図を読めたのは初めてだった。少し嬉しかった。思わず陸桜学園の真上にカーソルを動かしクリックした。 すると陸桜学園の場所に青く点滅するマークがついた。マウスを動かしたが地図は固定されて動かなかった。何か設定か何かが終わった感じだったがつかさはあまりゲームを していないのでよく分からない。すると今度はカレンダーの日付が赤く点滅しだした。今日の日付だ。そして時計も赤く点滅している。今の時刻だ。 つかさは考えた。地図と同じように日付を決めるのかもしれない。 (やっぱり学校なら……あの日しかないよね) 卒業式の午後……つかさが言おうとして言えなかったあの日あの時。つかさはマウスを操作して日付と時刻をその時に合わせた。すると今度はカレンダーと時計が青く点滅した。 新たに画面が出てきた。 『これでいいですか?』『YES』『NO』 何が良くて何が悪いのかは分からない。しかしつかさは『YES』のボタンをクリックした。画面が消えてしまった。 つかさ「えー、何も起きないの、期待したのに……」 また独り言、つかさはため息を一回ついた。どうやらこのゲームはインストール失敗のようだった。つかさはお風呂に入るために部屋を出た。 急に眩しい光が差し込んだ。光の方向を見上げた燦燦と太陽が照り付けていた。おかしい。もう寝る時間のはずだった。自分の部屋を出ただけだったはず。 つかさは辺りを見回した。花壇。植えられた草花。後ろを向くと見覚えがある建築物。体育館……そう、陸桜学園の体育館。ここは体育館の裏庭だ。 はっと気が付いた。自分の今の姿だった。私服でしかも足はスリッパを履いている。誰かに見つかったら怪しまれる。つかさは身を低くして花壇の植え込みに身を隠した。 つかさはその時気が付いた。もしかしたらあのパソコンで設定した通りの日時と場所に来ているのかもしれないと。 つかさ「どうしよう、どうしよう」 何も考えられない。でも学校から出た方がよさそうなだけは理解出来た。裏門からこっそり出よう。そう思った。身を低くしたまま移動をした。 裏門に着くとつかさの足が止まった。裏門には制服を来た自分の姿があった。 (なんで裏門なんかに私が) その状況を思い出すに時間はかからなかった。 そうだった。彼に告白をするつもりだった。彼はいつも裏門から下校する。だから…… つかさは過去の自分を見ている。自信なさげに裏門の端に隠れるようにして立っていた。 (なんで隠れているの、それじゃ意味ないよ……) 植え込みの陰から過去の自分を見た。自分ながら情けない姿だったと思っていた。暫くすると校舎から一人の男子生徒が歩いてきた。目当ての人だった。 男子生徒は普段のように歩いてきている。過去のつかさは胸に手を当てじっと彼を見ていた。しかし彼は気付かない。 (今だよ、今飛び出して……) つかさは今にも叫びそうになったが耐えた。彼はそのまま過去のつかさを素通りして門を潜り去っていった。過去のつかさは手を胸に当てながらため息をついて項垂れた。 彼を追うこともなく過去のつかさは校舎の方に戻っていった。 (なにやっていたのだろう……ただ一言言うだけだったのに……) ただため息をつくばかりだった。 裏門は思いのほか人の出入りがあった。ここからは出られそうにない。つかさは裏門から出るのを諦め体育館の裏庭に戻った。するともう一人植え込みの陰に 隠れている人陰を見つけた。つかさには気付いていない様子、体育館の方を見ている。目を凝らして良く見ると制服を着たかがみの姿があった。 (お姉ちゃん、なんでこんな所に……そういえば私が教室に戻った時お姉ちゃんはまだ居なかった) 不思議に思いながらかがみを見ていると誰かを待っているようだった。でも隠れているのはどう見てもおかしい。かがみの手には手紙らしきものを持っている。 暫くすると体育館の方から男子生徒がやってきた。それはつかさのクラスメイトだった。こなたの話を思い出した。 (お姉ちゃん、もしかして手紙を渡すために呼んだのかな……その手紙はラブレター……) 男子生徒はキョロキョロと辺りを見回している。呼んだ人を探しているみたいだった。しかしかがみは一向に彼の前に出る気配はなかった。かがみは彼を見ているだけだった。 呼んだのはかがみだとつかさは確信した。数分経っただろうか。 男子生徒「おーい何している?」 体育館から別の男子生徒がやってきた。彼の友達だ。 彼「いやね、ここに来て欲しいって書置きが下駄箱にあってね……」 男子生徒「……悪戯だよ、少しは考えろよ……誰がお前をこんな所に呼ぶ」 彼「そうだよな、バカみたいだった、行こうか」 男子生徒たちは裏庭を後にした。かがみはそのまま彼を見送った。かがみは手紙を広げてじっと見つめた。そしてビリビリに破りその場に捨てた。 かがみの目には涙が流れていた。かがみはその涙を拭おうとはせず走ってその場を去って行った。 つかさ「お姉ちゃん……あの後笑って私達の前に現れて……カラオケパーティだって私達を誘った……そんな事があったなんて……知らなかった」 つかさはかがみが隠れていた場所に歩くと破られ捨てられたラブレターを拾った。 はっと気が付いた。つかさは辺りを見回した。自分の部屋に居た。思わずパソコンの画面を見た。画面は消えたままだった。夢を見ていたとつかさは思った。 つかさはパソコンの電源ボタンを押そうとして手を出すと。その手には破られた手紙の破片を握っていた。 『コンコン』 ドアがノックされた。 かがみ「つかさ、まだ起きているの、先に寝るわよ……」 かがみは深夜になっても起きているつかさを見て驚いた。 かがみ「珍しいこともあるわね……さてはこなたに貰ったゲームをしていたな……」 つかさは手に持っているものを見ていた。かがみは不思議に思いつかさに近づいた。 かがみ「何よ、それは……えっ……なんでつかさがそんなの持っているのよ」 つかさは手紙の破片をかがみに渡した。かがみは手渡された手紙の破片を見て当時の感情が湧きあがってきた。 つかさ「お姉ちゃんの気持ち、すごく分かるよ、言えなかったの……言えないって辛いよね……」 つかさの言葉にかがみは冷静さを失った。手紙を握り締めながらかがみは泣いた。あの時を思い出して。 数日後つかさはこなたを家に呼んだ。もちろんゲームに関して聞きたかったからだ。 こなた「何のゲームかっだって、やっていて分からなかったの?」 思い切って先日起きた出来事を話した。かがみの秘め事については伏せた。自分については諦めが着いたけどかがみはまだ心の傷は癒えていないと思ったからだ。 こなた「過去の世界に行っただって……ふふふ……つかさ夢でも見たのだよ」 つかさは内心がっかりした。今まで秘めていた自分の恋を打ち明けたのにこの程度の反応だったなんて。 つかさは黙ってパソコンを立ち上げゲームのアイコンをクリックして見せた。こなたは驚いた。見た事もない画面が出てきたからだ。 こなた「何、この画面は?」 つかさ「何って、聞きたいのはこっちだよ、壊れちゃったのかな」 こなた「どうやって操作したのさ、過去に戻るってどうしたの?」 つかさはこなたに説明をした。 こなた「赤い点滅と青い点滅か……赤が現在、青が行きたい年代って訳か……つかさにしてはよく分かったね」 つかさ「こなちゃん、元に戻るかな?」 しかしこなたは元に戻す素振りは見せなかった。 こなた「……つかさに好きな人が居たって話は驚いたけど……言っているのが本当なら……私達は凄い物を手に入れた、そう思わない?」 つかさ「凄い物?」 鈍いつかさにこなたはため息をついた。 こなた「タイムマシーンだよ、誰も成し遂げられなかったタイムマシーン、時間旅行ができる、過去を変えることが、未来を確かめに行く事ができる、凄いよ」 つかさはそうは思わなかったつかさが過去に行って戻ってきた時はかがみがただ悲しみに泣いていただけだった。 つかさ「私はそんなに凄いとは思わないよ……」 そんなつかさにこなたは珍しく真面目な顔になった こなた「私も行ってみたい時代がある……できればやり直したい……」 つかさ「まさかこなちゃんも告白出来なかったの?」 こなたは黙ったままだった。つかさはもうそれ以上聞けなかった。こなたがかがみの心情に詳しかったのも理解できた。 こなた「……なんてね、タイムマシーンだなんて夢物語だよ、つかさは疲れて夢でもみたね、ゲームを元に戻したいけど今はソフト持って来てない、今度の休みにでもね」 笑顔で答えるこなた。つかさには作り笑顔に見えてしかたなかった。こなたはそそくさと帰り支度をし始めた。 つかさ「え、もう帰っちゃうの、お姉ちゃんもゆきちゃんもそろそろ来る時間だよ」 こなた「今日はそんな気分じゃない……二人によろしくって言って」 つかさ「……うん」 こなたは帰った。暫くするとかがみとみゆきが入れ替わるように来た。 かがみ「ただいま」 みゆき「お邪魔いたします」 つかさ「お姉ちゃんおかえり、ゆきちゃんいらっしゃい」 かがみとみゆきはつかさを見ると心配そうな顔をした。 かがみ「さっきこなたとすれ違ったわよ……何があったのよ、まさか喧嘩でもしたって訳じゃないでしょうね」 みゆき「どうしたのですかと聞いても、帰る、の一点張りでした、どうかしたのですか?」 つかさ「……何でもないよ、喧嘩もしてない、今度の休みにまた会う約束したし……何でもないって……お姉ちゃん、ゆきちゃん、上がって」 みゆき「それならいいのですが……」 かがみ「ま、つかさとこなたの事に口出しは無用ね、それじゃ、出かけましょ」 つかさ「あれ、どっか行くの?」 みゆきはクスクスと笑い出した。 かがみ「ちょっとしっかりしなさいよ、買い物に行く約束だったでしょ、つかさが言い出したのよ」 つかさ「あっ!!そうだった、ごめん」 つかさは急いで出かける支度をした。 楽しい買い物も終わりみゆきと別れ、つかさとかがみは帰宅した。 つかさは自分の部屋に入り着替えた。ふと自分の机を見た。パソコンの電源が入りっ放しになっていたのに気がついた。 こなたがいじっていて消すのを忘れたようだ。つかさは電源ボタンに手を伸ばした。 つかさは画面を見て電源を切るのを止めた。画面には『これでいいですか?』『YES』『NO』と表示されていた。 つかさ「そういえばこなちゃんが弄った、もしかして設定しちゃったのかな」 つかさはマウスで『NO』をクリックした。しかしまた元の画面に戻ってしまう。何度しても元の画面に戻ってしまった。つかさは強硬手段に出た。 パソコンの電源ボタンを押して直接切った。でも電源は落ちなかった。直接コンセントを抜くこともできたが新品のパソコンが壊れてしまうかもしれない。それだけは避けたい。 『YES』をするしかなさそうだった。つかさは思った。こなたのやり直したいと言っていた時代にいけるのかもしれない。興味が出てきた。 いったいどんな物語が見られるのだろうか。つかさは高校時代の制服を着て玄関から靴を用意し自分の部屋に戻った。 深呼吸を一回した。 つかさ「こなちゃんごめんね」 まるで他人の不幸を見に行くような自分。思わずこなたに謝った。 そしてつかさは靴を履いて『YES』をクリックした。 何も起きなかった……やはりあの時は偶然だったのだろうか。つかさは考えた。あの時、風呂に入りに行こうとして扉を開けたら過去に行けたのを思い出した。 つかさはゆっくりと部屋の扉を開けた。 急に静かになった。そこは陸桜学園ではなかった。閑静な住宅街の家の門の目の前につかさは立っていた。表札には『泉』と書かれている。何度も来たことのあるお馴染みの 家、こなたの家の前だった。つかさは周りを見回した。特に変わった様子はない。何となくこなたの家が少し新しく見えるくらいだろうか。いったいどのくらい前の時代なのか まったく検討がつかなかった。つかさはとりあえず駅の方に歩いていった。見慣れた風景、だけどなにか違和感があった。 違和感と言えば久しぶりに着たせいかなのか制服がなんとなく着心地が悪い。もしかしたら少し太ったのかもしれない。 つかさは不思議に思った。学校ではなく何故自分の家だったのだろうか。近くに居た彼氏だったのかも。これなら普段着でも良かったのかもしれない。 曲がり角を曲がると道端に女性が倒れているのを見つけた。もう駅にだいぶ近い所だった。つかさは女性に駆け寄った。 つかさ「大丈夫ですか?」 女性「だ、大丈夫です、そこの椅子まで……」 女性の指差す方を見ると公園のベンチがあった。つかさは女性腕を自分の肩にかけて公園のベンチまで運んだ。つかさは女性を椅子に座らせて彼女の顔を見た。 つかさ「こなちゃん!」 叫んだが直ぐに間違えだと気付いた。 女性「こなちゃん?」 つかさ「い、いえ、人違いでした……本当に大丈夫ですか?」 こなたに似ている小柄な女性、以前こなたの家で写真を見たことのある人。その人が目の前に座っている。泉かなた。その人であった。しかし写真で見るよりもやつれている。 つかさはかなたが倒れていた所にあった荷物を持ってきてあげた。 かなた「すみませんね」 申し訳なさそうにつかさを見た。 つかさ「いいえ、倒れているのでビックリしました、救急車を呼びますか?」 かなた「大丈夫です、ですけど、もし良かったから私の荷物から水と薬を取っていただけると助かります」 つかさは鞄から薬と水筒をとってかなたに渡した。薬を飲んでいるようだった。病気なのだろうか。そういえばつかさはこなたから母親の死因を聞いていなかった。 もっともそんなのはよっぽどでなければ聞くことはまずないだろう。 つかさ「病気……なのですか?」 かなたはゆっくり薬を飲むと水筒をつかさに渡した。つかさは元の鞄に水筒をしまった。 かなた「お産後、ちょっと調子がわるくなって……ふぅ……楽になりました……」 つかさ「良かった……」 するとかなたの目がすこしきつくなった。 かなた「見たところ学生みたいだけど、こんな時間に……授業はどうしたの?」 声はとても優しかった。しかしつかさは答えを用意していなかった。なんて言えばいいのだろうか。何か見透かされているような目だった。嘘はつけそうにない。 つかさ「えっと、その……」 言葉を詰まらせるつかさ。かなたはそんなつかさに微笑みかけた。 かなた「その制服は陸桜学園……かしら、言えない事情があるのね、でも私を助けてくれた……もう聞かない……名前を聞いてもいい?」 つかさ「柊つかさです」 かなた「私は……泉かなた」 何か和んだ気持ちになった。かなたは暫く椅子で休んだ。つかさも話しかけるわけでもなく邪魔しないように近くに居た。 かなた「もうすっかり落ち着いちゃった、ありがとう」 つかさ「はい」 かなたは椅子からゆっくり立ち上がった。しかしフラフラしている。バランスを崩して倒れそうになった。つかさは自分の体を盾にしてかなたを支えた。 つかさ「家まで送ります」 かなた「ごめんね、こうなったら最後まで甘えさせてもうらおうかな、お願いします」 つかさはかなたを支えながら家の方に向かった。つかさは思った。本来こうするのはこなたじゃないといけなかったじゃないかと。 こなたはこの時代にセットをした。きっとかなたに会いたかったに違いない。興味本位で来てしまったつかさは後悔をしていた。 つかさ「家に着きました」 かなた「……不思議ね、私は道を教えていないのに……一回も間違わないで誘導してくれた……もしかして私を知っているのかしら?」 つかさはそこまで気が回らなかった。なんて言っていいのか分からない、ただ黙っているしかなかった。かなたはそんなつかさに微笑みかけた。 かなた「よかったら上がっていって、お茶でもどうぞ」 かなたは玄関の扉を開けてつかさを招く。つかさはこのまま帰りたかった。でもこのまま帰るのもなにか気が引ける。つかさはただ黙って泉家に入っていった。 つかさは居間に通された。今の状態と全く同じ配置にテーブルや家具が配置されている。つかさが居間の椅子に座るとかなたは台所で作業を始めた。 なにか落ち着かない。つかさはキョロキョロと辺りを見回していた。 かなた「そんなにこの部屋珍しい?」 笑いながらお茶を持ってきた。つかさの目の前ににお茶とお茶菓子を置くとかなたも席に着いた。何か言わないと。つかさは焦った。 つかさ「えっと、お子さんは、何処にいるのですか?」 かなたはつかさに落ち着きがないのはそのせいかと思った。 かなた「あ、赤ちゃんの気配がないから落ち着かなかったみたいね……そう君……夫が不規則な仕事をしているし、今の私もこんな状態だから親戚に預けているの」 その親戚はきっとゆたかの実家だとつかさは思った。 つかさ「そうですか……すみません家庭の事を聞いちゃって」 かなた「いいのよ、話したいから話しただけ、それよりお茶とお菓子食べちゃって」 つかさはお茶を飲み始めた。かなたはそんなつかさを見つめていた。つかさは少し恥ずかしくなった。 かなた「さっきお茶にお砂糖を入れる時、何の迷いもなくその瓶を選んだでしょ……つかさちゃん」 つかさ「えっ、だっていつも……」 つかさはドキっとした。色違いの同じ形の瓶に砂糖と塩が入っている。つかさは無意識に砂糖の入っている瓶を取っていた。 つかさはかなたを見て目を潤ませてしまった。なぜか無性に悲しくなった。こんないい人にもう会えなくなってしまうなんて。 かなた「この家をを知っているみたいと言うのかな、つかさちゃんを見ているとなんか他人のような気がしない」 何も言えなかった。つかさは俯いて涙を隠した。かなたはその涙に気付いたみたいだった。 かなた「家出でもしたの、きっと家族の方が心配していると思う」 これはチャンスだった。かなたが勘違いをしている。と言っても未来から来たなんて思わないだろう。つかさはそれに便乗することにした。この場を早く離れたかった。 つかさ「うん……そうかもしれない、私、帰った方がいいかな」 かなたは席を立つと引き出しから財布を取り出した。 かなた「これは少しだけどお礼、交通費の足しにでもして」 かなたはつかさの手を掴み持ち上げた。手の上にお金を置いた。 つかさ「こんなに、受け取れません……」 かなた「私の命の恩人ですものね」 かなたはにっこり微笑んだ。その笑顔に思わずつかさはそのお金をポケットにしまった。そしてそのまま玄関へと歩いてった。かなたもつかさの後を付いて見送ろうとした。 つかさ「あ、あとは私一人でいいので、休んでいて下さい」 かなたは立ち止まり笑顔で手を振った。つかさはドアを開けた。 外に出たはずだった。しかしそこは自分の部屋の中だった。現代に戻ってきた。その目の前にかがみが居た。 かがみ「つかさ、どうしたのその格好……まさかコスプレやっているって訳?」 かがみは呆れた顔でつかさを見ていいた。 つかさ「これは……へへへ」 苦笑いをした。 かがみ「まったく呼んでもこないから何をしていると思ったら……今頃になってこなたの趣味が感染するなんて……趣味の世界だから干渉はしないけど土足は止めにしないか」 つかさは慌てて靴を脱いだ。 かがみ「もうすぐご飯よ、着替えてからおりてきて」 つかさはポケットからお金を出した。かなたの笑顔が脳裏に浮かんだ。また涙が出てきた。しばらく下に降りることができなかった。 休日の日が来た。午前中からこなたは柊家に訪れていた。つかさはこなたに謝らなければならなかった。 つかさ「早速だけど私はこなちゃんに謝らないといけないの」 こなた「なぜ、何も悪い事なんかしてないじゃん」 きょとんとしてつかさを見た。 つかさ「この前こなちゃんが来たとき私のパソコンでゲームの設定をしたでしょ……時間と場所」 こなた「……したけど、それがどうかしたの?」 少し間を置いてから話した。言い難かったからだ。 つかさ「私……行っちゃったの、こなちゃんのやり直したいって言っていた時代に……」 こなたは俯いてしまった。つかさは思った。これでこなたと友達で居られないかもしれないと。きっと怒ってくる。覚悟した。 こなた「ふふふ、家出の少女ってつかさだったのか……やっぱり、何となくだけど試しに入れてみた時間と場所……これは本物だよ、つかさ」 つかさ「え、どうゆうこと?」 つかさは聞き返した。 こなた「あの日はお母さんが入院する日だった、お父さんから聞いた話だよ、その日、家出してきた陸桜の生徒に助けられたってね……その子の特徴が つかさに似ている、名前も聞いたらしいけどお父さんは忘れちゃった、だけどもうこれで分かったよ……」 つかさ「こなちゃん、もしかして私が行くと思っていたの?」 こなた「多分本当の事を言っていたら行かなかったでしょ、だから失恋っぽく演出したのだよ……もしかして制服着て行ったの?」 つかさ「設定した場所が学校だと思って……」 こなた「ふふふ、ははは、傑作だよかがみに見せたいくらいだ」 つかさ「見られちゃったよ……こなちゃんの趣味が感染したって言われた」 こなたは大笑いを始めた。しかしつかさはあまり悪い気にはならなかった。こなたは暫く笑い続けた。 こなた「つかさ、お母さんはどんな人だった?」 唐突だった。つかさは驚いた。 つかさ「え、なんで今更、おじさんとか、成実さんから聞いてないの?」 こなた「聞いているさ、聞いているけど……お父さんは妻としてしか聞いてない、ゆい姉さんはその時はまだ子供だった……つかさの思ったとおり教えて」 つかさは天井をみて少し考えてから話した。 つかさ「……とっても優しかった、あの時おばさんを助けたけどなんだか私が助けられたみたいだったよ、それにね、お金までくれるなんて、受け取っちゃけど返したいな」 こなた「そう、つかさのお母さんと比べてどう?」 つかさ「……こなちゃん、お母さんって比べるものじゃないと思うけど……」 こなた「そうだよね、そうだった……ごめん……でも比べないとイメージが湧かないよ」 また俯いてしまった。今度は本当に悲しいみたいだった。血の繋がっていない他人のつかさが悲しくなるくらいだ。こなたが悲しくなるのはつかさにも痛いほど分かった。 つかさ「それだったら会いにいく?」 こなたは俯いたまま動かない。つかさは質問を変えた。 つかさ「こなちゃん、やり直すって何をしたいの、おばさんって病気だったのでしょ、だったらもうどうしようもないよ……」 こなた「どうすることもできるよ」 こなたは鞄から小さい瓶を取り出しつかさの机の上に置いた。 つかさ「なに?」 こなた「バイトで稼いだお金で昨日買った薬だよ、あの時は不治の病でも今ではこの薬で完治できるのさ……三年前実用になった」 つかさ「もしかして、この薬を?」 こなた「……そう、この薬を持って行ってお母さんに飲んでもらう……それだけでいいよ……それだけで」 やり直すと言っていた意味が分かった。でも何故かつかさはあまり喜べなかった。 つかさ「それって歴史を変えちゃうってことだよね?」 こなた「変える訳じゃない、やり直す」 つかさ「でも、それはやってはいけない事じゃないかと思うのだけど……」 こなた「出来ないならやらないしやれない、でも救う方法がある、あるなら助ける、当たり前だよね」 つかさ「でも……過ぎ去った事実を変えるなんて……」 こなたは顔を上げてつかさを見た。 こなた「つかさもかがみと同じ事を言うね……つかさだって倒れていたお母さんを助けたでしょ、あのまま素通りすればよかったじゃないか、助けられるなら助ける、 つかさだって同じじゃないか、つかさはお母さんが居るからそんな事が言える」 こなたの目には涙が溢れていた。説得力があった。こなたの言う通りかもしれない。しかしつかさの言いたいのはそれではなかった。 かなたが生きていたとして、その世界でこなたが陸桜学園に進学しているのか疑問に思った。もし別の高校を選んだとしたら友達として一生会えない気がした。 それが過去を変えたくない理由だった。でも助けられるなら助けたい。自分の思いとこなたの言葉がつかさの頭の中で響いていた。 つかさ「こなちゃん、もしかしてお姉ちゃんにパソコンの話をしたの?私がお姉ちゃんと同じ事言ったって……」 整理がつかないのでつかさは話を変えた。こなたは直ぐに頭を切り替えた。 こなた「いや言ってないよ、以前タイムとラベル物の映画の話題をしていて論争になっただけ、歴史を変えるのっていいのかってね、かがみは変えちゃダメだってさ……」 つかさ「そうなんだ……」 こなたはまた直ぐに話を元に戻した。 こなた「つかさ……パソコン貸してくれるよね……」 つかさは返事が出来なかった。こなたはそんなつかさを見てもどかしくなった。 こなた「つかさ……つかさはもう二度も過去に行っているよね、でも今ここに居て何が変わった……変っていないよね、つかさが過去に行ってなかったらその日が お母さんの命日だったかもしれない、そう言う意味じゃもうつかさは過去を変えちゃった……それでも私のしようとしている事は間違っているのかな」 こなたはつかさを説得した。つかさは頭を抱えた。 つかさ「分からない……分からないよ……」 こなたは一回ため息をついた。このまま無理押ししても貸してくれそうにない。 こなた「それじゃ分かるまで待つよ……それからこの薬をつかさに預けるよ」 こなたは薬の瓶をつかさの手に置いた。 つかさ「なんで私が?」 こなた「つかさが居ない時パソコンを使うかもしれないでしょ……私はかがみを訪ねれば家にもつかさの部屋にも入れるからね」 つかさは驚いた。思わずこなたの目を見た。 こなた「もしかしたらやっちゃうかもしれいから……やっぱり快く貸してくれないとね、人の命がかかっているから」 こなたは微笑んだ。つかさにはその笑顔がかなたと重なって見えた。 こなた「あまり時間がないから期限を決めるよ……その薬の効力は一週間しか持たない……三日後、三日後の夜また来るよ、それで決めて」 つかさは自分の手にもっている瓶を見つめた。こなたは部屋を出て帰った。 家に帰ったこなたは考えた。なぜつかさはかなたの病気を治すのに反対したのか。過ぎ去った事実を変える。確かに自然の摂理に反しているかもしれない。 しかしつかさはかがみとは違う。そこまで難い考えはしないと思った。もっと別の何かがつかさを止めさせているに違いない。しかしこなたはそれが何かは分からなかった。 ゆたか「こんにちは」 高校を卒業したゆたかは実家に戻った。それから度々こなたの家に遊びに来るようになった。ゆいと同じように。 こなた「いらっしゃい、今日ゆい姉さんは一緒じゃないの?」 ゆたか「今日は遅番だから来られないって、お姉ちゃんによろしくって」 特に何をする訳でもない。ゆたかはこなたとの会話を楽しみにしていた。今日は話が弾む。 こなた「しかしゆーちゃんもしょっちゅう家に来ているけど、ゆい姉さんと同じだね」 ゆたか「やっぱり高校時代が楽しかったから……かも」 こなた「そもそも実家を離れてまでなぜ陸桜なんか選んだの」 ゆたかは少し意外そうな顔をした。 ゆたか「前に言わなかったかな……お姉ちゃんが通っていたから……」 こなた「そうだったっけ……そういえばみゆきさんもおばさんが通っていたからって言っていたかな……」 そう考えると何かを決める動機なんてそんなものなのかもしれないとこなたは思った。 ゆたか「意外とかがみ先輩とつかさ先輩も同じかもね、どっちが先に決めたかは分からないけど……」 こなた「ふふふ、いや、どう考えてもかがみが先でしょ……つかさは一人で決定なんか出来ないよ」 こなたは笑いながら話した。 ゆたか「笑っているけどお姉ちゃんは何で選んだの?」 こなた「私、私はね……お父さんと賭けをした、高校のランクで賞品を決めて……えっ?」 ゆたか「えっ?」 ゆたかは聞き返したがこなたの話が止まった。そうじろうと賭けをして決めた高校。もし、かなたが生きていたらそんな賭けをしただろうか。もしかしたら違う高校に行っていた。 つかさはそれを心配して躊躇しているのではないか。つかさはこなたと出会えなくなるのが嫌だった。そう思うとこなたもすんなり薬をかなたに渡せなくなった。 こなた「……ばかだよ、つかさは……そんな事考えたら何も出来ないよ……」 この時こなたの心が揺らいだ。 ゆたか「どうしたの、お姉ちゃん」 こなたの顔を覗き込むように心配した。 こなた「……な、何でもないよ……話の続きしようか……」 同時刻つかさはみゆきに電話をしていた。 つかさ「……って薬なんだけど、これってどんな薬かなって」 みゆき『……聞かない名前ですね、おそらく数年以内に開発された新薬だと思います、つかささんパソコンの前に移動できますか?』 つかさ「ちょっと待って……携帯電話にかけなおすから」 つかさは電話を切ると自分の部屋に戻った。パソコンを起動してみゆきに携帯電話をかけた。 つかさ「……あ、ゆきちゃん、ごめんね、いきなりこんな電話しちゃって」 みゆき『いいえ、お構いなく……私もパソコンの前に居ますので一緒に操作しましょう』 つかさはみゆきの言うようにパソコンにキー入力をした。すると薬の一覧表が表示された。 みゆき『これは……この薬は三年前に認可された薬ですね、特定の病気に開発された特効薬ですね、副作用も少なく他の幾つかの病気にも有効なので去年からは 処方箋無しで購入でるようですね、つかささん、この薬を使うのですか?』 つかさは慌てた。なんて言っていいのか少し考えた。嘘を付いてもしょうがない。 つかさ「え、うんん、こなちゃんのお母さんの病気について調べていたの」 みゆき『それを聞いて安心しました……泉さんのお母さんがこの病気に……もし、この薬がその時代にあったなら泉さんのお母さんもきっと良くなったと思いますよ』 つかさは迷った。タイムトラベルの話をみゆきにするかどうか。みゆきなら信じる信じないは別ににして一緒に考えてくれそうな気がしたからだ。 つかさ「こなちゃんもおばさんの病気の話をゆきちゃんに聞いたの?」 みゆき『いいえ、伺っていませんが……』 つかさは驚いた。こなたは自分一人でこの薬を調べたみたいだった。もっともこなたが先に聞いていればみゆきも薬の名前くらいは覚えていただろう。 無闇に話すのは控えたほうがよさそうだ。 つかさ「そ、そうなんだ、すごい薬だね……調べてくれてありがとう」 こなたを疑ったわけではなかった。しかしこの薬は本物だ。調べる必要はなかった。つかさはそのまま携帯を切ろうとした。 みゆき『ちょっと待ってください、余計な事かもしれませんがその薬は使用期限がとても短いですね……もっと詳しく知りたいのでしたらパソコンの画面を読んで下さい』 つかさ「……うん、分かった、ありがとう……」 つかさは携帯を切った。そのままパソコンの電源を切ろうとした。ふと薬の一覧表を見た。その薬の値段を見て驚いた。 三年前の十分の一の値段まで下がっている。他の病気にも使われたので一気に値が下がったようだ。それでも学生が簡単に購入できる金額ではなかった。 こなたの想いの強さはこれを見ただけでも充分理解できた。そして薬の使用期限、あまりのんびりはしていられない。 それでもつかさは決め兼ねていた。パソコンから離れた。自分の部屋を出る。そしてつかさは自然とかがみの部屋の前に立っていた。 『コンコン』 ドアをノックしてつかさはかがみの部屋に入った。かがみは机に向かって勉強をしていたようだった。 つかさ「勉強中だったみたいだね、また後で来るよ……」 かがみ「構わないわよ、もうそろそろ止めようかと思っていたところ、何か用なの?」 かがみは椅子を回転させてつかさの正面に向いた。 つかさ「例えなのだけど……例えばこなちゃんのお母さんを過去に行って助けたらどうなるかな?」 かがみ「……いきなり唐突だな……つかさ、出来もしない事を考えるよりこれからの事を考えた方がいいわよ」 かがみらしい答えだった。でもこれで引き下がるわけにはいかなかった。 つかさ「だから例え話、タイムマシーンがあったとして」 かがみはすぐにこなたとつかさで何かあったと思った。 かがみ「こなたと何かあったのか、そいえば今日来ていたわよね、そういえば珍しく私には何も言って来なかったけど……」 そして以前に似たような話をこなたとしたのを思い出した。 かがみ「ああ、あの時の話をこなたとしていたのか、つかさもその手の物語に興味を持つようになったみたいね」 つかさはとりあえず頷いた。 かがみ「つかさの例えは『親殺しのパラドックス』の逆を言っているのよ」 つかさ「親……殺しって……穏やかじゃないね、何それ?」 かがみ「簡単よ、つかさがタイムマシーンに乗っていて三十年前のお母さんを殺したとしたら、どうなると思う?」 つかさ「三十年前って私達生まれてないよね……私が生まれる前にお母さんが死んじゃったら今の私はどうなるの?」 かがみ「分からないが正解、この手の物語はそれがテーマになるのよ、だから想像でしか答えられない」 つかさ「お姉ちゃんは歴史を変えるのってダメだってこなちゃんに言ったの?」 かがみ「……やっぱりあの時の話をこなたとしていたのね……あれはダメって言うようより出来ないって言ったのよ」 つかさ「出来ないって?」 かがみ「良く考えてみて、タイムマシーンがもし在ったとしたら人間は絶対に過去の誤りを正そうとする、私だってやり直したい事なら山ほど在るわよ…… でも現実は変えられないのよ、過去にどんな事をしたとしてもその結果は変えられない、私はそう思う、そう言う意味でこなたに言ったつもりよ」 つかさ「それじゃタイムマシーンが在ったらお姉ちゃんは何かする?」 それはあった。もうそれはつかさに見られている。今更隠してもしょうがない。それにつかさになら話しても茶化されたりされない。 かがみ「在ったら真っ先に卒業式の日に行くわ……そしてあの時の私の背中を思いっきり押してやる……それだけよ……例え変えられなくても……それが人情ってもの」 つかさはかなたを助けたい感情が高まった。その結果が変らないとしても、こなたと会えなくなったとしても今より幸せになれるのなら良いと思った。 その時つかさは決意した。今ならかがみの願いが叶えられると。そしてつかさ本人の願いも同時に。 つかさ「お姉ちゃん、行ってみようよ、卒業式の日」 かがみ「はぁ、何言ってるのよ」 かがみは呆れ顔になった。 つかさ「お姉ちゃんに渡した手紙の破片……どうやって私が手に入れたと思う?」 かがみは慌てて机の引き出しを開けて手紙の破片を見た。手紙を持つ手が震えている。 かがみ「まさか……どうやったと思っていた……出来るはずがないと思っていた……」 かがみは放心状態だった。 つかさ「もし行きたかったら、制服に着替えて靴を持って私の部屋に来て」 つかさは玄関に自分の靴を取りに行きそのまま自分の部屋に戻った。 つかさが制服に着替えているとノックの音が聞こえた。 つかさ「はーい」 扉が開くと靴を持ち制服姿のかがみが居た。 かがみ「まさかまたこの服を着るとは思わなかったわよ、そろそろ処分しようと思っていた……何か違和感があるわね」 つかさ「それは太ったからだよ」 かがみ「バカ……そんなにはっきり言うな」 その時かがみは思い出した。 かがみ「そういえばあんた以前制服着ていたわね」 つかさ「……これで三回目になるよ」 かがみは黙ってつかさの行動を見守った。つかさはパソコンに向かい画面を起動した。そしていつものように地図と時計をセットした。 『ブブー』 パソコンから操作禁止の警告音が出た。つかさはまた同じ作業をする。 『ブブー』 警告音と共にカレンダーと時計が現在の時間に戻ってしまった。つかさは何度も設定しようとするが戻ってしまう。壊れてしまったのだろうか。 良く見ると設定しようとした日時が黄色く点滅している。故障ではないこのソフトがそうなっているみたいだった。つまり一度行った時代には行けないようになっていた様だ。 つかさは後ろから冷たい氷のような軽蔑の視線、いや、燃えるような怒りを感じた。 かがみ「つ、か、さ……」 重い低い声だった。つかさは後ろを振り向けなかった。 かがみ「謀ったわね……」 つかさ「……違う、違うの、この前行っちゃったから……行けないのかも、ちょっと待って、もう一回設定するから……」 かがみ「何を設定するのよ!それはゲームの画面じゃない……つかさ、あんたって人はそれほど人の失恋が面白いのか……人の気持ちを弄ぶなんて見損なった」 誤解だ。これは完全に誤解。どうやって説明する。つかさは一所懸命に考えた。とりあえず振り向きかがみの顔をみた。かがみの顔は怒りに満ちていた。 かがみは手に持っていた手紙の破片をつかさに叩き付けた。 かがみ「何がタイムとラベルよ、あの時見ていただけじゃない、その時これを拾ったな、今日まで隠して、それでさっきあんな話を持ち出して、私にこんな格好までさせて さぞかし楽しかったでしょうね……つかさ一人じゃこんなの思いつかないわね、こなたの入れ知恵か」 つかさはまずいと思った。あらぬ疑いがこなたにかかった。いまこなたはかなたの事で頭がいっぱいのはず。何とかしないと。 つかさ「こなちゃんには何も言ってない、こなちゃんは手紙の話は知らないよ……」 かがみ「……呆れた、単独犯か、あんたの顔なんかもう見たくない」 かがみの目からは涙が出ていた。かがみを完全に怒らせてしまった。かがみは飛び出すようにつかさの部屋を出た。つかさはかがみを追い掛けた。 かがみは自分の部屋に入るとドアを閉めた。つかさはドアをノックする。 つかさ「開けて、話を聞いて……」 何度もノックするが反応がない。部屋の中からかがみのすすり泣く音がかすかに聞こえる。つかさはノックするのを止めた。説明を諦めて自分の部屋に戻った。 かがみの心に大きな傷をつけてしまった。つけたのではない、傷を広げてしまった。つかさの足元に手紙の破片が落ちていた。つかさは手紙の破片を拾った。 もうあの時には戻れない。急につかさも悲しくなり目から涙が出てきた。つかさもあの時自分の背中を押したかった。そして気が付いた。つかさもかがみと同じだった。 まだ未練があったのだと。タイムマシーンを使って結局何もしなかった自分が情けなくなった。もうその時間すら取り戻せない。かがみの誤解も解けそうにない。 つかさはその場に倒れこんで泣きじゃくった。 こなたはつかさに呼ばれた。約束より一日早い連絡だった。まさかつかさの方から連絡がくるとは思いもしなかった。こなたは未だに悩んでいた。まだ結論が出ていない。 この際だからつかさと直接話して決めようと思った。こなたは柊家の門の前で呼び鈴を押した。出てきたのはかがみだった。 かがみ「いらっしゃい、今日は何の用なの?」 ぶっきらぼうな話し方だった。こなたは少し身を引いた。 こなた「や、やっふーかがみ、今日はつかさに呼ばれて来た……居るかな?」 かがみは無言でドアを全開にしてこなたを通した。 こなた「えっとつかさは何処に?」 かがみ「部屋にいる」 また同じ調子だ。 こなた「かがみどうしたのさ、つかさと何かあったの?」 かがみ「その名前も聞きたくない、用があるならさっさと行ってよね」 今度は怒り出した。こなたはかがみに追い出されるようにつかさの部屋へ向かった。 こなた「つかさ入るよ」 ノックをして部屋に入ると元気のないつかさが椅子に座っていた。こなたは扉を閉めると部屋の奥へと進んだ。 こなた「つかさ、かがみと喧嘩でもしたの、かがみのやつ凄い権幕だったよ」 つかさは事情を話したかったけど話せなかった。話すにはこなたにかがみの失恋の話をしなければならかったからだ。かがみと話すなと約束をした訳ではない。 秘密にしておくのがつかさのかがみに対する精一杯の償いだった。 つかさ「私が悪いの……」 こなたはそれ以上聞かなかった。つかさとかがみの仲の良さはこなたが一番良く知っている。そんな二人が喧嘩をするのはよほどの事情があると思ったからだ。 こなた「ところで今日は何の用なの、もしかしてお母さんの話?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、あまり時間がないでしょ……少しでも早い方がいいと思って連絡したの」 この言い方でこなたはつかさの答えを分かってしまった。 こなた「ちょっと待って、この前反対したじゃない、どうゆう心境の変化をしたの」 つかさ「私ね、おばさんは生き続けて欲しい、それが一番だと思ったから、ちょっとだけ会ったけど、優しさに包まれるような感じだった」 遠い目をしてつかさは答えた。 こなた「私の答えになっていよ、つかさはお母さんが生き続けて歴史が変って私と会えなくなると思っのでしょ?」 つかさはこなたの目を見ながら答えた。 つかさ「そうだよ、この前はそう思った。だけど、こなちゃんはおばさんと一緒に居た方が幸せだよ、少なくとも成人するまでは両親とも居た方がいいからね、 こなちゃんなら大丈夫、そのくらいで進路を変えないよ、例え違う高校に行ってもきっと出会って友達になれる、そんな気がする」 こなた「……つかさ、本当に良い?」 こなたは念を押した。 つかさ「うん、あの薬も調べてみたよ、凄く高価なんだよね……おじさんにも頼らずにお金を貯めて凄いと思うよ、私なら途中で音を上げちゃうよ……それにこの薬…… 私が卒業式の時代に戻ったって言った……言っただけなのに信じて薬を買った……私を信じてくれた」 もし、かがみが聞いていたらつかさ達は家には居られなかっただろう。これはかがみに対する皮肉ではない。純粋にそう思っただけである。 こなたはつかさの卒業式の話だけで信じた訳ではなかった。そうじろうから聞いたかなたを助けた人の話と照合して確信を得たのだ。 つかさの人を疑わない性格の成せる業か……つかさ自身はそれを自覚していない。 こなた「つかさ、ありがとう、ありがとう」 この時こなたも迷いが消えた。こなたは何度もつかさにお礼を言った。 あれからもう一時間も経っている。しかしこなたとつかさはまだかなたに会いに行っていない。二人は悩んでいた。 こなた「問題はお母さんにこの薬をどうやって飲んでもらうか、見知らぬ人がいきなり『この薬を飲んでください』なんて言ったって飲んでくれないよね、 食事に混ぜるか、飲み物に混ぜちゃってもいいかも……いっその事、羽交い絞めにして強引に押し込んじゃうかな……いくらなんでも病人にそれはないよね……」 こなたは腕を組んで考え込んだ。つかさはかなたに会った時を思い出していた。 つかさ「おばさんは嘘とか策略とかは要らないと思うよ、逆に何かすると怪しまれるよ」 こなた「どうしてそんなのが分かるんだい」 つかさは一度かなたに会っているから何かのヒントになるかもしれない。こなたは思った。 つかさ「おばさんを家まで送った時とか、お茶をくれた時とか……ちょっとした仕草で私を見抜いたの、さすがに私が未来から来たとは思わなかったけど、 付焼き刃みたいな作戦をしても見抜かれちゃうよ」 こなたは驚いた。かなたではなくつかさにだった。つかさはかなたの性格を的確に見抜いている。そうじろうもこなたに同じような事を言っていたのを思い出した。 こなた「それじゃどうすればいい……やっぱり歴史を変えるのは無理なのかな……」 こなたは項垂れた。 つかさ「だったら正直に話せばいいんだよ、私達が誰で、目的もちゃんと話すの、おばさんなら本当かどうかは分かると思うよ、そうすればきっと薬を飲んでくれる」 こなた「正攻法だね、それがいいかな、初めて会うのに嘘は付きたくない……つかさの通りやってみよう」 つかさはパソコンを起動させこなたに席を譲った。 つかさ「靴を持ってくるね」 つかさは部屋を出て玄関に向かった。そこにトイレに向かうかがみとばったり会った。かがみはつかさを睨み付けた。 かがみ「こなたと楽しい雑談か、いい気なものだな、私の話をネタにして盛り上がっていたな」 かがみの怒りは昨日と少しも変っていなかった。つかさは思った。何を言ったところでかがみの怒りは治まらないだろうと。ならば真実を話すまで。 つかさ「植え込みに隠れていたお姉ちゃんを見た、男子生徒が来ても隠れたままのお姉ちゃん、去っていった男子生徒、手紙を破る姿…… みんな見ちゃった、でもそれはほんの少し前に見てきた出来事」 かがみ「言っている意味が分からない……まだタイムとラベルの話をしているのか、いい加減にしろ」 かがみは睨んだままだった。だがかがみの心の奥底には心に引っかかる物があった。それはあの手紙の破片だった。 つかさ「でも信じて、悪戯や面白半分であんなのはしない……本当は、本当はお姉ちゃんにも一緒に来て欲しかった、一緒に考えて欲しかった」 つかさの目が潤んだ。心の底から訴えるような目だった。さすがのかがみも少し怯んだ。 かがみ「なにマジになっているのよ……あんた達いったい何をしようとしているのよ……」 つかさ「こなちゃんのお母さんを助けるの」 かがみは絶句した。荒唐無稽もはなはだしい。 つかさ「昨日はありがとう、おかげで決心がついたよ、成功を祈ってね」 つかさは玄関に歩き出した。かがみはつかさから感謝されるような話はしていない。ただ呆然とつかさを見送った。 つかさが部屋に戻るとこなたが首を傾げていた。 つかさ「どうしたの?」 こなた「どうしても時計が設定できない、何でだろう?」 もしかしたら自分と同じかもしれない。つかさは思った。 つかさ「もしかして前に設定した日時とおなじじゃない?」 こなた「……そうだよ、お母さんが入院する日に……」 つかさ「設定すると黄色く点滅してない?」 こなた「……しているよ」 つかさ「何故か分からないけど一度行った日時には行けないようになっているみたいだよ……こなちゃん分かる?」 こなたは腕を組んで考えた。 こなた「良くは分からないけど、同じ時間帯に何人も同一人物がいたら色々と不都合がおきるのかな……で、つかさは何故黄色く点滅するのを知っているのさ」 つかさは昨日のかがみを思い出した。しかしそれは言えない。 つかさ「昨日私、もう一回行きたかったから、卒業式の日……自分の背中を押してあげれば告白できるかなって……」 こなた「恋多き乙女だね……ある意味羨ましいよ」 こなたはこれ以上つかさに言わなかった。はやしたてたり、弄ったりはしなかった。 その日に行けないのが分かったこなたは、鞄から手帳を取り出してパラパラと捲り始めた。 つかさ「それは?」 こなた「これ、これはお母さんが入院してから亡くなるまでのお母さんの行動を書いた手帳だよ」 つかさ「いつの間にそんなのを……」 こなた「お父さん、ゆーちゃんのおばさんとかから聞いたのをまとめただけだよ、高校卒業してから作っおいたんだ、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった」 つかさはこなたのかなたへの思いの強さをまた目の当たりにした。 こなた「うーん、この日がいいかな、お母さんは一度退院しているのだよね、たった三日間だけどね……丁度亡くなる一ヶ月前、薬を飲む時期もベストかもしれない」 更にこなたは手帳を見ている。つかさはこなたを見守った。 こなた「この日は日曜日だよ、この日にしよう、休日ならお父さんは居ないかもしれないし、話をし易いかも」 つかさ「日曜日だとおじさん、家に居るよね?」 こなた「お父さんはサラリーマンじゃないからね不規則だよ、居たら居たで一緒に話を聞いてもらうのもいいかもしれない」 こなたは画面に向かい設定した。 こなた「『YES』『NO』って聞いてきたよ」 つかさ「ちょっと待って、こなちゃん薬忘れないで」 つかさは薬を取りこなたに渡そうとしたがこなたは手を前に出した。 こなた「薬はつかさが預かって、私だと落としたり無くしたりしそうだから」 つかさ「……そんなの事言ったら私だって……」 こなたは笑った。 こなた「そんなの気にしていたら最初から大事な薬をつかさに預けないよ、それに二人とも過去に行けるとは限らないじゃん、二回も行っているつかさの方が成功する可能性が高いと思って」 つかさは黙って薬を鞄の中にしまった。 こなた「準備はいい?」 つかさは頷いた。こなたは『YES』のボタンをクリックした。こなたは周りをキョロキョロと見回した。 こなた「……何も起きないよ……もしかして失敗した?」 こなたはがっかりとうな垂れた。 つかさ「うんん、靴を履いて、扉を開ければ行けると思うよ、二人同時に開ければ二人とも行けるかも……」 こなた「よし、やってみよう」 こなたとつかさは靴を履き部屋の扉の前に並んだ。二人の手が扉の取っ手にかけられた。 こなた・つかさ「せーの」 息を合わせて扉が開かれた。 次のページへ
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⑪ 次の日のお昼過ぎ……私は神社の前に車を停めた。 神崎さんは夕方って言っていた。随分早く着いてしまった。サービスエリアでもう少し時間を潰してくればよかったかな。 この前の時みたいに待っている必要はない。もうさっさとデータを渡しちゃおう。 このやり場のない気持ちでずっといるのは耐えられない。神崎さんがこれからどんな態度に出るのか……白黒つけてやる。 私は再び車を走らせ神崎宅を目指した。 この前来た時と同じ場所に駐車して車を降りた。そして神崎さんの玄関前に立った。 呼び鈴が押し難い……何故、約束の時間より早いから。データを渡して彼女の態度が豹変するのが恐いから…… やっぱり時間まで待とうかな。いや、もうここまで来て戻るなんて。 「はぁ~」 溜め息が出た。 私の秘密がバレた。神崎さんは私を記事にするのだろうか。いっその事あの時何もしないで帰っちゃえばよかったかな。 いや、神崎さんを助けないであのまま見捨てて私だけ逃げるなんて出来なかった。 記事にするとかしないとかそんな事を考えていなった。そうだよ逆に考えていたら助けられない。つかさがお稲荷さんを助けた時もそんな感じだったのだろうか。 つかさはあれこれ深く考えないからなぁ…… とか言っているけどこの私だって深く考えている訳じゃない。つかさと似たり寄ったりだ。でも、つかさはお稲荷さんと仲良くなったからある意味つかさの方が上かな…… それに引き換え私なんか…… 人差し指が呼び鈴のボタンの前で止まったままだ。かがみに励まされてここまで来たのに…… 「あの、何かご用ですか?」 こなた「ふぇ?」 声のする方を向くと正子さん? 正子「貴女は……確か泉さん?」 こなた「は、はい……この前は失礼しました……」 正子さんか。レジ袋を持っている。買い物の帰りだったみたい。 正子「娘に、あやめに用ですか? さっきまで一緒だったのですが生憎別れてしまいまして……夕方頃までは戻らないと思いますけど」 そう、約束は夕方だった…… こなた「そうですよね、約束もその頃だったもので……ちょっと早過ぎました、出直します……」 車を停めてあった場所に向かおうとした。 正子「折角遠い所から来たのですから時間まで上がって待って下さいな」 私は立ち止まった。 こなた「いや、悪いですよ、お邪魔になるかと……」 正子「まぁ、そう言わずに、どうぞ」 正子さんはドアを開けてにっこり微笑んだ。 こなた「……お邪魔します……」 正子さんの笑顔に吸い込まれるように家に入った。 あの笑顔には逆らえない。つかさやかがみのお母さん、みきさんにしてもそう、みゆきさんのお母さん、ゆかりさんはいつも笑顔だった。 神崎さんのお母さんも同じだった。 ……母……か。 正子「ごめんないね、こんなものしか無くって……」 こなた「お構いなく……」 正子さんはお茶とお茶菓子を私の前に置いた。 正子「丁度一ヶ月くらい前かしら、貴女がここに来たのは」 正子さんは私の目の前に座った。 こなた「そ、そうですね、そのくらいになります」 もう一ヶ月経つのか。潜入取材が終わったからそのくらいの期間は経っている。 正子「あやめもそのくらい仕事で空けていましてね、もしかしてご一緒でしたか?」 こなた「え、ええ、そうですね、半分くらいは一緒でした」 正子「あやめはいろいろなお友達を連れてきますけど、学生時代からの友人の様み見える」 そうか、取材とかでいろいろな人を連れてくるのか。私もその中の一人。 こなた「そうですか、私って童顔だから……身体も小さいし」 正子「ごめんなさい、私はそんな意味で言ったのでは……」 卑屈になったのが悪かった。話が途切れてしまった。初対面の人と話すのは難しいな。正子さんは二回目だけど。同じようなものか。 正子「あやめと今日はお仕事の約束ですか?」 こなた「は、はい……」 正子「そうですか……」 話題を作らないと……そう思えば思うほど何も話題が出てこない。焦るばかりだった。 正子「一昨日、慌てて帰ってくるなり「私宛の郵便はどこ」って問い詰められて、泉さんが出したものではなかったのですか?」 こなた「郵便……いいえ、私は出していません」 正子「良かった、それなら安心」 サイン会の招待状を探しにきたのかな。そうか。神崎さんは私に言われて一度帰ったのか。それでサイン会の招待状を見つけたのか。 こなた「すみません、それで、それより前は帰ってこなかったのですか?」 正子さんは頷いた。 正子「一度も連絡もしないで、酷いでしょ?」 帰っていなかった。まさかとは思ったけど彼女は本当に帰っていなかったのか。一人で貿易会社を調べて居たのだろうか。 お母さんに連絡もしないで一体何を調べていたのか。いや、どんな大事な取材か知らないけどお母さんを放って置いて良いなんてないよ…… こなた「そんなに一人が良いなら引っ越せば良いのに……」 正子「そうね……本当はそれが一番良いのかもしれない、でもあやめは分かれて暮らすなんて一言も言わない、なんだかんだ言ってまだ親離れできていないのかもしれない、 そう言う私も子離れ出来ていないのかも……」 こなた「ははは、実は私もまだお父さんと一緒に暮らしていたりして……」 正子「そうでしたか……こんな可愛い娘さんが居たら手放したくなるのも分かります」 こなた「はは、もう可愛いなんて言われる歳じゃ……それはないと思うけど………」 正子さんは照れている私を見て笑っていた。 こなた「あやめさんって子供の頃はどんな子だったの?」 正子さんは遠い目で私の向こう側を見た。 正子「そうね……学校から帰ってくると直ぐに遊びに出かけて、夕方になるまで帰ってこなかったかった……」 こなた「それって、遊びが仕事になっただだけで今と同じじゃないですか」 正子さんは笑った。 正子「ふふ、そうかもしれない……あの子は昔からそうだった、何にでも興味を持って……それでいて正義感は人一倍だった、 いじめられっ子を庇って男の子と喧嘩もしたくらいだった」 こなた「へぇ…」 正子「それでもやっぱり女の子、半べそで帰ってきた……それでも男の子の方に怪我をさせたみたいで、後で学校に呼び出された……」 こなた「あらら……男勝りだったんだね……」 私はただ正子さんに合わせているだけでいい。それだけで話がどんどん進んでいった。 正子「曲がった事が嫌いだった、それでも女の子らしい所もあってね……あれは小学校に入学する少し前だったかしら…… 怪我をした狐を大事そうに抱えてきて、助けたいって……」 狐……怪我をした狐だって……私は身を乗り出した。正子さんは私の反応を見て嬉しかったのだろう、話しを続けた。 正子「野生の動物は無理だよって何度も言い聞かせても聞かなくってね、勝手にしなさいって怒った……だけどあやめは諦めないで看病したみたいね…… 一週間くらいでその狐は元気になってあやめのあげた餌なら食べるくらいまで懐いた……真奈美なんて名前をつけたくらいだからあやめもよっぽど気に入ったみただった」 こなた「ま、真奈美!?」 正子「え、ええ、そうですけど、何か?」 こなた「な、何でもありません、それで、その狐はその後どうしたの?」 傷付いた狐……真奈美……そして、神社のすぐ近くの家……これは偶然じゃない。その狐は、真奈美は……つかさを助けたあの真奈美に違いない。 正子「どんなに馴れても野生の動物は飼えない……別れの日が来ました、丁度あやめが小学校に入学する日だったかしら、狐を山に帰す時……あの子の悲しい顔が今でも忘れなれない まるで親友と別れる様だった……」 親友……彼女は狐の正体を、お稲荷さんの秘密を知っているのか。 神社とこんなに近い家だだから。たとえ別れたとしても再会できる機会は幾らでもあるよね だとしたら…… まさか神崎さんがしようとしている事は。貿易会社に囚われている真奈美を助ける為。これはみゆきさんの推理と一致している…… 真奈美は生きているのか……そういえば神崎さんと私達は少しちぐはぐだった。それは私達と同じように彼女にも秘密があるから。 共通の秘密ならもう隠す必要はない。真奈美を助けるなら皆で協力しないと。私達が今まで彼女に秘密にしていたのも無意味だ。 もしかして今一番必要なのは神崎さんとつかさを逢わす事なのかもしれない…… 正子「どうかしましたか?」 こなた「え、い、いいえ、何でもありません、あやめさんに早く会いたくなりまして……」 正子「私のお話が役にたったのかしら……」 こなた「なりました、すっごく、あやめさんの事が分かりました」 正子「そうですか、泉さんのその、喜ぶ顔が見られてよかった……」 その後は私の話しを正子さんにした。高校時代、大学時代、もちろんつかさやかがみ、かえでさんの話しもした。 でも、お稲荷さんの話しと潜入取材の話しは出来なかった。 夢中で話したせいか時間はあっと言う間に過ぎた。 正子「もうそろそろ帰ってきてもいい頃なのに……なにやっているのか、あの子ったら……」 日は西に傾いてそろそろ夕方だ。だけど彼女は帰ってこない。 正子「しょうがない」 正子さんは立ち上がり携帯電話を手にした。電話をするのか。 こなた「あ、もしかしてあやめさんに連絡を?」 正子さんは頷いた。 こなた「私、そろそろ行かないと、長い間お邪魔しました」 正子「え、で、でも、まだあやめは帰ってきていない、約束は?」 こなた「大丈夫です、彼女に会いに行きますので……当てがあるから連絡しなくてもいいです」 正子「そ、そうですか……」 連絡する必要はない。神崎さんは待っているに違いない。あの場所で……それに確かめたい。もし私の、うんん、みゆきさんの推理が正しければ 彼女はあの場所にいるに違いない。あの神社に…… 私は帰り支度をした。 正子「……娘を……あやめをお願いします……」 こなた「え、それってまるで嫁に出すみたいな言い方ですよね……私、一応女なんですけど……」 正子「あらやだ、私ったら……」 私達は笑った。 正子「ふふ、泉さんはあやめと幼馴染みたいですね、どうかあやめの力になってやって下さい」 こなた「どうかな~ 力になってもらいたいのは私の方かもしれない」 正子さんは笑顔で私を見送ってくれた。 車を走らせて5分も掛からない場所……神社の入り口。 駐車スペースには神崎さんのバイクが停めてあった。間違いない彼女は神社に居る。バイクのすぐ横に車を停めた。 私は入り口に入り階段を登った。 つかさと真奈美の話で私は疑問に思っていた事が一つだけあった。それは誰にも言っていない。私だけの疑問として仕舞っていた。 それは真奈美が何故つかさを殺すのを躊躇ったのか。止めたのか。それがどうしても分からなかった。 真奈美は人間嫌いだった。それがたった一晩宿屋で一緒の部屋で過ごしただけで心変わりが起きるなんて、いくらつかさが誰でも仲良くなれるって言っても時間が短すぎる。 私が捻くれた考えだった。そう思った時もあったし、誰かに話せばそう言われるだけ。だけど心の奥では釈然としなかった。 そして、正子さんの話しを聞いてそれが解けた。 幼い頃の神崎さんが真奈美を助けたなら真奈美のつかさに対する行動が全て納得できる。だから会いたい。神崎さんに…… それを確かめたい。 頂上に向かう私の足が自然と速くなっていった。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 頂上に着くと息が切れていた。ちょっと飛ばしすぎたが……あれ? 周りを見渡しても彼女の姿が見受けられない。確かお弁当を食べていた時はこの辺りで景色を見ていたのに…… 私が階段を登って来たのは神崎さんには見えていたはず。って事は…… なるほどね、この前と同じように私を驚かすつもりだな。そう何度も同じ手に引っ掛かるほど間抜けではないのだよ。この神社で隠れるとしたら森に入った奥だけ。 私だってこの神社には何度も来ているからそのくらいは解る。よ~し。逆に驚かしてやる。 木の陰に隠れながら森の奥へと足を進めた。中は薄暗くてよく解らない。 森の中……そこはひろしとかがみが言い合いをして私が飛び込んで行った場所だった。あの時、確かにお稲荷さんは嫌いだった……嫌いだったけど 今は特にそんな感情はないかな……そういえばみゆきさんも最初は…… 『わー!!!』 こなた「ひぃ~」 後ろから突然の声にビックリして振り向こうとして足がもつれて尻餅をついてしまった。 あやめ「ふふ、私を驚かすつもりだったでしょ……それにね森の奥には行ったらダメだから、昔からの言い伝え」 私は立ち上がりお尻についた土埃を掃った。それを確認すると神崎さんは階段の方に向かって行った。私も暫くして彼女の後に付いて行った。 木の陰に隠れていたのか。そういえば私も木の陰に隠れてつかさを見張ったのを思い出した。 あの時はもう少しでキスシーンを見られる所だったけどひろしに気付かれて……あれ…… この神社に……こんなに思い出があったなんて…… 神崎さんはこの前の時と同じ場所で町の景色を眺めていた。私は更に彼女に近づいた。 あやめ「この景色を今でもこうして見られるのは泉さん、貴女のおかげだったなんて……私は……」 これって、ビルで別れ際の時に言い掛けたのを言うつもりなのかな。私は何もしないでそれを待った。 あやめ「私は……貴女を見掛けだけで判断してしまった、「そんな事なんか出来るはずない」……そう思っていた、真実を見抜けなかった、 曇った目では真実は見抜けない、記者失格ね……それに私は貴女を危険に曝してしまった……」 こなた「まぁ、誰も私がそんなのを出来るなんて思わないから、気にする必要なんかないよ……」 あやめ「……今の所潜入されたって報道はない、いや、停電の話しすら出ていない、きっと只の事故として処理された、完璧じゃない、どこでそんな技術を……」 ここで誤魔化しても意味ないかな。 こなた「木村めぐみ……さんから教えてもらった、あのUSBメモリーはめぐみさんから貰ったもの、もちろん中身の構造なんか全く分からない、でもそれを使う事はできる」 車の構造は知らなくても運転は出来る。それと同じようなものかもしれない。 私は財布からSDカードを取り出し神崎さんに差し出した。 あやめ「木村……めぐみ……」 神崎さんはSDカードを受け取とった。 あやめ「小林かがみ……貞子Y麻衣子、小早川ゆたか……貞子H麻衣子、田村ひより……この三人の共通点、調べてすぐに分かった、陸桜学園の卒業生……もしかして泉さん?」 こなた「ビンゴ、私も陸桜学園出身……でも今頃になってそんなのを調べるなんて……本当にプライベートは調べないないみたいだね……」 あやめ「それが私のポリシーだから、小早川さんは以前取材した事がある……ふふ、それにしてもどこにどんな接点が出来るなんて分からないものね……」 神崎さんは苦笑いをした。 こなた「これでミッション終了だね、結構楽しかった、こんなのはレストランで働いていたら味わえなかったよ」 あやめ「いや、まだ終わっていない、教えて、どうやってこの神社を寄付した、そして資金は?」 身を乗り出しで来た。これは記者としての好奇心なのか。それとも個人的に聞きたいのか。 こなた「話す前に……条件がある」 あやめ「条件って?」 こなた「私の事を記事にしないって約束して……」 あやめ「そうか、以前私はそんな話しをした……まさか貴女がその本人とは思わなかったから興味を持ってもらうように話しただけ、約束する、記事にはしない」 あっさり約束をしてくれた。かえでさんやかがみの言う通りだった。でも、……疑ってもどうしようもないか。彼女を信じるしかない。 こなた「げんき玉作戦、私はそう名付けた」 あやめ「げんき玉……それって〇〇〇〇ボールで、生き物の元気を少しずつもらって大きな力にする技……」 こなた「当たり、その通りだよ、お金の取引に出る端数を切り取ってスイス銀行に貯めていく」 あやめ「なるほどね、取られた本人はそれに気付かない……取られた量は少なくなくても塵も積もれば山となる……まさにげんき玉そのものじゃない、もしかして私も 取られたのかしら……」 こなた「さぁね、取られたかもしれない、私自身も取られたかもね」 神崎さんは私の目を見て話し始めた。 あやめ「巨大な力に立ち向かい泉さんはこの神社を守った……誰の為にそんな事を」 こなた「誰の為にって……誰だろう……つかさの為かな」 あやめ「つかさ……あの洋菓子店の店長の?」 こなた「うん」 あやめ「私、闘う女性は好きだな……」 真顔で何を言ってるの……この人。まさか…… こなた「へ、な、なにをいきなり、私はそんな気なんか全くありませんよ……」 神崎さんは笑った。 あやめ「何勘違いしてるの、強い物に立ち向かっていく女性の事を言っている、泉さんはまさにその通りじゃない」 こなた「別に私は戦士とかじゃないけど……」 神崎さんは私に背を向けて景色を見出した。 あやめ「さて、これでスッキリした、泉さんの手伝いも全て終わり、もうこれで貴女は自由だから、もう私に関わらなくて済む」 こなた「関わらなくて済むって?」 あやめ「もう二度と会う事はないでしょうね、短い間だったけどありがとう」 な、何だって、そんなのってないよ、一方的すぎる。 こなた「ちょっと待った、まだ私の話しは終わっていないよ」 あやめ「これから先は私の仕事だから……これ以上貴女を巻き込みたくない」 こなた「もう充分巻き込んでいるよ……」 あやめ「泉さんを危険な目に遭わせたのは悪かった、店長さんにも謝っておいて、さようなら」 自分の話しはしないつもりなのか。そっちがその気なら私にも考えがあるよ。 神崎さんは階段を下りようとした。 こなた「さっき渡したSDカード、データを圧縮して保存していてね、その圧縮方法が特殊で私が持っているUSBメモリーが無いと解凍できないよ」 神崎さんの足が止まった。 こなた「無理に解凍しようものならたちまち自己破壊するようになってる……」 神崎さんは私の所に戻ってきた。 あやめ「とう言うつもり、私を脅そうなんて……」 こなた「もう、騙し合いはやめようよ」 あやめ「騙し合い?」 こなた「そうだよ、私も全てを話している訳じゃない、神崎さん、貴女もね」 あやめ「何を言っているのか分からない……」 さて、今までずっと神崎さんのペースだったけど今度からは私のターンだからね。 夕日が差し込んで来た。もうそろそろ日が沈む。私はこの町の風景を初めてこの神社から眺めていた。 あやめ「データを加工するなんて卑怯じゃない、それに騙し合いって……私にそんな疾しいことなんか無い」 神崎さんがあんなにムキになっているのをはじめて見た。卑怯は合っているかもしれない。私はデータを人質にとったのだから。 こなた「木村めぐみ……この名前を出した、神崎さんはその後全くこの事について何も聞いてこなかったけど、行方を追っていたんじゃないの?」 あやめ「そうだけど……」 言葉が詰まっている。やっぱり、隠しているな。それなら…… こなた「柊けいこ、木村あやめはもう何処にも居ないよ」 あやめ「何処にも居ないって、それは亡くなったって意味?」 こなた「少なくとも地球には居ないって意味」 あやめ「な、そんな冗談に付き合って居られない、それより早く解凍する方法を教えて」 神崎さんの声が荒げてきた。 こなた「神崎さんが幼少の頃、一匹の傷付いた狐を拾ったでしょ?」 あやめ「突然何を言っているの、そんなの全く何の関係もない話しを……」 さて、次の話しを聞いてどんな反応をするかな。 こなた「正子さんから聞いた、その狐の名前は真奈美って名付けたんだってね、でも、その狐は最初から真奈美って名前だった……ちがう?」 あやめ「え、あ、う……」 何も反論してこない。そうか。私の勘が当たったみたいだ。 こなた「もし、その狐が真奈美なら私達にもとっても重要な事なんだけどね」 神崎さんは一歩後ろに下がった。そして口を開けて驚きの表情をしていいる。 あやめ「ま、まさか、貴女……その狐の正体を知っているの?」 神崎さんは私達と同じだ。もうそれは疑いの余地はない。 こなた「神崎さんは何て呼んでるのか知らないけど私達はお稲荷さんって呼んでる、知っているかもしれないけどUSBメモリーをくれためぐみさんもそう、けいこさんもね」 あやめ「ま、まさか、私の他にそれを知っている人が居たなんて……」 神崎さんはその場にしゃがみ込んでしまった。 こなた「悪いけど、神崎さんのデータをコピーさせてもらったから、私達にも必要なデータみたいだからね」 あやめ「いくら泉さんでもあのデータを解析なんか出来ない……待って、私達、さっき、達って言ってたでしょ?」 こなた「うん、少なくとも神崎さんが知っている私の知人は皆関係者だよ、勿論かがみ、ゆたか、ひよりもね」 神崎さんはゆっくりと立ち上がった。 あやめ「……これは偶然なの……まさか、私はその秘密を知っている人を探していた訳じゃない、いや、誰も知らないと思っていた」 こなた「どうだろうね、同じ秘密を持っているから自然と繋がったんじゃないの?」 あやめ「それで、貴方達は真奈美さんとどんな関係があるの?」 その話をするのははめんどくさいな。それにもうすぐ真っ暗になっちゃう。 こなた「私は直接そのお稲荷さんには会っていない……そうだね、つかさに会って直接聞くといいよ」 あやめ「つかさ……あの店長に、どうして?」 こなた「彼女が全ての始まりだから」 あやめ「え?」 私は階段の手摺にハンカチを巻いてその上に腰を下ろした。 こなた「下で待ってるよ~」 そのまま体重を手摺に預けた。滑ってどんどん加速していく。バランスを取りながら下がっていく。 私は休み時間とか暇を見つけて貿易会社のビルの階段で練習した。慣れれば簡単だった。 神社の入り口に着いて自分の車の近くで待っていると神崎さんが私と同じように手摺を滑って降りてきた。見事に着地すると私の所に歩いて来た。 あやめ「やられた、この下り方が出来るなんて」 こなた「悔しいじゃん、リベンジだよ、リ・ベ・ン・ジ」 神崎さんは笑った。 あやめ「ふふ、分かった、そのつかささんに会いましょう、話しはそれからみたいね」 こなた「うん」 あやめ「その前にこれだけは教えて、柊けいこ会長と木村めぐみが地球に居ないって言ったけど……それはどう言う意味?」 これは言っても良いかな こなた「お稲荷さんは殆ど故郷の星に帰った、宇宙船が迎えにきてね……どんな方法か分からないけど二人も連れて帰った、だからこの神社にお稲荷さんは居ないよ」 あやめ「帰った……そ、そんな……どうして……」 とても悲しそうな表情。意外な反応だった。 こなた「お稲荷さん個人個人で理由は違うと思うけど……あの二人は……今までの人間の仕打ちを見れば分かると思うけど……」 神崎さんは悲しみを振り払う様に笑顔になった。 あやめ「そう……今日は泊まっていきなさいよ、今から帰ったら日が変わってしまうでしょ、それに母が狐の話しをするなんて、そうとう気に入られたみたいね」 こなた「サービスエリアで泊まろうと思ったけど……お邪魔しちゃうよ?」 あやめ「ぜひそうして」 私は一番遠ざけていたつかさに神崎さんを会わそうとしている。本当にこれでいいのか。もっと彼女を調べてからでも…… そう思ったりもしたけど。もう決めてしまった事だ。それに神崎さんはお稲荷さんを知っている。そしてつかさと同じように狐を助けている。 きっと私達の仲間になってくれる。そうすればあのデータだって直ぐに分かるに違いない。そう思ってそれに懸けた。 でもさっきのあの悲しい顔は何だろう。あまりに悲しそうだから聞けなかったけど……けいこさんとめぐみさんを知っているいるのかな。 神崎あやめ……まだ何か秘密があるのか。つかさと会って真奈美の話しを聞いて彼女はどうするのかな。 分からない。ただ期待と不安だけが交差するだけだった。 ⑫ こなた「ほい、これでよしっと……ちょっとフォルダー開いてみようか」 あやめ「お願い……」 神社から神崎家に移った私達は神崎さんの部屋でデータの解凍をした。彼女はこの為に専用パソコンを用意していた。彼女にかがみの時の様な忠告は不要みたい。 私はフォルダーをクリックしようとした。 あやめ「待って」 私は手を止めた。 こなた「なに?」 あやめ「泉さん、こんなに早く解凍して良いの?」 こなた「え、それってどう言う事?」 神崎さんの言っている意味が分からなかった。手順で何か間違っているとも思えない。 あやめ「私がいつ約束を破って泉さんを記事にするか、そう思わないの……軽々しく人を信じるものじゃない……」 なんだその事か。 こなた「早いかな、もう神崎さんとは一ヶ月の付き合いだし、それに傷付いた狐を救ったし……お稲荷さんの秘密も知っているからね、もう仲間だよ、 それに約束破る人が態々そんなの言うわけないじゃん」 あやめ「……おめでたい思考だな……今時珍しい……」 こなた「そうかな、でも、そう言うのって神崎さんが一番嫌いなんじゃないの?」 私はそのままフォルダーをクリックした……アルファベットの羅列……コピーする時ちょっと見たのと同じようなデータ。まったく意味が分からない。 神崎さんはじっとデータを見ている。見ていると言うより……目で字を追っている。もしかして読んでいる? こなた「何か分かるの?」 あやめ「……これは、ラテン語みたいね……」 こなた「ら、ラテン語?」 あやめ「ふ~ん……それにしても少し古い……ちょっと時間がかかりそう」 こなた「あ、あの、ラテン度って?」 あやめ「古代ローマ人が使っていた言語」 古代ローマって何時の話しなの。全く分からない。もう少し黒井先生の授業を聞いていればよかった。 こなた「うげ、そんなのを読めるの?」 あやめ「……辞書があればだけど」 こなた「そんなの近所の本屋さんじゃ売ってないよ……」 でも見ただけでラテン語だって分かるのは凄い。もしかしたらみゆきさんと同じくらいの頭脳があるかも。 あやめ「そうね、あとでゆっくり解読してみる」 こなた「神崎さん、いったいこのデータって何?」 神崎さんはディスプレーの電源を切ると立ち上がった。 あやめ「泉さん、お稲荷さんの話しは母には言わないで欲しい」 こなた「え、う、うん、別に言われなくてもそうするつもりだけど」 あやめ「それを聞いて安心した、夕ご飯の手伝いをしているから少し待ってて」 神崎さんはそのまま部屋を出て行った。何かはぐらかされたな。教えてくれなかった。 ふと壁に貼ってある色紙を見つけた。これは貞子麻衣子のサイン……それも新しい。 なんだ神崎さん、ちゃっかりサイン貰っているじゃないか。 神崎さんの部屋を見回した……そのサイン意外は特に何もない。飾り気もあまりない。女の子部屋って感じはしないな。まだかがみの方が女の子らしい部屋かもしれない。 まぁ私も人の事は言えないか。本棚には専門書がずらりと並んでいる。 コミケに参加しているから薄い本があるかも……彼女の趣味が分かるかもしれない。本棚に手を伸ばした。だけど直ぐに手が止まった。 だめだめ、やめた。人の部屋を勝手に物色するのは止めよう。 私におめでたい思考だなんて言って置いて神崎さんだって他人を自分に部屋に一人だけにして無用心だよ。それとも私を信頼してくれたのかな。 まさか私を試しているって事は…… 慌てて部屋を見回した……隠しカメラみたいな物は見えない。もっとも隠してあったとしてもすぐに見つかるような位置には置いていないだろうね…… それとも神崎さんのポリシーとやらが私にも移ってしまったかな。多分今までの私なら躊躇無く本棚を物色していた。 神崎さんか……かえでさんから策士と言われて、かがみからは弱気を助け強きを挫くなんて言われて……それでもって潜入取材。 私が居なかったら確実に捕まっていた。そこまでしてかえでさんは何をしようとしているのか。 幼少時代は活発な女の子。そして狐、お稲荷さんとの出逢い。いったいどんなタイミングで真奈美は神崎さんに正体を明かしたのかな。 かえで「食事が出来たから来て~」 台所の方から声が聞こえる。 こなた「ほ~い、今行くよ~」 まだまだ私は彼女を知らなさ過ぎる。さてこれから少しでもそれが分かるかな。 私は神崎さんの部屋を出た。 あやめ「ちょっと……母さん、そんな事まで話したの……」 子供時代の話しを聞いたと言うと神崎さんは不快な顔をして正子さんに話した。 正子「何言ってるの、そんな事くらいで……」 食事は終わってもお喋りは続く。女三人寄れば姦しいってやつかもしれない。自分の家でもここまでお喋りに夢中にはなれなかった。 あやめ「なんかしっくり来ない……泉さんの幼少のはなしが聞きたい」 こなた「ん~それは内緒」 あやめ「なにそれ、お母さんに話せて私には話せないって……それなら、泉さんのお父さんに聞かないと」 こなた「……お父さんに会うって……あまり推奨できないけど……」 あやめ「何言ってるの、私の母には散々会っているくせに、不公平だ」 こなた「……散々って、これで二回目なんですけど……」 あやめ「二回も会えば充分じゃない、私なんか……」 こなた「私なんか?」 あやめ「い、いいえ、なんでもない……」 私が聞き直すと慌てて訂正した。何だろう。正子さんが居間の置時計を見た。 正子「もうこんな時間、片付けしないと、あやめは泉さんの相手をして」 あやめ「あ、う、うん……」 正子さんは台所に向かった。それを確認すると台所に聞こえないほどの声の大きさで神崎さんが話しだした。 あやめ「明日は何時に出るの?」 私も神崎さんの声の大きさに合わせた。 こなた「日が昇った頃かな」 あやめ「それで、柊つかささんにいつ会わせてくれるの?」 こなた「う~ん、明日って言っても向こうにも都合があるだろうからね、神崎さんは?」 神崎さんは自分の部屋の方を見た。 あやめ「私はもう少しあのデータを解析したい」 調べるって資料がなくて調べられるのかな。まぁ、データに関して言えばまったく私はお手上げだ。もうお任せするしかない。 そういえばつかさの店は毎週水曜が定休日だったな。 こなた「確証はないけど、今度の水曜日はどうかな、つかさの店が休みの日だよ、私も早出の日だから夕方なら時間空くよ」 神崎さんは手帳を出して広げた。スケジュールでも見ているのだろうか。 あやめ「私は構わない、あとは柊さん次第ね」 こなた「早速帰ったら聞いてみるよ、変更があるようなら連絡するから」 あやめ「そうね……そういえば貴女の電話番号聞いていなかった、良かったら教えてくれる」 こなた「あらら、そうだったね、メンドクサイから携帯から電話するから」 私が携帯電話を操作しているのを見ながら彼女は話し始めた。 あやめ「泉さん、貴女って面倒な事は全部他人任せ……それでいて重要な場面では先頭を切って走り出す……」 私は手を止めた。 こなた「へ?何それ?」 あやめ「一ヶ月泉さんと接しての率直な感想よ」 感想か……他の皆からもそう思われているのかな。 こなた「神崎さんは……私から見るといまいち分からない、記者の仕事が邪魔してるのかな、捕らえどころがなくって」 あやめ「別に構える必要なんかない、そうだったしょ?」 こなた「ふふ、そうかも、でもね、かえでさんなんか「策士」なんて言って警戒しているけどね」 あやめ「彼女あは最初から私を警戒していた、記者として行くべきじゃなかったのかもしれない」 こなた「でも、記者じゃないと取材出来ないよ、かえでさんああ見えても忙しい人だから」 あやめ「……」 神崎さんは何も言わなかった。 こなた「送っておいたよ」 神崎さんは携帯電話を確認した。 あやめ「OK、ありがとう、お風呂が沸いているから、それから隣の部屋に布団を敷いておいたから」 こなた「どうも」 あやめ「帰る時、多分母はまだ寝ていると思う、私は多分起きていると思うけどそのまま帰っちゃって良いから、それとも朝食食べてから帰る?」 こなた「いいよ、サービスエリアで済ませるから、データの解析でもしていて」 あやめ「そうさせて頂く」 こなた「実はね、こっちにもブレーン役の知り合いが居てね、もしかしたら神崎さんよりも先に解析しちゃうかもしれないよ」 あやめ「ブレーン役って……貴女って思っていたより顔が広いようね、是非その人も会ってみたい」 こなた「その人も普段忙しいからね、一応誘ってみるよ」 あやめ「もしかして、げんき玉作戦ってその人の考案なの?」 こなた「うんん、あの人はそう言う洒落っ気はないから」 あやめ「誰にも気付かれず、そして誰も傷つけず……その考え方が気に入った、全てにそうありたいものね」 こなた「難しい話は分からないよ」 あやめ「ふふ、そうかもね、貴女はアニメやゲームの話しをするのが似合ってる」 その後は、その通りにゲームやアニメや漫画の話しで盛り上がった。 次の日、神崎家を出て直接つかさの店に立ち寄った。時間は丁度お昼を過ぎたくらいだった。つかさの店はお昼の時間はさほど混まないから丁度良いかもしれない。 つかさの店の扉を開けた。 つかさ「いらっしゃいませ……あれ、こなちゃん」 つかさは私をカウンターに案内した。ここならつかさは作業しながら話せる。 こなた「どうも~あれ、いつもひろしが出迎えるのに?」 そういえばこの前もひろしが居なかったな。 つかさ「う、うん、ひろしさんはお父さんと一緒に神主のお仕事を手伝っているから……」 こなた「もしかして家業を継ぐの?」 つかさ「お父さんはその気満々みたい、本当に継ぐなら神道の学校に行かないと神主になれないけどね」 こなた「それで、本人はどんな感じなの?」 つかさ「どうかな~、なんだか少しその気になっているみたい」 お稲荷さんが神主か……それも悪くないかも。心の中ですこし笑った。 こなた「でもひろしが家業と継いだらこの店はどうなの、仕込みとか買出しとか大変になるでしょ、アルバイトさんも余計に雇わないといけないよね?」 つかさ「そうだけど、ひろしさんじゃないと出来ない仕事もあるから……」 さすが夫婦って所かな、ひろしって頼りにされているな。 こなた「それなら私の所に戻ってきちゃえば、スィーツの部門はまだ担当固定されていないし、スィーツ以外の料理だって出来るよ」 つかさ「え、ほんとに!?」 つかさは作業を止めてカウンターから身を乗り出してきた。驚きと喜びの表情だった。だけど直ぐに不安そうな顔になった。 つかさ「だけど、かえでさんが何て言うか……今頃になって戻るなんて……」 こなた「かえでさんなら心配ないよ……実はねかえで……あっ」 しまった。この話は止められていたのを忘れていた。やばい。 つかさ「実は?」 つかさが首を傾げた。 こなた「あえ、じ、実は私もつかさに戻ってきて欲しいな~なんて思っていたから、もしつかさがその気なら私からも頼んであげる、きっとあやのも賛成してくれるよ」 つかさ「ありがとう、こなちゃん、でもまだ決まっていないから、そうなったらお願いするかも」 ふぅ、危うかった。なんだかんだ言って私もつかさと同じだな。秘密を守るなんて出来そうにない。 こなた「まかせたまへ~」 つかさは笑顔で作業に戻った。そして私に軽食とコーヒーとケーキを用意してくれた。 つかさのあの様子だとかえでさんはまだ話していない。私はかえでさんに酷な事を言ってしまったかな。 こなた「今日はみなみの演奏はないの?」 つかさ「うん、まなみの強化練習でお休み」 こなた「へぇ、それで演奏会って何時なの?」 つかさ「再来週の日曜日だよ、こなちゃんも時間があったら聴きに来てね」 つかさは演奏会のパンフレット兼チケットを差し出した。私はそれを受け取った。 こなた「みなみが凄くまなみちゃんを買っていたけど、スカウトが来るとか、自分を超えたからもう教えられないとか言ってた」 つかさ「そういえばお姉ちゃんも驚いていた」 こなた「私もそう思うよ、あの練習曲が頭の中で今でも響いているくらいだから」 つかさ「ありがとう、」 つかさはそのまま厨房の奥に行こうとした。 こなた「もし、スカウトが来たらどうするの」 つかさの足が止まった。 つかさ「どうするのって?」 こなた「みなみが手に負えないくらいだから、もしかしたら本場に留学とかもあるかもしれないよ」 つかさ「留学って……どこに?」 こなた「分からないけど、クラッシックだと本場はどこだろう」 つかさ「その時になってみないと分からない……それにまなみはまだ一人じゃ何も出来ないし」 こなた「あ、つかさのその台詞、それは私がみなみに言った事だった、ごめん余計な話しだった忘れて」 不安を煽っただけだったか。余計な話しは止めて本題に入るかな。 こなた「そのままで聞いて、今日来たのはね、つかさに会わせたい人がいるからなんだ」 つかさ「え、私に、誰なの?」 こなた「記者の神埼あやめさんって人」 つかさは奥からカウンターに戻ってきた。 つかさ「記者……もしかしてこの前言っていた記者さん?」 こなた「そうだよ」 つかさ「私にインタビューでもするの、それともお店の紹介の取材なの?……私はそう言うの断ってるから……」 そうだった。記者を言うのは余計だった。どうも私って余計な事を言うな…… こなた「うんん、そうじゃない、記者としてじゃなくて、神崎あやめさんとしてつかさに会わせたい」 つかさ「そうなんだ、それなら、こなちゃんがそう言うなら会うよ」 さすがつかさだ、話が早い。 こなた「今度の水曜日ってお休みだよね、夕方は空いているかな?」 つかさ「うん、空いているよ……お客さんなら家より此処がいいかも、お料理も出せるし、お話も出来るし」 この店か。貸し切りと同じようなものか。その方が気兼ねなく話せるかも。 こなた「ついでって言ったらあれだけど、みゆきさんもも会わせたいからもしかしたら来るかも」 つかさ「本当に、嬉しいな、ゆきちゃん最近会っていないから……それならお姉ちゃんは呼ばなくて良いの?」 かがみか……かがみも関係者だよな。でもまったく考えていなかった。確かにみゆきさんに会わせておいてかがみを会わせない理由はないよね。 そこに気付くのはさすが妹と言うべきなのか。 こなた「かがみも呼ぶよ」 つかさ「わ~なんだか凄く楽しくなりそう、楽しみだな~♪」 鼻歌を歌いながら作業をし出した。何時に無く体が軽そうにテキパキと動いている。 つかさ「ところで何で神崎さんって人を私に会わせたいの?」 狐……いや、お稲荷さん、いや、真奈美の話は彼女が来てからの方がいいかもしれない。 こなた「それはお楽しみだよ」 つかさ「お楽しみ……そういえばこなちゃんから私に紹介なんて初めてかも、きっと良い人だね」 良い人か……つかさはかがみに私を紹介した時もそう言っていたってかがみが教えてくれたっけな。つかさは全く変わっていないな。 でも気付けば私より先に結婚して子供までいるから驚きだ。 つかさが出してくれた料理を食べ終わった頃、続々とお客さんが入ってきた。用も済んだ事だし帰るかな。 こなた「ご馳走様、そろそろ帰るね、御代は此処に置いておくよ」 つかさ「あ、御代はいいのに……」 こなた「私もお客様だよ」 つかさ「ありがとうございました、またのお越しを……」 ふふ、つかさからそんな言葉を聞くなんて初めてだ。そこに一人のお客さんがつかさに寄ってきた。 お客「今日はピアノの演奏はないのかい?」 つかさ「すみません、今日はお休みです」 お客「それは残念、最近演奏している子供は貴女のお子さん?」 つかさ「はい、そうですけど?」 お客「素晴らしい演奏だった、将来が楽しみですな」 つかさ「ありがとうございます……良かったらどうぞ」 お客さんは演奏会のパンフレットを受け取るとそのままテーブル席に向かって行った。つかさはお客さんの注文を受けて忙くなった。私はそのまま店を出た。 隣にレストランかえでが見える……顔を出してみようかな。 明日からあの店で仕事か……面倒くさいな。 帰ろう…… その水曜日が来た。 みゆきさんは仕事の関係でどうしても来られないと返事がきた。 かがみ「まさか神埼あやめを本当につかさに会わせるなんて」 かがみは二つ返事で返事が来た。私の思惑とは全く逆になった。しかも駐車場でばったりかがみと会うなんて。私はそこまで勘は冴えているわけじゃないからしょうがないか。 かがみ「向こうで神崎あやめと何を話したのよ?」 そして。この駐車場で会うのも何かの導きなのか。それともただの偶然なのか。駐車場に忘れ物を取りに来ただけなのに…… こなた「神崎さんは幼少の頃、傷付いた狐を助けてね、その狐の名前が真奈美と言うそうな」 かがみ「な、何だって!?」 驚くかがみ。本当は言うつもりは無かった。どうせつかさと神崎さんが会えば分かる事。 こなた「神崎さんの母親から聞いた話」 かがみ「真奈美って、まさか、嘘でしょ、すると神崎あやめって……」 こなた「そうだよ、彼女は狐の正体を知ってる、それでお稲荷さんの存在も知ってる」 つかさと神崎さんが会えばつかさが動揺してしまって何も話せないかもしれない。だからかがみには前もって話す必要がある。でも電話では話せなかった。 駐車場でかがみに会ったのはまるでそのチャンスを与えてくれたかの様だ。 かがみ「それじゃ貿易会社からもってきたあのデータって?」 こなた「多分それに関係する事だとは思うけど、神崎さんは教えてくれない、だけどつかさと会えばもしかしたら……」 かがみ「そ、そうね、確かにつかさの話しを聞けば彼女にとっても衝撃的なはず……分かった、私に出来る事なら協力する……」 かがみは直ぐにこの状況がどんな物なのか理解した。 こなた「みゆきさんが来られなかったのはちょっと痛いかな」 かがみ「みゆきも誘ったのか、仕事じゃしょうがないわよ、何か大きな山場に来たって言っていた……でもデータはとても興味深いって言っていたから」 こなた「ちゃんと渡したんだね、安心した」 かがみ「それよりかえでさんはちゃんと誘ったんでしょうね、彼女もつかさを理解している一人よ」 こなた「うんん、誘っていない……」 かがみ「何故よ、私やみゆきを誘っておいてあんなに近くに居るかえでさんを呼ばないなんて……」 かえでさんは妊娠しているから……と言えば済む話だけど。言えない。 そんな私の心境を知ってか知らずかかがみはそれ以上私を追及しなかった。 かがみ「つかさの店に行くわよ」 こなた「うん……」 つかさの店の扉には定休日の看板が立て掛けられている。でも店の奥に灯りが見える。もうつかさが来ているのか。約束の時間はまだ随分先なのに。 かがみは扉を開けて店の中に入った。私はその後に続いた。 かがみ「入るわよ、つかさこんなに早くから来て……」 つかさ「あ、お姉ちゃん……こなちゃんも、いらっしゃい」 こなた「うぃ~す」 つかさ「初めて会う人だからおもてなししないといけないでしょ、だから準備をしていたの」 かがみ「お持て成しって、まだどんな人かも分からないのに、つかさ、あんたは「疑い」って言葉をしらないのか……」 こなた「そう言うかがみだって私を絶対に記事にしないって言ってたじゃん、」 かがみの言う通りだった。神崎さんは記事にしないって言った。こうして見るとつかさにしろかがみにしろ本質的には同じなのかもしれない。この件で初めてそれが解った。 つかさ「こなちゃんの記事って何?」 こなた・かがみ「何でもないよ」 つかさ「ふ~ん?」 つかさはちょっと首をかしげたけど直ぐに料理に夢中になった。 かがみは溜め息を付くと適当なテーブル席にに腰を下ろした。私もかがみと同じテーブルに座った。かがみは店内をぐるっと見回した。 かがみ「お客さんが居ないお店って言うのも静かで悪くないわね……」 こなた「かがみはお客さんとしてしか店に入っていないからそう思うだろうね、私は開店前、閉店後も店に居るからこんな状況はよくあるよ…… でも、かがみがそう言うとそんな気がして来たよ、良くも悪くも思った事なんか無かったのに」 かがみ「私とこなたは業種が全く違うから、感覚が違うだけなのかもね……つかさとこなたは同じ業種だから私が新鮮に思った事でも当たり前だったりする訳よね」 こなた「私はあまりかがみの業種にお世話になりたくないよ……」 かがみは笑った。 かがみ「ふふ、飲食業と弁護士じゃ客の質が違いすぎる、でもね、正直言ってこなたとひよりが一緒に仕事をしていたら私の客になっていたと思う、 ゆたかちゃんとひよりだから出来た仕事なのかもしれない」 こなた「はい、その点につきましては反省しております……」 かがみ「本当か?」 かがみは私の目を真剣な顔でみた。 かがみ「いや、やっぱりあんた達にはもう少し監視が必要ね、顔にそう書いてある」 こなた「え?」 自分の顔を両手で触った。 かがみ「あははは、何マジに成ってるのよ、ばっかじゃないの」 こなた「うぐ!」 かがみはたまにこんな事するよな……こんな時にしなくてもいいのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃん、ちょっと手伝って~」 こなた・かがみ「ほ~い」 私とかがみはつかさの作った料理をテーブルに運んだ。 つかさ「これでヨシ!!」 テーブルには色取り取りの料理が並んでいる。 こなた「ちょっと、つかさ……これ、作りすぎじゃない?」 かがみ「神崎あやめを入れても四人、余るわね」 つかさ「多かったかな?」 こなた「まぁ、余ったのはかがみが全部片付けてくれるから心配ないよ」 つかさ「そうだね、お願いね、お姉ちゃん」 かがみ「お願いって……二十代ならまだしも、幾らなんでも無理よ」 こなた「へぇ、若い頃なら問題なかったんだ?」 かがみ「こんな時に何を言っている」 マジになるかがみ、さっきのお返しだよ。 こなた「余ったらレストランのスタッフ呼んで食べてもらおう」 つかさ「あ、それが良いね」 かがみ「……最初からそうすれば良いだろう……」 約束の時間近くなった頃だった。窓越しから一台のオートバイが駐車場に向かうのが見えた。 こなた「お、お客さんが来たようだよ」 かがみとつかさが私の目線を追って窓の外を見た。 かがみ・つかさ「どこ?」 こなた「ほら、大型バイクに乗っている人」 私は指を挿して見せた。 かがみ「大型なんて洒落たもの乗っているわね……神崎あやめか……面白そうな人ね」 つかさ「え、え、どこ、どこ?」 こなた「もう駐車場の方に行っちゃったよ」 つかさ「え~」 つかさは見逃したか。まぁお約束と言えばお約束だね…… こなた「そろそろ彼女が来るよ、つかさ、準備して」 つかさ「準備って、もう食事の用意は出来ているよ」 こなた「いや、そっちじゃなくて、心の準備だよ」 つかさ「え、そ、そんな事言われると緊張しちゃう」 こなた「いや、別に構える必要なんかないよ、普段のつかさのままで、普通に接すればいいから」 つかさ「うん、それなら出来る」 かがみは食事が用意されているテーブルより後ろに下がり椅子に座った。かがみは様子見って所だろうか。それに主役はあくまでつかさだからそれでいい。 つかさに彼女がお稲荷さんの事を知っているのは教えていない。つかさはそれでいい。予備知識なんか要らない。 つかさはそうやって乗り越えてきた。それに期待する。 駐車場の方から神崎さんがこっちに向かってきた。ジーパンに皮ジャン姿だ。ヘルメットは取ってある。彼女は店の入り口前で皮ジャンを脱いだ。 定休日の看板があるせいなのか暫く彼女は入り口で何もしないできょろきょろとしていた。つかさがゆっくりと扉を開けた。 つかさ「い、いらっしゃい、こなちゃん……泉さんから聞きました、神崎さんですね……どうぞ」 あやめ「失礼します」 つかさは神崎さんを通した。 こなた「いらっしゃい待っていたよ、こちらが話していた柊つかさ」 二人は軽く会釈をした。 こなた「そんでもって、向こうに座っているのが小林かがみ」 かがみは立ち上がりその場で礼をしてすぐ座った。 あやめ「小林……かがみ……」 神崎さんはかがみをじっと見ていた。 つかさ「あ、あの、始めまして、柊つかさです、記者さんって聞いていますけど」 神崎さんは微笑んだ あやめ「神崎あやめです、〇〇の記者をしています……」 つかさが手を神崎さんの前に出した。握手のつもりだろう。神崎さんも手を前に出して二人は握手をした。 つかさ「よろしくお願い……う」 ん、つかさの表情が変わった。握手した途端なんか急に苦しそうになった。どうした? 神崎さんの表情もなんかおかしい。無表情に握手した手をじっと見ている。つかさが腕を動かしている。引いている様に見えた。 つかさ「あ、あの……手が……い、痛い!!」 つかさが叫んだ。神崎さんはそれに反応して手を放した。つかさは握手されていた手を痛そうに擦っていた。神崎さんは思いっきり握っていたのか。緊張でもしていたのかな。 なんか変だ。ここは私が入って雰囲気を和らげるか。そう思った矢先だった。神崎さんはおもむろにポケットから何かを出した。 それは……ボイスレコーダーだ。 神崎さんはボイスレコーダーを操作しだした。そしてつかさの前に向けた。ば、ばかな。神崎さんはつかさを取材するのか。なぜ……私がそれを止めようとした時だった。 私よりも先にかがみがつかさの前に立った。 かがみ「神崎さん、どう言うつもり」 つかさ「お姉ちゃん?」 かがみの声に驚いたのか神崎さんは慌ててボイスレコーダーをポケットに仕舞った。だけどもうそれは遅かった。かがみの表情は怒りに満ちていた。 あやめ「これは……ち、違う」 かがみ「何が違う、あんたさっきつかさを取材しようとしていたでしょ、許可も取らないで何様のつもり」 神崎さんは黙って何も言わない。 かがみ「ボイスレコーダーの電源入ったままじゃない、帰って…」 つかさ「お姉ちゃん、ちょっと……」 かがみは扉を指差した。 かがみ「帰れ!!」 凄い……あんなに怒っているかがみを見たのは初めてだ。私もつかさも今のかがみを止められない。 神崎さんは手を擦るつかさを暫く見ると脱いでいた皮ジャンを羽織ると店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……どうして?」 かがみ「あんたは少し黙っていなさい」 かがみは興奮状態だ。今は何を言ってもだめだろう。 何故。ボイスレコーダーを使うなら此処に来る前に操作しておけば気付かれない。それが分からないような人じゃないのに。 まるでわざとしたようだ。わざと……意図的に……どうして。聞かないと。 まだ間に合うかな。 私は店を飛び出し全速力で駐車場に向かった。 ⑬ 私は走っている。私は間違えたのか。つかさを会わしちゃいけなかったのか。かがみにお稲荷さんの話しをしちゃいけなかったのか。分からない。 つかさと神崎さんはまだ挨拶しかしていない。何も話していないじゃないか。そもそもかがみがあんなに怒るなんて……どうして。 分からない事だらけだ。だから逃げるように店を出た神崎さんを呼び止めないと。駐車場について二輪専用の駐車スペースを見た。 居た! バイクに跨ってヘルメットを着けようとしている。 こなた「神崎さ~ん!!」 私は叫んだ。ヘルメットを着けようとする神崎さんの手が止まった。待ってくれそうだ。私はスピードを上げて彼女に近づいた。 こなた「はぁ、はぁ、はぁ」 あやめ「泉さん、貴女って走るのが好きね……これで何度目かしら……」 微笑んで冗談を言う。でもその冗談に対応出来るほど余裕はない。 こなた「ど、どうして……」 息が切れてこれしか言えなかった。神崎さんは店の方を見ながら話した。 あやめ「この私が何も言い返せなかった……生死を潜り抜けたような凄まじい気迫、並の人が出来るものじゃない……柊つかさは彼女にとってどれほど大切なのか、二人の関係は?」 かがみは実際に二度も死にそうになっている。それに弁護士の職業のせいもあるかもしれない。私は呼吸を整えた。 こなた「かがみの旧姓は柊だよ、つかさの双子の姉、つかさがかがみをお姉ちゃんって言っていたの聞こえなかった?」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「あまりの気迫でそこまで気を配る余裕がなかった……双子の姉妹……全然似ていないじゃない、二卵性かしら……」 こなた「そんな事より何故商売道具なんか出したの、もしかしてわざとやったでしょ?」 あやめ「ふふ、そう見える?」 こなた「……まさか、本当にわざとなの」 微笑んだまま何も言わない。私もかがみと同じように頭に血が上ってきた。 こなた「ば、バカにするな~、私が何でつかさに会わそうとしたか分かっているの、つかさは、つかさはね……」 頭に血が上ってなかなか先が言えない。 あやめ「もう私にはこれ以上関わらないで」 『ヴォン!!』 キーを入れてバイクのエンジンをかけた。 関わるなって、ここまで私を巻き込んでおいてそれはないよ。 こなた「……私達と一緒じゃダメなの、お稲荷さんの秘密を知っている同士じゃん?」 あやめ「これは私の問題だから」 こなた「卑怯だ、ここまで私に協力させておいて……」 「神崎さ~ん、こなちゃ~ん!!」 駐車場の入り口からつかさが走って来た。 こなた「一緒に戻ろう、謝ればかがみだって許してくれるよ」 あやめ「それじゃ、さようなら」 『ヴォン、ヴォン!!』 神崎さんはヘルメットを被った。慌てたのか長髪がはみ出ている。アクセルを全開にして私の前から飛ぶように走り去った。 何だろう。つかさを避けるようにも見えたけど…… つかさが私の所に来た時には既に神崎さんの姿はなかった。バイクのエンジン音が微かに残って聞こえるだけだった。 つかさ「神崎さん帰っちゃったの?」 こなた「うん」 悲しそうな顔で駐車場の外をみるつかさ。 こなた「つかさ、手は大丈夫なの、すごく苦しそうだったけど」 つかさ「う、うん、すっごい力で握られちゃって……男の人かと思うぐらいだった、でも、もう痛みは消えたから」 つかさは私の目の前に握られた手を見せた。少し赤くなっている。 つかさ「私……何か神崎さんに気に障る事したのかな……」 つかさは俯いてしまった。 こなた「別に気にすることじゃないよ……それよりかがみは?」 つかさ「なんか急にしょぼんってなっちゃって……」 感情に身を任せた反動でしょげちゃったかな。 こなた「取り敢えず店にもどう」 私は歩き始めた。 つかさ「待って……何かおかしいよ、お姉ちゃん、あんなに怒った姿をみたの初めて、神崎さんも何もしないで帰っちゃうし……こなちゃん、何か知っているの?」 いくら鈍感なつかさでも気付いたか。もう隠してもしょうがない。 こなた「神崎さんはお稲荷さんを知っている……」 つかさ「え?」 つかさは立ち止まった。私も止まった。 こなた「神崎さんが幼少の頃傷付いた真奈美を助けた」 つかさ「そ、それで?」 こなた「……それしか知らない、神崎さんはそれ以上教えてくれない、だからつかさに会わせようとしたのだけど……開けてみれば大失敗……余計こじれちゃった」 つかさ「まなちゃんと逢った人が私意外に居たんだ……神埼あやめ……さん、まなちゃんの事聞きたかったな……」 私はつかさを見て驚いた。もっと悲しむと思った。真奈美の死を思い出して泣いてしまうのかと思った。 でもそれは間違いだった。つかさはもう真奈美の死を受け入れていた。つかさの安らかな笑顔を見て確信した。 それならもうこの話しをしても構わない。 こなた「それからね、これは憶測だけど、もしかしたら真奈美は生きているかもしれない……」 つかさ「ふふ、こなちゃんったら、こんな時に冗談なんか」 こなた「いや、これはみゆきさんが言った事だよ……」 つかさ「ゆきちゃんが……ほ、本当に?」 こなた「うん、そして神崎さんもそれについて何か知っているような気がするんだ」 つかさ「知っている……」 こなた「そう、そしてその鍵になるのが貿易会社から盗んだデータ、今、みゆきさんに解析してもらってる」 つかさ「盗んだって……ダメだよそんな事しちゃ」 こなた「もうしちゃったからね、この前一ヶ月の研修ってやつがね、実は神崎さんと貿易会社で潜入取材をした、そこの資料室からデータをコピーした」 つかさ「私が知らない間に……そんな事を……」 こなた「ごめん、真奈美の話は嫌がると思って伏せたんだよ……まだ憶測だけの話しで、間違っていたらつかさが傷付くと思って……」 つかさ「……生きていたら嬉しい……例えそれが間違っていても、生きているって思える時間があるから、それでもやっぱり嬉しいよ」 ……涙ひとつ溢していない。それどころか昔を懐かしんでいるように見える。 葉っぱを見て泣いていたつかさ。私がちょっと詰め寄っただけで泣いてしまうつかさ。でもそれは弱さじゃなかった。 かえでさんの言っていたつかさの強さってこの事を言っているのか。 つかさはもう完全に真奈美の死を乗り越えていたのか。 それにつかさの口の軽さなんて私とあまり大差なんかなかった。いや、意識しても隠せなかった分私の方が酷いかもしれない。 神崎さんに最初に逢うべきだったのはつかさだった。 私は神崎さんと駆け引きだけで乗り過ごそうとしていただけだった。ゲームをしていたに過ぎなかった。 だから神崎さんは真実を話してくれなかった…… つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 こなた「つかさには敵わないや……」 つかさ「え、何が?」 こなた「笑顔だけで私の考え方を変えてしまったから」 真奈美が一晩でつかさを殺すのを止めた理由が今分かった。そういえばゆたかとひよりはつかさが凄いって何度も言っていたっけな。 今頃になってそれが分かるなんて。共同生活までした事があるって言うのに…… つかさ「……わかんないよ」 分からなくていい。それがつかさだから。 こなた「さて、店に戻ろう、かがみが待ってる」 つかさ「うん」 私達は店に向かって歩き始めた。 つかさ「ねぇ、神崎さんってどんな人、握手しただけだからまったく分からない」 こなた「どんな人か……一ヶ月くらい見てきたけど、仕事の為なら何でもするような人かな……でも……」 つかさ「でも、良い人なんだね」 良い人か…… こなた「なんで分かるの?」 つかさ「こなちゃんの友人だからね」 こなた「友達だって、彼女が?」 つかさ「だって、お姉ちゃんに追い出された神崎さんを追いかけたでしょ、呼び止めに行ったんじゃないの?」 こなた「呼び止めに行った訳じゃないよ」 つかさ「それじゃ何しに行ったの?」 こなた「わざと私達を怒らせるような事をしたから、その訳を知りたかった」 つかさ「それで、教えてくれたの?」 こなた「つかさが来たら逃げるように帰った」 つかさ「私、嫌われちゃったかな……」 こなた「あれじゃ逆に私達に嫌われようとしているみたいだ」 つかさ「記者さんって難しいね……」 それから店に着くまでつかさは考え込んで何も話さなかった。 店に戻ると椅子に座って項垂れているかがみの姿があった。 かがみ「つかさ、こなた……ごめん……台無しにしてしまった」 つかさは心配そうな顔でかがみの側に寄り添った。 こなた「謝らなくてもいいよ、かがみが出なかったから程度の違いはあったかもしれないけど私も同じ事をしていたから」 つかさ「恐くて何もできなかったよ……まつりお姉ちゃんと喧嘩していてもあんなに恐くなかったのに……」 かがみ「……そう、そんなだったの……そんなに怒っていた?」 こなた「まぁ、ボイスレコーダーを出されちゃね」 かがみ「ボイスレコーダー、違う、それだけならあんな事はしなかった、つかさが苦痛の表情をしているのに彼女は握手を止めようとはしなかった……だから思わず飛び出した その後後は何を言っているのか自分でもあまり覚えていない……」 そうか。だから私よりも先にかがみが飛び出したのか。これは身内と友人の感性の違いなのか…… つかさ「もう手は大丈夫だから……」 つかさは握られていた手を握ったり開いたりしてかがみに見せた。赤くなっていた所も殆ど分からなくなる位に元に戻っていた。 かがみ「そう……それは良かった……」 かがみはほっと一息つくと立ち上がり私の方を見た。 かがみ「それで、神崎を追い掛けて何か分かったのか?」 こなた「ん~、肯定も否定もしなかったけど……私の感じではわざとボイスレコーダーを出したみたい……」 かがみ「ふふ、だとしたら私はまんまと彼女の策にはまったってことなのか……こなたに神崎がなぜそんな事をするのか心当たりはあるのか?」 こなた「分からないけど……何度もこれからは私の仕事だって言っていたね」 かがみ「私達が居たら邪魔だって事なのか、こなたを散々引っ張りだしておいて……」 こなた「でも分からないのはあのデータを私が持っているに返せって一度も言わなかった、何故だろうね」 かがみ「それはデータなんてどうせ解析も分析も出来ないだろうって思っているのよ、頭に来るわ……完全に私達に対する挑戦だ」 つかさ「データっていったい何のことなの?」 私はつかさに何て言うのか迷っていると…… かがみ「もう秘密にしても意味はない、神崎とこなたが共同であの貿易会社の秘密データをPCから抜き取った」 つかさ「抜き取ったって……盗んだって事なの?」 つかさは私の方に向いて心配そうな顔になった。 こなた「盗む……人聞きが悪いけど……合ってる」 つかさ「そ、そんな事して大丈夫なの?」 更に心配そうな顔になるつかさ。返答に困った。 かがみ「今の所他人びバレた形跡はないわね」 つかさ「どうしてそんな危険は事をしたの……」 こなた「それは……」 私がまごまごしていると…… かがみ「真奈美さんが生きている証拠を探すためらしい……こんな事をしても無駄だとは思うけど……みゆきも罪な事をするわ」 つかさ「まなちゃんが……生きている、さっきもそれ言っていたよね、それって本当なの、ねぇ、こなちゃん!?」 つかさは私に詰め寄った。 こなた「分からない……」 かがみはつかさが用意した料理が置かれているテーブル席に腰を下ろした。 かがみ「みゆきも全く根拠がないなら私達にこんな話しを持ちかけてくるはずはない、それにみゆきやこなたとは違った意味で私はこのデータに興味があるわ、 私もこのデータの解析をしてみる」 つかさ「お姉ちゃん」 こなた「かがみ……」 かがみ「だって悔しいじゃない、このまま神崎の策におめおめとはまっているのは……それにこなたをコケにして、つかさも傷つけた、挙げ句の果てに私達が解析できないと思っている、 こうなったらあのデータは絶対に解析してやる、解析してやるんだから!!」 かがみは目の前の料理を食べ始めた。自棄食いだな……これは。 つかさ「でも……私がこなちゃんを追いかけた時、神崎さんとこなちゃんが駐車場で何か話していたけど、言い争いをしている様に見えなかった……」 こなた「一ヶ月も一緒に仕事をすれば情も湧いてくるよ……私達と一緒にって言ったけど……ダメだった」 かがみ「モグモグ、神崎は群れるのが嫌いなようね、彼女の仕事ぶりからもそれが伺える……こなた、もう彼女と一緒に何かするのは諦めた方がいい」 こなた「でも……神崎さんはあのデータの解析の方法を知っているみたいだったから、先を越されちゃうよ」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「この前みゆきにデータを持っていったら早速パソコンを立ち上げて中身を見た、こなたの言っていた謎も直ぐに解けた、あの文字の羅列はラテン語よ、 それもかなり初期のものらしい、それに粗方の内容も分かった、どこかの場所を説明している文だってね……みゆきは何時になく目を輝かせていたわ、 それにあのデータは英文もかなりある、そっちの方は私でも翻訳出来る……これでも神崎に引けを取ると?」 神崎さんはラテン語って言っていた。みゆきさんはそれ以上に内容にまで踏み込んでいる。かがみが手伝えば神崎さんより早く分かるかもしれない。 こなた「いいえ、引けを取っていません……そのままお続けください……」 かがみは気を良くしたのか食べるペースがまた上がった。 つかさ「私も……何か手伝える事はないの……」 かがみは何も言わず黙々と食べていた。つかさはしばらくかがみを見ていたけど返答してもらえそうにないと思ったのか今度は私の顔を見た。 つかさにはやってもらう事がある。これはつかさにしか出来ない。 こなた「あるある、つかさにはもう一度神崎さんに会ってもらわないと」 かがみは食べるのを止めた。 かがみ「……それは止めた方がいい、さっきの状況を見れば明らかだ」 そう、普通は誰もがそう思う。私も少し前ならかがみと同じだった。 こなた「つかさは駐車場に来たのは神崎さんに会いたかったからでしょ?」 つかさ「う、うん……まなちゃんの生前の話が聞きたくって……」 かがみ「あんな酷い目に遭わされてもなのか?」 つかさ「うん、私が痛いって言ったら直ぐに放してくれたからきっと大丈夫だよ」 かがみ「ふぅ、あんたはね少しは疑うって事を覚えた方が良いわ……」 こなた「うんん、あの人は駆け引きじゃなく真正面から行った方が良い、私はそう思う」 かがみ「真正面ってどう言う意味よ?」 かがみは首を傾げた。 こなた「つかさだよ、つかさ、裏も表もなくいつでも真正面だった、だから真奈美もひろしもつかさが好きになった、もう一回会う価値はあるよ」 かがみはしばらく考え込んだ。 かがみ「こなたがそう言うなら、一ヶ月神埼を見てそう言うなら……ただし、さっきみないな事があったら今度こそ許さない」 つかさ「何かよく分からないけど……やってみる」 つかさは両手を握って張り切っている。いいぞその調子だ。 かがみ「意気込みはいいけど、今日の明日って訳にもいかないでしょ」 つかさ「そ、そっか、どうしよう?」 こなた「それならまなみちゃんの演奏会が終わったら神崎さんに連絡とってみるよ、それならどう?」 つかさ「そうだね、その後の方がいいかも」 かがみ「後はあんた達に任せるわよ……」 つかさの表情を見て安心したのか今まで通りのかがみに戻ったようだ。かがみは再び料理を食べ出した。 こなた「かがみ、自棄食いはそこまでだよ」 かがみは自分の分の料理を殆ど食べ終えた所でナイフとフォークを置いた。 かがみ「別に自棄になってないわよ、丁度お腹一杯になった、ご馳走さま」 こなた「かがみでお腹一杯じゃ私とつかさじゃ食べきれないよ、それに神崎さんの分もあるし」 つかさ「ちょっと作りすぎたかな……」 こなた「まぁ、このまま残すのも勿体無いから私の店のスタッフ連れてくるよ、賄いを作る手間が省けて喜んでくれるよきっと」 つかさ「お願い~」 こなた「まぁ、この時間は向こうも忙しいから何人来られるか分からないけどね……」 私はレストランかえでに向かった。 やっぱり私の思った通りディナータイムなので来たのはかえでさんとあやのだけだった。 かえで「こりゃまたシコタマ作ったわね……」 あやの「……何かのパーティでもしていたの、誰かの誕生日だったっけ?」 テーブルに並べられた料理を見てあぜんとする二人だった。 つかさ「誰かの誕生日じゃないけど、食べて行って」 私達は料理を食べ始めた。かがみも料理に手を出そうとした。 こなた「ちょっと、さっき一杯食べたでしょ……」 かがみ「なによ、別に良いじゃない、減るもんじゃなし」 こなた「いやいや、減るでしょ……」 かがみのテンションが高くなった。つかさが思ったよりもダメージがなかったからかもしれない。 でも、つかさが追いかけてくるとは思わなかった。そのつかさに謝罪の一言も言わないで逃げるように去った神崎さん。分からない…… つかさ「かえでさん、どうしたの?」 皆でわいわい食べている中、かえでさんだけが何もしないでテーブルの外で立っていた。 かえで「え、あ、別に何でもない……」 つかさ「ねぇ、かえでさんの好きな茄子の料理も作ったから食べて」 つかさは茄子料理を小皿に取ってかえでさんに差し出した。 かえで「あ、ありがとう……うっ!!」 急に口を手で押さえて苦しそうに屈んだ…… つかさ「か、かえでさん、どうしたの?」 かえで「ちょっと臭いがきつくて……」 つかさ「え、そうかな、普段と同じ味付けなんだけど……おかしいな……」 つかさは茄子料理を食べながらかえでさんをじっと見た。そして一瞬目を大きく日宅と一歩下がって小皿をテーブルに置き、しゃがんでかえでさんと同じ目線になった。 つかさ「……もしかして……悪阻じゃ?」 かがみ・あやの「えっ!?」 つかさの言葉に私達はかえでさんの方を向いた。かえでさんは慌てて立ち上がった。 さすがに経験者には隠し切れないか。 かえで「ちょ、ちょっと調子が悪いだけ、さて……店に戻らないと」 つかさ「あ、かえでさん、待って」 つかさとかえでさんは店を出て行った。 私は溜め息をついた。かがみとあやのはそんな私を見ていた。 かがみ「少しも動揺しないなんて……知っていたのか?」 こなた「うん」 あやの「なんで黙っていたの?」 こなた「本人から止められたから……」 かがみ「止めるって、止める必要なんかないじゃない、結婚したんだし妊娠したくらい隠すことじゃない、いや、むしろ祝うべきでしょ」 こなた「ん~妊娠自体を内緒にとは言っていないんだけどね……」 かがみ「はぁ、じゃ何を内緒にしているのよ?」 こなた「だから……内緒なの」 かがみが首を傾げているとあやのが席を立った。 あやの「私もかえでさんの所に行く……」 足早に店を出て行った。 かがみは窓からあやのがレストランに入って行くのを確認した。 かがみ「……さて、私達二人きりになった、話してくれるわよね?」 私は話すのを躊躇った。 かがみ「私はあのレストランともこの洋菓子店とも利害関係のない部外者、しいて言えばつかさと姉妹関係であるだけ」 こなた「で、でも……」 かがみは真面目な顔になった。 かがみ「ここたがそこまで隠すなんて、かえでさんとの約束を優先したのか、それも良いかもしれない」 かがみは腕時計を見ると立ち上がった。 かがみ「……さっきのかえでさんの行動を見て思ったのだけど、つかさと握手をした時力いっぱいつかさの手を握ったのと似ているんじゃないかって」 こなた「似ているって?」 かがみ「かえでさんはつかさに真実を話すのを隠す為に誤魔化した、神崎もそれと同じって事よ」 こなた「誤魔化すって、つかさに隠すような事なんかないよ、初めて会うのだしさ……」 かがみは首を横に振った。 かがみ「神崎とつかさは以前会っているような気がする」 こなた「え、だってつかさが知っていたら私達がしていた事が無意味じゃん?」 かがみ「会うって言っても神崎の一方的な出会いかもしれない、例えばレストランが引っ越す前ならどう、彼女が客として入る可能性は?」 確かに彼女の実家とレストランが在った場所とはそんなに離れていない。 こなた「それはあるけど……でもそれで手を強く握る意味が分らない」 かがみ「そうね、かえでさんは悪阻の症状が出たから分かった、神崎は一体何故力いっぱい握ったのか、病気じゃなさそうだけど……それが分からない……ごめん、 私はもう時間だ、帰るわよ、皆によろしく言っておいて、そして、つかさの会合の邪魔をしてごめん……」 何故か凄い説得力だった。かがみの弁護士としての観察なのか推理なのか……かえでさんと神崎さんを比べるなんて…… かがみは店の扉に手を掛けた。 こなた「かえでさん……店を辞めて田舎に戻って……そう言っていた……」 かがみは扉を開けるのを止めた。 かがみ「……あの店を手放すって、店はどうするのよ?」 こなた「私かあやのに店長になれって……」 かがみは私に近寄り両手で私の肩を握った。 かがみ「凄いじゃない、かえでさんに実力を認められたのよ」 こなた「うんん、断った……そしたらあやのでもつかさでも良いなて言っちゃってさ……」 かがみは両手を放した。 かがみ「バカね、そう言う時はいやでも引き受けるのよ」 こなた「だってレストランかえででしょ、店長が変わったら可笑しいじゃん」 かがみは笑った。 かがみ「ふふふ、それなら店名を変えれば済むじゃない……ふふふ、でも、こなたらしい」 私は少し不機嫌な顔にした。私の顔を見てかがみは笑うのを止めた。 かがみ「分かっているわよ、かえでさんが居なくなるのが淋しいんでしょ」 こなた「え、べ、別にそんなんじゃ……」 かがみ「こなたがツンデレにならなくていいから、素直になりなさいよ」 まさか、かがみから言われるとは思わなかった。 こなた「う、うん」 かがみは窓からレストランの方を見た。 かがみ「だったら素直にそう言いなさいよ、つかさなら形振り構わず言っている……今頃、もう言っているかもね」 こなた「でも……」 私が言おうとするとかがみは割り込んで続きを言わせなかった。 かがみ「この店の留守番するくらいの時間ならまだあるわよ、行きなさいよ、丁度つかさとあやのも行っているし絶好の機会じゃない、それでもダメなら諦めなさい」 私が行くとつかさの店が留守になる。私はそう言うとしていた。ここはかがみに甘えるとしよう。 こなた「……それじゃ……行ってくる」 かがみ「私からも一言、かえでさんの料理が食べられなくなるのはとても耐え難いって……そう伝えて」 こなた「うん」 私はレストランに向かった。 従業員用の出入り口から直接事務室に入った。そこにかえでさんは居た。かえでさんは椅子に座りそれを囲うようにつかさとあやのが立っていた。私はそこに割り込むように立った。 かえで「……何よ、三人とも雁首揃えて……」 あやの「さっきの、つかさちゃんの言っていたの本当なんですか?」 あやのが詰め寄った。 かえでさんは私の顔を見た。私は首を横に振った。 かえで「そうね、もう黙っていても無意味だ……そう、つかさの言う通り、私は妊娠している」 あやの「それで、泉ちゃんに何を内緒してって言ったのですか?」 かえで「……そうね、この機会に言うべきなのかもしれない」 かえでさんは一呼吸置いてから話し始めた。 かえで「私は店長を辞めて田舎に戻ろうと思うの、そこで小さな洋菓子店でもってね……」 あやの「ちょ、ちょっと待って下さい、店長を辞めるって……この店はどうするの、料理の味は、新しいメニューは……まだなだしなきゃいけない事がいっぱいあります、 それに、店長の料理を目当てにくるお客さんも沢山います……」 かえで「ここ一年位、私が直接厨房で腕を振るっていない、専ら事務の仕事をしていた、私の技術、味は全て貴女達が引き継いでいる、新メニューも私は一切口出ししていない、 貴方達だけで充分この店をやっていける、そう思った」 あやの「……赤ちゃんが出来たからからですか……」 かえで「いや、常々そう思っていた、妊娠はその切欠に過ぎない」 あやのは俯いた。私が潜入取材に行くときの姿と同じだ。 あやの「で、でも、私達だけじゃ……」 かえで「そうかしら、こなたは私以外の第三者にその力を認められた、神崎と言う記者にね、それに、あやのもこなたが居ない間の仕事の穴埋めも完璧だった、言う事はない」 私の力を認めた神崎さんか……記者嫌いのかえでさんが何故私に神崎さんの手伝いをさせたのか分かったような気がする。 かえでさんはつかさの方を向いた。 かえで「どう、つかさ、これを期に戻ってみたらどう、三人でこのレストランをもっと発展させてみる気はない、ここに高校時代からの友人が二人もいるし気兼ねなく仕事ができるわよ」 つかさは何も言わずかえでさんを見ている。やっぱり何も言えないか。しょうがない私が代弁するかな……そう思った時だった。 つかさ「私もね、赤ちゃんが出来た頃、お店を閉めようかな……なんて思ってた……不安で……恐くて……今のかえでさんの気持ち、すっごく分かるよ、だけどね、 子供が生まれて、まなみが生まれてからはそんな気持ちは何処かに飛んで言ったよ、かえでさん、今はただ赤ちゃんを産むことだけを考えて、生まれたらまた考えが 変わるかもしれないし、そうやって悩んだりすると身体に障るし、赤ちゃんにもよくないから」 それは私が代弁しようとしていた内容とは全く違っていた。 かえで「つかさ、私……私……」 かえでさんは今にも泣き出しそうなになった。 つかさ「だから、そんな顔になったらダメ……そんなかえでさんの顔は似合わないから……あっ、お店が留守になっちゃった、戻らなきゃ、また来るからね」 つかさは急いで自分の店に戻って行った。あやのはつかさが見えなくなるまでその姿を見ていた。 あやの「……つかさちゃん、やっぱりお母さんだね……かえでさん、さっきの話しは保留でお願いします……私も仕事に戻らなきゃ」 あやのも事務室を出て行った。私とかえでさんだけが事務室に残った。 こなた「……やられた、つかさがあんな事言うなんて……驚きだ、、かがみもそこまでは見抜けなかったか」 かえで「……母は強しって所ね……こなた、これから毎日は店に来られないかもしらないから、その時は頼むわよ」 こなた「はい! それは分かっております」 敬礼をしてウインクをした。 かえで「……確かにまだ決めるのは早いかもね……さて、こなた、向こうの料理の始末、私は行けないから行って来なさい、私の代わりに誰かスタッフを行かせるから」 こなた「ん~それは必要なかも」 かえで「なんで、まだ随分料理が残っていたわよ?」 こなた「かがみが留守番をしているからね、あれは猫に鰹節の番をさせるようなものだよ」 かえで「ふふ、まさか」 そのまさかだった。私がつかさの店に戻った時にはかがみが全ての料理を食べ終えていた。 ⑭ あれから数週間が経った。かがみは私の店にもつかさの店にも来なくなった。仕事が終わるとみゆきさんと礼のデータ解析をしているらしい。 私も手伝いたいところ、つかさもそう言っていた。だけど、行っても足手まといどころか邪魔になるだけだろう。ここはじっとかがみ達の報告を待つしかない。 こうしている間にも神崎さんもデータ解析をしているに違いない。私はメールや電話で連絡を取ろうとしたけど音信不通。潜入取材の時に泊まっていたホテルにも居ないようだ。 私達から逃げるように居なくなった神崎あやめ……何故私達を避けているのだろう。 いったい彼女の目的は何だろう。何をするにしても複数の方が効率は良い。この私が分かるくらいだから神崎さんだってそのくらい分かるはずなのに。 こなた「ふぅ~」 あやの「珍しい、泉ちゃんが溜め息なんて……」 こなた「まぁ、いろいろありましてね、こんな私でも悩みの一つや二つはあるのですよ」 あやの「もしかして、かえでさんが店長を辞めるって言った件?」 こなた「そんなのもあったね……」 あやの「あれ、それじゃなかったの?」 不思議そうに首を傾げるあやの。 こなた「確かにそれもあるけど、つかさがかえでさんを励ましたおかげで現状維持はしているね、だけど、出産した後はどうなるか分からないよ」 あやの「そうね、でも、こればっかりは私達がどうこう出来るものじゃないでしょ、かえでさんの考えもあるし」 かえでさんの考えか。 こなた「ところでかえでさんの旦那さんは会ったことあるの?」 あやの「うん、何度か」 こなた「しかし、この店の関係者でもない人のによく結婚まで漕ぎつけたものだね、かえでさんが結婚するって言うまでまったく知らなかった」 あやの「何でも専門学校時代の知り合いだったって、在学中は特に恋人同士ってわけじゃなかったって言っていたけど……何が切欠になるか分からないね」 こなた「切欠ね……」 あやの「泉ちゃんだって何が切欠でそうなるか分からないよ」 こなた「そうかな~」 『パンパン』 突然手を打つ音がした。音のする方を見るとかえでさんが立っていた。 かえで「はいはい、無駄な話しは止めて用のない人は帰宅しなさい」 私は早番で帰り支度をしている途中だった。 こなた「もうタイムカードは押したから大丈夫ですよ、私達の話し、聞いていました?」 かえで「話し?」 聞いていなかったみたい。さっき入ってきたばかりなのか。 あやの「そうそう、かえでさんの旦那さんの話し」 かえで「えっ?」 こなた「かえでさんからあまりその話し聞いてないから」 かえで「べ、別に私的な事を話す必要なんかないじゃない」 私は人差し指を立てた。 こなた「ちっ、ちっ、ちっ、分かってないな、かえでさん、そう言う話が一番面白いんだよ」 かえで「面白い?」 こなた「うん、例えば何回目のデートで愛し合ったとか、週に何回愛し合っているとか」 『バン!!』 激しく壁を叩くかえでさん。 かえで「下らないこと言ってないでさっさと帰りなさい!!」 こなた「ひぃ~こわいよ~かがみより恐いよ~」 私は鞄を持って事務室の扉を開いた。 こなた「それではお先に失礼しま~す」 かえで「待ちなさい」 かえでさんがマジな顔になった。 こなた「あ、あれは冗談ですから、冗談、はは、元気な赤ちゃんが生まれると良いですね」 慌てて取り繕うが表情は変わらなかった。 かえで「神崎さんはお稲荷さんを知っていたらしいわね、しかも真奈美とも知り合いみたいじゃない」 こなた「え、あ……な、なんでそれを」 かえで「つかさとかがみさんから聞いた、何故私に話してくれなかった、私を軽く見ないで欲しい」 こなた「いや、普通なら話していたけど……なんて言うのか、ほ、ほら、妊娠しているでしょ?」 かえで「私の身体を気遣ってと言いたいのか、余計なお世話よ、お稲荷さんの真実を知っている人間は一握り、知っているだけでなく理解しているのはもっと少ない、 あやのは理解者の一人、だけど、こなたの親友に全く理解できない人が居たわよね……確かみさおさんだったかしら」 こなた「みさきちは最初から物分りは良くない方だからしょうがないよ、今でも彼女は私達の話しをフィクションだと思ってるから」 みさきちは全く私やつかさの話しを信じてくれなかった。あやのが言ってもダメだから諦めていた。 かえでさんは首を横に振った。 かえで「物分り良し悪しや知識の量などは関係ない、お稲荷さんのを現実のものとして受け入れられるかどうかが問題、私達の様なのは特別で むしろみさおさんの様なのが世間一般の標準的な反応なの、神崎さんがお稲荷さんを受け入れているのなら数少ない協力者になるはず」 かえでさんは神崎さんをつかさに会わせるのを黙っていたのを怒っているようだ。 こなた「かえでさんなら仲間にできたの」 かえでさんはまた首を横に振った。 かえで「つかさの手を強く握ってかがみさんを怒らせた、私も彼女が何を考えているのか全く分からない、多分あの時居ても何も出来なかった、 だけど、私も理解者の一人だから、それだけは忘れないで」 こなた「う、うん」 かがみもそう言っていたっけ。 あやの「それなら私も同じ、私にも話して欲しかった……」 そういえばそうだった。あの時声をかたのがつかさ、みゆきさんだけだった。つかさの一言でかがみを追加した。 こなた「あれは私の思い付きだったから、あまり深い意味は無くって……本当はつかさだけの予定だった」 あやの「そうだったの……でも、でもかえでさんと同じで私が居てもあまり効果はなかったかもね、みさちゃんをお稲荷さんの仲間に出来ないのだから」 あやのは少し苦笑いになった。 こなた「まぁ、もう終わった事だし、これからは皆にも協力してもらうようにするよ、二人ともありがとう」 二人は大きく頷いた。 かえで・あやの「お疲れ様~」 店を出ると直ぐ隣につかさの店……入り口には定休日の看板が立て掛けられていた。今日は水曜か……そういえばもうすぐまなみちゃんの演奏会か。 きっとみなみとの練習につきあっているに違いない。つかさの家に遊びに行くのも止めるかな。たまには何処にも寄らずに真っ直ぐ帰ろう。 未だ空は薄暗く日の光が少し残っている。こんなに早く帰るのは久しぶりかもしれない。仕事が早く終わってもゲーマーズとかに行っちゃうからね 家の玄関の扉を開けた。 こなた「ただい……ん?」 『わはははは~』 開けると同時に笑い声が私の耳に飛び込んできた。お父さんの声だ。お父さんはテレビとかで大笑いするような人じゃない。ゆい姉さんかゆたかでも遊びに来たのかな。 声のする居間の方に向かった。そして居間に入った。 そうじろう「おかえり、こなたか、今日は早いな」 お父さんの正面に座っている人……あれ……ば、ばかな。 そうじろう「おっと紹介が遅れた、娘のこなたです」 あやめ「お邪魔して……あ、ああ~」 そうじろう「お、おや?」 そこに居たのは神崎あやめだった。神崎さんと目が合うと二人とも硬直したように動作が止まった。 そうじろう「何かありましたかな……」 お父さんは私と神崎さんを交互に見ながら戸惑ってしまった。神崎さんは自分の腕時計を見た。 あやめ「も、もうこんな時間……長居をしてしまいました、今日はこのくらいにします……ありがとう御座いました」 神崎さんは慌ててテーブルの中央に置いてあったボイスレコーダーを仕舞うと立ち上がった。 そうじろう「そうですか、お構いもしませんで……」 あやめ「失礼しました」 神崎さんは私をすり抜けて玄関の方に出て行った。 そうじろう「こなた、挨拶はどうした……おい?」 お父さんが何か言っているけど何も聞こえない。 何のために私の家に……ボイスレコーダーを使っていたって事は……取材……何の? もう彼女に振り回されるのは沢山だ。考えても意味がない。直接聞くしかない。私は振り返り神崎さんを追った。 そうじろう「こなた?」 お父さんの呼びかけを他所に居間を出た。 神崎さんは玄関で靴を履いていた。 こなた「ちょっと待って」 靴を履き終えると私を見た。そして微笑んだ。 あやめ「……泉さんのお父さんだったの、苗字が同じだったね、泉さんと同じような所が沢山あった、とても面白い人だった、これで私も貴女の父親に会ってお相子になった」 またそんな事を言って誤魔化す。 こなた「今度はなんの取材なの、もう私は関係無いんじゃないの、どうして……」 あやめ「……同僚が急病になってね……私はその代理で来たにすぎない、もともと編集部にあった取材だった、まさかこの家が泉さんの家だったなんて……」 こなた「取材って、お父さんの取材?、この前の取材とは関係無いの?」 神崎さんは頷いた。これは全くの偶然だったのか。そのまま神崎さんの言葉を信じるとして、それならこうして再会できたは千載一遇のチャンスだ。 こなた「教えて、何でつかさの手を強く握ったの、ボイスレコーダーを出したの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「二人には謝っておいて……」 こなた「謝るなら自分で謝ってよ……」 神崎さんは黙ってしまった。 こなた「どうして黙ってるの……何で教えてくれないの、お稲荷さんの関係なら私達だって……協力できるし、協力してもらいたい」 神崎さんは玄関の扉を向き私に背中を見せた。 あやめ「ふふ、私はあの時、捕まっている筈だった……」 こなた「捕まるって……潜入した時の話し?」 あやめ「そう、まさか貴女がお稲荷さんのハッキング技術を継承しているとはね……しかも助けに来るなんて、これで私の計画はやり直しになった、これも何かの運命かしらね」 こなた「でも、私が来た時、神崎さんは怯えていたよ……」 あやめ「……それは私の覚悟が足りなかったから……」 こなた「覚悟って……そこまでして何をしようとしているの」 神崎さんは扉に手を掛けた。 あやめ「知りたければあのデータを調べなさい……どうせ何も分からないだろうけどね……もう行かないと……」 こなた「ちょっとまだ話が……」 私が言おうとすると扉を開けて出て行ってしまった。 この前の様な駆け引きは止めて自分の気持ちをストレートに話したつもりだった。それでも彼女は真実を話してくれない。 このまま追いかけてもこれ以上の話しは聞けないような気がした。 そうじろう「こなた、神崎さんと知り合いなのか」 玄関にお父さんが来た。 こなた「まぁね、お店の常連客だった人だよ」 そうじろう「お稲荷さんだのデータだのってやけに深刻そうな話をしていたみたいだけど、何なんだ?」 お父さんにはまだお稲荷さんの話しはしていない。話して理解してくれるだろうか。みさきちみたいになる可能性もあるしあやのみたいになる可能性もある。 かえでさんが言っているようにこれは知識の量とか理解力とかは関係ないお父さんがお稲荷さんを受け入れられるかどうか。ただそれだけなんだ。 こなた「お父さんには関係ない事だよ」 そうじろう「そうか、話せない事ならそれもいい」 あまり興味がないのかすぐに引き下がった。でもそれでいいのかもしれない。 お父さんがもし、お稲荷さんを受け入れなかったら。そう思うと話せない。 こなた「それより何の取材なの、売れない作家さんなのにさ」 そうじろう「お、言ってくれるじゃないか、これでも食べていけるくらいは稼いでいるんだぞ」 こなた「私を大学まで育ててくれたしね……」 実際作家だけで食べていけるのだからそれなりの実力があるのは理解出来る。 そうじろう「まぁ、の作品に関しての取材だそうだ、出版社からも許可が出ているから私も受けたのだけど……三日の予定で今日はその二日目だった」 二日目、って事は昨日も来ていたのか。寄り道をしていたら今日も会えなかった。明日から遅番になるから今日しか会えるチャンスがなかったのか。 そうじろう「取材と言っても半分以上が雑談で終わってしまったけどな」 こなた「雑談って……そういえば私が帰って来た時笑っていたけど?」 そうじろう「ああ、話が面白くてね、彼女はコミケに参加しているそうだ、それから話がそっちの方に流れてしまった」 こなた「彼女はゲームも好きだよ」 そうじろう「そうなんだよ、ゲームだけじゃなくガ〇ダムも好きでね、しかもファースト、これは貴重すぎてたまらないじゃないか、知り合いならなぜもっと早く紹介してくれなかった!」 興奮するお父さん。確かに私意外でこんな話が出来るのは彼女しかいないかもしれない。 こなた「私だって知り合ってまだ二ヶ月目だよ、それに彼女は忙しいからね……」 そうじろう「明日が楽しみだ」 そう言うと居間の方に向かって行った。 こなた「ふぅ~」 溜め息が出た。やれやれお父さんがすっかり気に入ってしまった。 いや、まて、確か神崎さんのお母さんも私を気に入ったなんて神崎さんが言っていた。まさか本当に取材を理由に仕返しをしたのじゃないだろうか。 そんな風に思えるような事も帰りがけに言っていたし…… そうじろう「お~い、こなた、夕食の準備を手伝ってくれ」 こなた「ほ~い」 まぁいいや。今度は危害を加えたわけじゃないし…… それから、まなみちゃんの演奏会の当日が来た。 クラッシックにはそんなに興味ないし、多分まなみちゃんの演奏意外は居眠りをしてしまうかもしれない。それでも何故か会場に来てしまった。 会場には意外と沢山の客が来ている。会場入り口で入場の列に並んで順番を待っていた。 私の順番が来てチケットを係員に渡した。 スタッフ「……演奏者のご関係の方ですね?」 こなた「え、まぁ、知り合いなので……」 スタッフ「それでは特別席へどうぞ、そから演奏10分前までなら控え室へも行けますので……」 係員はチケットの半券とプログラムを私に渡した。私はそれをを受け取って会場の中に入った。 特別席は最前列の数段か……私の席はA―12……あ、あった。 席を見つけて座った。辺りを見回した。特別席に座っているのは私だけだった。ちょっと来るのが早すぎたかな。それとも控え室に居るのだろうか。 もしかしたらかがみやみゆきさんも来ているかも。つかさはこのチケットを店で配っていたしね。 ここでボーっとしても暇なだけだちょっと控え室を覗いてみるかな。私は席を立ち控え室に向かった。 あれ、おかしいな~ 案内の地図にはこの辺りに控え室があるはずだけど。私は辺りをきょろきょろと見回した。でもそれらしい部屋は無かった。 もしかしたら東西を逆に見たのかもしれない。元の場所に戻ってみるかな。 「神崎さん~」 私の後ろから男性の声がした。神崎だって、まさか。 私は声のする方に振り向いた。二十代前半くらいの男性が小走りに私の方に向かってきた。 男性「神崎さん~」 間違いないこの男性が神崎さんと言っている。ってことは……ゆっくりまた振り返った。少し先に長髪の女性の後姿が見えた。間違いない神崎さんだ。まずい振り向かれたら 私が居るのが分かってしまう。咄嗟に建物の柱の陰に身を隠した。男性は私を通り越して長髪の女性の方に走っていく。 男性「神崎さん、こっち、聞こえています?」 長髪の女性が男性の声に気付いて振り返った。顔が見えた。間違いない神崎あやめだ。あの男性が居なかったら彼女と鉢合わせになっていた。 あやめ「坂田さん、そんなに大声を出さなくても聞こえているよ」 あの男性は坂田って言うのか。誰だろう。神崎さんとどんな関係があるのかな。それに彼女が何故この会場に来ているのか。 坂田「そっちは違いますよ、逆方向、控え室はこっちですよ」 あやめ「そっちだったの、どうりで部屋がないはずだ」 坂田「インタビューはあと一人だけですよね」 神崎さんは頷いた。 坂田「演奏までまだまだありますからそこの喫茶店で休憩しませんか?」 男性が見ている方を見ると喫茶店があった。神崎さんは暫く喫茶店を見ると、 あやめ「それじゃ少し休もうか」 神崎さんと坂田は喫茶店に入っていった。どうも気になるな。見つからない様に私も入って見よう。 二人が喫茶店に入って数分してから私は喫茶店に入った。この喫茶店はセルフサービスの店だ。席は自由に決められる。適当な飲み物を頼むと二人の座る席の横に 気付かれないように座った。 坂田「井上さんの代理お疲れ様です」 向こうの声も聞こえる。これはもしかしたら神崎さんの秘密が分かるかもしれない。私は聞き耳を立てた。 あやめ「彼女が病気じゃどうしようもない」 坂田「病状はどうなんですか、確か神崎さんと同期でしたよね」 あやめ「今日、精密検査をするって言っていた、今の時点ではなんとも言えない」 坂田「そうですか……ところで、井上さんの文化部の仕事はどうですか、神崎さんだと物足りないんじゃないですか?」 あやめ「物足りない?」 坂田「そうですよ、アーティストや作家さんの取材、時には今日みたいにお子様の取材ですよ、政治家や企業の不正を調べている方が神崎さんらしいと思って」 井上って人の代理で来ているのか。そういえばお父さんの時もそう言っていた。するとお父さんの時も今日も神崎さんの意思で来た訳じゃなかったのか。全くの偶然だった。 あやめ「ふふ、私はそんな大それた仕事なんかしたくなかった、井上さんの様な仕事の方が好き」 さかた「へぇ~そうは見えないな~」 坂田は手に持っていた物をテーブルに置いた。それはカメラだった。かなり高級そうなデジタルカメラだ。もしかしたら坂田はカメラマン? あやめ「ところで次のインタビューは誰なの?」 坂田「えっと~」 坂田は鞄から紙を出して見た。 坂田「最後の演奏者で柊まなみちゃんですね……」 あやめ「柊……まなみ……ですって?」 柊まなみ……これからまなみちゃんの所に行こうとしていたのか。 坂田は持っていた紙を神崎さんに渡した。 坂田「小学三年生の女の子、初演だそうですよ、子供の初演にしては遅い方だとは思いますけど……なんでも今回の演奏会で最注目の子だそうです」 へぇ、やっぱりまなみちゃんは注目されているのか。ちょっと嬉しかったりするな。 神崎さんは渡された紙をじっと見ていた。 坂田「あれ、その子知っているのですか?」 あやめ「え、あ、いや、知っているだけで直接会ったわけじゃない……」 神崎さんは紙を坂田に返した。 坂田「演奏曲は……ショパンの舟歌だ、うぁ~」 坂田は感嘆の声を上げた。 あやめ「その曲って難しいの、私は音楽に疎いから分からない」 坂田「これをデビューでやるなんて……技術はもちろん表現力も試される大作ですよ……小学生がどんな演奏するのか楽しみだな」 神崎さんはテーブルに置いていあるコーヒーを飲み干した。 あやめ「最後まで居るつもりはない」 神崎さんは立ち上がった。 坂田「え、折角来たのに聴いていかないの、それで記事なんか書けるのですか?」 あやめ「行くよ!」 神崎さんは喫茶店を出た。 坂田「あ、ああ、ちょっと待ってくださいよ~」 坂田はテーブルに置いてあったカメラを大事そうに抱えると神崎さんの後を追った。私も少し時間を空けてから店を出た。 神崎さんは井上さんの代わりにこの取材をしているのか。お父さんのもそうだった。神崎さんは嘘を付いていなかった。 井上さんって……神崎さんと同期って言っていたけど、仕事を代わりにするくらいだから親しい仲なのかもしれない。病気か…… 坂田「す、すみません、ちょっとトイレに行きたくなったのですが……」 申し訳なさそうに神崎さんに言った。神崎さんは立ち止まった。 あやめ「しょうがない、行って来なさい、先にインタビューは進めているから、適当に来て写真を撮って」 坂田「はい……」 坂田は神崎さんと別れてトイレに向かった。そして神崎さんはそのまま歩き出した。私も神崎さんとの間隔を空けて付いて行った。 しばらく歩くと係員が立っている区域に入った。神崎さんは手帳の様な者を係員に見せている。許可証なのかな…… 係員は神崎さんを通した。私は……暫く時間を置いて係員の所に向かった。 係員「何か御用ですか?」 どうする……そうだ。チケットの半券があった。私は半券を係員に見せた。 係員「どうぞ」 私はそのまま通路の奥に入った。 神崎さんは柊まなみと書かれた控え室の前に立ち止まった。私も壁際に立ち止まり神崎さんから見えないようにした。 『コンコン』 神崎さんはドアをノックした。 「はい、どうぞ」 部屋の中から声がした。この声はつかさだ。神崎さんはゆっくりドアを開けた。 つかさ「か、神崎さん?」 ドア越しから分かるほど目を大きく見開いて驚いているつかさが見える。 あやめ「柊さん……」 神崎さんも立ち止まりドアを開けたままの状態になっている。これなら二人の状況が分かる。私には好都合だ。 つかさは直ぐに普通の表情に戻り腕を神崎さんの前に出した。握手か…… 神崎さんは立ったまま動こうとしなかった。するとつかさはにっこり微笑んで一歩前に出た。 つかさ「この前のやり直し」 つかさは神崎さんの目の前に手を出した。 あやめ「……ば、バカな、何も聞かずに何故そんな事が出来る、また同じ事をしたらどうするの」 つかさは首を横に振った。 つかさ「二度もそんな事はしないでしょ、だってまなちゃんを助けた人だもん」 あやめ「まなちゃん、まなちゃんって真奈美の事?」 つかさは頷いた。 つかさ「うん、それで、私はまなちゃんに助けられた……まなちゃんと会っている人がひろしさんの他に居たなんて、とっても嬉しくて……」 あやめ「ひろし……さん?」 つかさ「うん、私の夫で、まなちゃんの弟だよ……」 つかさの目が潤んでいる。真奈美を知っている人に出逢えてよっぽど嬉しいのだろう。神崎さんの手が自然に前に出てつかさと握手をした。 結局私もかがみも必要なかった。つかさと神崎さんだけで良かった。 私は余計な事をして遠回りをさせてしまった。この二人は逢うべきして逢ったんだ。 あやめ「ちょっと待って、貴女に子供が……まなみちゃんが居るってことはそのひろしってお稲荷さんは……」 つかさ「うん、人間になった、実はね私の三人のお姉ちゃんの旦那さんもね……」 神崎さんは両手をつかさの前に出してつかさを止めた あやめ「そこまで……こんな所で話すような内容じゃない……」 つかさ「で、でも……」 あやめ「なるほどね、泉さんが私に柊さんを会わせたくなかった様ね、その意味が分かった……柊さん、もうその話は止めましょう」 つかさ「もっと、まなちゃんの事……聞きたい……」 神崎さんは首を横に振った。 あやめ「今は出来ない、私は記者として此処にいるの、分かって……」 つかさ「……で、でも……」 坂田「神崎さん~」 坂田が戻ってきたみたいだ。小走りに部屋に向かっている。私に気付かずそのまま素通りした。 あやめ「ほらほら、何も知らない人達に聞かれたら不味いでしょ、私と同行しているカメラマンの坂田って言う人だから私に合わせて」 つかさ「あ、う、うん……」 坂田「すみません遅れまして、あ、あれ……?」 坂田は左右きょろきょろと見回している。 坂田「柊まなみちゃんは……?」 坂田はカメラを握りいつでも撮れるような体勢になった。 あやめ「私もさっき来たばかりだから」 神崎さんはつかさをつんつん突いた。 つかさ「え、あ、ああ、先生と奥の部屋で練習中です……」 先生……みなみも来ているのか。教え子の初舞台だから当然と言えば当然か。 坂田「最終調整って訳ですね、撮影したのですがよろしいですか?」 あやめ「私もインタビューをしたい、時間は取らせません」 つかさは暫く考えた。 つかさ「まなみは……娘はちょっと上がり性なので、カメラとか向けられると戸惑ってしまうかも……」 坂田はカメラを仕舞った。 坂田「……どうします神崎さん、後一人だけなんですけどね……」 あやめ「……それなら演奏の後ならどうかしら?」 つかさ「それなら問題ないかも」 坂田「あれ、神崎さん、柊ちゃんの演奏は最後ですよ、そこまで残らないってさっき言っていたような……」 あやめ「坂田、井上から何を学んだ、相手に合わすのもの時には必要だ、特に子供はね」 神崎さんは坂田を嗜めるとつかさの方を向いた。 あやめ「どうせなら完璧な状態で演奏してもらいたいから……それじゃ演奏が終わったら此処で会いましょう」 つかさ「あっ……それなら特別席が空いているので……お姉ちゃんとゆきちゃんの分」 つかさは半券を二枚神崎さんに渡した。 あやめ「あら、お姉さんは来られないの?」 つかさは頷いた。 あやめ「それは残念、謝りたかった……また機会を改めましょう、それでは」 神崎さんは会釈すると部屋を出た。そして扉を閉めた。 坂田「謝るって何です、それにお姉さんって……あの人と知り合いだったのですか?」 あやめ「まぁね……」 坂田「まぁねって……知り合いならそう言ってくれればよかったのに……」 二人は私の隠れている壁を通り過ぎて行った。二人は話しているせいなのだろうか、私には気付いていない。 二人の気配が消えるのを確認して控え室の前に移動した。 『コンコン』 つかさ「は~い、どうぞ」 私は扉を開けた。 つかさ「こなちゃん、来てくれたんだ!!」 こなた「やふ~つかさ、暇だから来たよ」 つかさは私の手と取ると跳びあがって喜んだ。 つかさ「こなちゃん、さっきね神崎さんが来てね……」 早速さっき起きたばかりの出来事を私に楽しげに話しだした。秘密とか内緒とかそう言うのはつかさには関係ない。楽しい出来事があれば直ぐに誰かに話したがる。 そう、それがつかさ。 つかさ「どうしたの、こなちゃん?」 私は笑った。 こなた「神崎さんと仲良くなれたみたいだね」 つかさ「うん!」 あの時怒った自分がバカバカしく感じてきた。つかさは一人で真奈美に出逢って親友になった。そしてその弟のひろしと結婚までしている。私はそれに少ししか関わっていない。 ひろし言うように最初からつかさを参加させていればよかった。つかさの笑顔を見てそれを確信した。 こなた「それじゃ私は客席の方に行くね」 つかさ「え、まだ来たばかりなのに、まなみやみなみちゃんに会ったら、もう少しで来ると思うし」 こなた「うんん、神崎さんにの言うように演奏直前で上がり症が再発したら困るでしょ、演奏会が終わったら来るよ」 つかさ「そ、そうだね……こなちゃんの言う通りだね、またね」 こなた「また~」 私は控え室を出た。部屋を出る直前のつかさの淋しそうな表情が印象に残った。それは私が直ぐに部屋を出たからじゃない。きっとかがみやみゆきさんが来なかったからだ。 私はかがみ達がこなった理由を知っている。直接聞いたわけじゃないけど分かる。 私が席に戻ると、その隣の席に神崎さんが座っていた。本来ならそこにかがみかみゆきさんが座る席。今までの私なら一般席に移動するところだけどそのまま自分の席に座った。 これはつかさがくれたチャンスだ。 こなた「ちわ~」 あやめ「泉さん……帽子を被っていたから声を掛けられるまで気付かなかった……こんにちは……」 目を大きく見開いて驚く神崎さん。 こなた「つかさの娘が参加している演奏会だから私が来ても不思議じゃないでしょ、お父さんの時と同じだよ」 あやめ「そ、そうだけど……」 そこで透かさず質問。 こなた「所でカメラマンの坂田さんはどうしたの、またトイレでも行った?」 あやめ「う、な、何故坂田を知っている?」 神崎さんは立ち上がった。 こなた「いやね、私も道を間違えて喫茶店の方に向かって歩いていたら神崎さんを見かけてね、ちょっと様子を見させてもらった」 神崎さんは呼吸を整えるとまた席に座った。 あやめ「……全く気付かなかった……貴女、探偵のセンスがあるのかもね……坂田はこの会場の写真を撮りに行っている……」 ってことは当分ここには来ないな。それならお稲荷さんの話しも出来る。 こなた「それは神崎さんが教えてくれた事だよ、それよりさ、つかさと会って分かったでしょ、もう神崎さんと私達は運命共同体みたいなももだって、 こうして神崎さんの同僚の井上さんの病気の代理の仕事で私達に関わっているのも偶然じゃないと思う……それで……井上さんの病気って重いの?」 神崎さんは溜め息をついた。 あやめ「会った事もない人なのに心配までされるなんて……それにしても柊さんの関係者はまなみちゃんの先生と泉さんしか来ていないじゃない、それで運命共同体なんて……可笑しい」 神崎さんはさら苦笑いをした。 こなた「かがみやみゆきさんが来ないのは神崎さんのせいだよ」 あやめ「何故、私は何もしていない」 少し怒り気味の口調だった。 こなた「何も教えてくれないからだよ、かがみなんかムキになってデータを解析している、だから来られない」 あやめ「あのデータは解析できるはずはない、諦めなさい」 こなた「どうかな~ 神崎さんは何処まで調べたかは知らないけど、あのラテン語のデータ、あれは何処かの場所を説明している文だってかがみが言っていたけどどうなの?」 神崎さんはまた立ち上がった。そして私を見下ろした。 あやめ「……驚いた……貴女にはいろいろ驚ろかさせられる……データを渡さなければ良かった」 こなた「もう遅いよ、どうせ分かっちゃうなら秘密にする必要なんかないじゃん?」 あやめ「どうせ分かるも物……どうせ分かるものなら私が教える必要はない」 こなた「あらら、意外と強情さんだね、一人よりも私達と一緒の方が良いと思っただけなのに」 あやめ「もうその話はお仕舞い」 まだ話したい事があるのに。更に話しをしようとした時だった。 坂田「神崎さん~」 あの声は……坂田か。もう戻ってきたのか。 あやめ「貴女に協力をさせたのが間違いだった……」 神崎さんは小さな声でそう呟いた。 こなた「え?」 坂田が神崎さんの隣の席に近づいた。神崎さんは立ったまま神崎さんが来るまで待っていた。 あやめ「随分早いかったじゃない、もう撮影は終わったの?」 坂田「はい、おかげさまで……」 坂田は私が居るのに気が付いた。私の方を見た。そして席に着くと神崎さんの方を見た。 坂田「お知り合いで?」 あやめ「そう」 坂田は私に一礼をした。そして私も会釈した。確かにもうこれ以上話はできそうにない。 坂田「もうそろそろ最初のプログラムの時間ですよ」 気付くと辺りには観客が大勢席に座っていた。そして数段後ろの席にはいのりさん、まつりさんの姿もあった。 神崎さんは席に着いた。もう神崎さんと話しはできそうにない。 かと言っていのりさん達と会って話しをするには時間が短すぎる。これから最後のまなみちゃんの演奏の順番がくるまで退屈な時間になりそうだ…… データの内容が分かったから会いたいとかがみから連絡が来たのは演奏会から丁度一ヵ月後だった。 ⑮ ここから「ひよりの旅」の登場人物が登場します。「ひよりの旅」を読んでいない人は読んでから続きを読む事をお奨めします。 私はつかさの店の扉を開けた。 こなた「おひさ~」 つかさ「こなちゃん!!」 まるで数年会っていないような嬉しそうな声で出迎えるつかさ。 つかさと会うのは一ヶ月ぶりだろうか。職場がこんなに近いのに不思議なものだ。会おうとしないと会えないなんて。 かえでさんの体調が良くないのでその分忙しくなったせいなのかもしれない。 今日は水曜日。つかさの店はお休みだ。かがみは店を待ち合わせ場所に指定した。かがみは既に居た。テーブルに座り軽食を食べている。つかさの店では出していない料理だった。 かがみは私に気が付かず夢中で食べている。かがみの姿がほっそりと見えた。あの大食いのかがみなのに…… つかさ「お姉ちゃん、こなちゃんが来たよ」 かがみ「ん?」 かがみは食べるのを止めて私の方を向いた。その顔を見ると目に隈ができている。頬も少し削げ落ちているような気がする。 かがみ「早いわね……ってすぐ隣だから当たり前か……」 こなた「な、なに……少しやつれた?」 かがみは溜め息をついた。 かがみ「あんたがもってきた宿題のせいよ……流石に疲れたわ……」 こなた「かがみがそんなにするなんて、よっぽどなんだね……」 かがみ「いや、6割以上はみゆきがした……ラテン語に歴史、地理に……物理学、工学まで幅広い知識が必要だった、この短期間でできたのはみゆきが居たおかげ」 こなた「ん~、難しい事はいいから、結果だけ教えてよ」 かがみは不敵な笑みを浮かべた。 かがみ「待ちなさい、皆が集まるまで」 こなた「みんな?」 かがみ「そうよ、お稲荷さんを知っている人は全て呼んだ、皆に聞いてほしい」 お稲荷さんを知っている人……あのデータってどんな内容なのだろう。 つかさ「ところで神崎さんは来てくれるの?」 こなた「分からない……」 電子メール、手紙、電話、いろいろなツールで連絡を試みたけど返事は貰えなかった。直接家に行ければよかったけど、その時間が取れなかった。 かがみ「分からないって、何よ、あいつから吹っかけて来たのよ、張本人が来ないでどうするのよ!!」 悔しそうにするかがみと残念そうな表情のつかさが対照的だった。私自身も来て欲しかった。 「こんにちは……」 いのりさん、まつりさんが入ってきた。 つかさ「あ、いらっしゃい……」 まつり「大事な話があるって言うから来たよ」 身内にも内容をまだ話していないのか。まつりさんといのりさんか。この二人はたまに店に来てくれるけど、学生時代から話したりはしていないな…… かがみ「すすむさんとまなぶさんはどうしたの、彼らにも来てって言ったはずだけど」 いのり「来るけど少し遅れるかも……」 お稲荷さん、いや、元お稲荷さんも呼んでいるのか。って事は結構大勢になるかも。 いのりさんが私が居るのに気が付いた。 いのり「こんにちは、久しぶり……泉さんだったかな、まなみちゃんの演奏会依頼ね」 こなた「こんちは~、どうもです」 つかさが店の奥から雑誌を持って来た。 つかさ「ねぇ、見て見て、まなみの演奏が記事になっているよ」 まつり「あぁ、そういえば、あの時の女性記者とカメラマンが取材に来ていた」 つかさはいのりさんに雑誌を渡した。その雑誌は来月号の見出しになっていた。 いのり「これって、わざわざ出版社から先行で送ってきたみたいね……」 つかさ「神崎さんが直接送ってくれたみたい……だから来てくれると思ったのに……」 まつり「え、あの記者と知り合いなの?」 つかさ「う、うん……」 いのり「へぇ、つかさって意外と顔がひろいんだ……演奏が終わってから取材だって二人が入ってきた、そう言えばあのカメラマン、まなみちゃんの演奏を絶賛していたのを覚えている」 そう、あの坂田ってカメラマンが取材の終始神崎さんと一緒に居たから立て込んだ話が出来なかった。だから私は途中で帰ってしまったので演奏後の取材の話しは知らない。 かがみ「お父さんとお母さんも来てくれたみたいね……来なかったのは私だけだった、ごめん」 つかさ「うんん、気にしていないから……」 気にしていないか……つかさはそんな風に言えるようになったのか。 こなた「あれ、ご両親、特別席には居なかったけど?」 つかさ「あまり前の席だとまなみに気付かれちゃうって、一般席に移動したって言ってた」 いのり「あった、あった、まなみちゃんの記事があったよ」 雑誌を開いたまま私達にそのページを見せた。まなみちゃんの姿が写った写真が掲載されている。あのカメラマンが撮ったものだ。 恥かしそうにはにかむ姿がまなみちゃんの特徴を捉えている。さすがプロのカメラマンって所かな。 いのりさんは雑誌を自分の方に向けた。 いのり「どれどれ……」 いのりさんはまなみちゃんの記事を読み出した。 いのり「舟歌、私自身その曲を聴くのは初めてだった、ショパンと言えば、子犬のワルツ、幻想即興曲、雨だれ、別れの曲、彼の残した曲は数知れないがこの曲を思い浮かべる人も 少なくないだろう、私はこの演奏を聴いてそう思った、 恥かしそうにピアノの前に座る柊まなみ、あどけない小学三年生、しかし鍵盤に手をかざすと表情が豹変した、 出だしの重い音の向こうから聞こえる舟歌のリズム、船出をする喜び、そして出発地を離れる不安と淋しさ、そして到着への期待と希望が次第に膨らんでいく様子が私の心に 染み渡ってきた、この子は一度船旅を経験した事があるのではないか、そう思わせる程の説得力があった演奏だった……」 いのりさんは雑誌を閉じた。 いのり「凄いじゃない、大絶賛だよ、こんなに褒められるなんて滅多にないよ」 まつり「そういえば周りで涙を流している人も居たよね」 こなた「へぇ、そんな演奏だったんだ?」 かがみ「へぇって、あんたも会場に行ったんじゃないの?」 こなた「えっと、最後の演奏だったもので……すっかり夢の世界に……」 かがみ「あんたは何しに行ったんだ!!」 皆は笑った。私も笑った。 「こんにちは」 みゆきさんが入ってきた。さて、そろそろ本題に入りそうだ。 みゆきさんが来ると続々とかがみの呼んだ人達が入ってきた。最終的に かがみ、つかさ、みゆきさん、あやの、いのりさん、まつりさん、ゆたか、ひより、みなみ、かえでさん、そして、ひろし、ひとしさん、すすむさん、まなぶさんの四人の元お稲荷さん が集まった。 集合時間が過ぎても神崎さんが来る気配は感じられない。 かがみ「時間を過ぎたから始めさせてもらう、神崎さんにはどうしても来て欲しかったけどね……しょうがない、みゆき、後は頼むわよ」 みゆき「はい」 みゆきさんはピアノの前に立った。それを囲むように皆が座った。 みゆき「皆さん、お集まり頂きありがとうございます、貿易会社から入手したデータを解析しましたので皆さんのご意見を賜りたいと思います……それでは最初に、 すすむさん、オーストリア北部の山岳地帯と聞いて何か思い出しませんか?」 私達はすすむさんの方を向いた。すすむさんは目を閉じた。 すすむ「あれは……忘れるはずもない、我々が最初に訪れた土地だ……」 ひより「え、最初に訪れたって……四万年前でしょ……それに船が故障したって……」 すすむ「そうだ、本来ならもっと南のアフリカ大陸辺りを目指したのだがね……」 そうか、確かすすむさんはけいこさんと同じくお稲荷さんがこの地球に来てからずっと生きていたって言ってたっけ。 みゆき「やはりそうでしたか、データの中にラテン語で書かれた文章がありました、それには「遥か昔に空から訪問者が訪れた」と書かれていました、事情を知らない人ならば これはただのおとぎ話や伝説で片付けられたかもしれません、でも私は直ぐに解りました、お稲荷さん達の宇宙船だったのではないかと」 すすむ「当時は氷河期で雪と氷だけの土地だった、お前達の先祖は少し攻撃的だったからネアンデルタールの人々の集落に身を寄せた、彼等は私達を温かく受け入れてくれた」 みゆき「……彼等は間もなく滅びたようですが?」 すすむ「彼等の頭脳は人類より発達していた、しかし声帯が人類ほど発達していなかったので意思の伝達が不自由だった、そのために次第に人類に追い詰められた」 みゆき「興味深い話ですね……それは後で聞きます……話を元に戻します」 つかさがつんつんと私の背中を突いた。私がつかさの近くに寄ると耳元でつかさが囁いた。 つかさ「ゆきちゃんとすすむさんの会話の意味がわかんないよ、声帯がどうのこうのってどうして?」 私も小声は話す。 こなた「ん~、言葉が話せないと困るって事じゃないの、身振り手振りだけじゃ相手に伝わらないからね……」 つかさは首を傾げてしまった。私もこれ以上の説明は出来なかった。 みゆき「文章は続きます、「その地で彼等は呪いを施した、決して地を掘ってはならぬ」と、これはもしかして宇宙船の残骸を発見されない為の忠告ですか?」 すすむ「そう、放射性物質があった、それに我々の技術をされたくなかった、当時の人類では全く理解は出来ない物だったがね、言い伝えだけが残ったのだろう」 みゆき「……この文献の通り、約40年前、遺跡が発見されました、そのスポンサーが貿易会社です、今でも発掘は続いていて、その発掘品の殆どはシークレットで 殆ど公開されていません、全ては謎です……結論から先に申し上げると、貿易会社は既にお稲荷さんの存在に気付いていると思います」 すすむ「……その可能性はあるが……現代でも我々の技術を分析はできまい、船は完全に破損してしまった、 残った装置も殆どが有機物質から構成されているものだ、とっくに土に還っている」 みゆき「これは何ですか?」 みゆきさんは一枚の写真を私達に見せた。それはガラスの様な、水晶の様な透明な板が写っている。 みゆき「これもデータの中にあった写真です、遺跡の一部だと思われますが?」 すすむ「……メモリー」 こなた「メモリーってpcで使うような?」 すすむ「そうだ……」 ひより「お稲荷さんって知識は忘れないって言ってなかった、そんなもの要らないような気がするけど?」 すすむ「人間になって知識は一割も覚えていない……この地球の様に知的生命体との接触を想定して我々の知識と歴史を記録した物だ、しかし未だ読めないだろう」 みゆき「それではこれはどうですか?」 みゆきさんは更にもう一枚の写真を出した。そこには見た事もない文字がぎっしり書いた紙が写っている。 すすむ「それは我々が使っていた言語だ……まさかあのメモリーの中身を読み取ったのか、ふふ、まだ忘れていない、読めるぞ、核融合における基本技術が書かれている」 みゆき「この言語は私にもさっぱり解読できませんでした、しかし貿易会社は40年も秘密でこれらを研究しています……それがどう言う意味が分かりますか?」 皆は黙って何も言わない。私も分からない。つかさがまた私の背中を突っつく。 つかさ「私何を言っているのかさっぱり、こなちゃん分かる?」 こなた「ん~、どうやら貿易会社がお稲荷さんの秘術を盗んでいるみたい……」 つかさ「ふ~ん?」 分かっていない様だ。 すすむ「貿易会社が我々の技術を使って儲けている、と言いたいのか?」 みゆき「そうです……」 すすむさんは笑った。 すすむ「なら放って置けば良い、我々の技術や知識は何れ人類も自ら得るだろう、知りたい者にはくれてやれ」 みゆき「いいえ、それならば一企業が独占しては……これは全世界に公開されるべきです」 みゆきさんとすすむさんの口論が始まった。私には難しくて分からなかった。多分つかさも分からないだろう。他の人達はどうだろう。みんな呆然と二人を見ているだけだな。 でも……この二人の口論。何れ分かるなら教える。教えないって話しだ。何処かで同じような…… そうだ。私と神崎さんだ。神崎さんがまなみちゃんの演奏会で言っていた…… かえで「二人とももう止めなさい」 かえでさんの言葉で二人の口論は止まった。 かえで「もうそれは終わった話よ、それはけいこさんがしようとした事じゃないの、結果がどうなったか……分かるでしょ?」 みゆき「……はいそうでした」 すすむ「……そうだったな……」 かえでさんは立ち上がった。 かえで「問題は貿易会社ね、みゆきさんの話しを聞くとけいこさんの正体をお稲荷さんって分かっていた様な気がする、つかさ覚えていない?」 つかさ「ふえ?」 いきなり振られてつかさは困惑してオロオロしている。私も話しに付いていけないのだからつかさも同じだろう。 かえで「まだレストランが引越しする少し前、二人で神社の頂上に登ったでしょ、二人で登るなんて何度もないから覚えている、そこの木の陰に黒ずくめの男が隠れていたでしょ、 つかさは観光客だなんて言っていたけどね」 つかさは頭を抱えて考え込んだ。 つかさ「あっ!!」 つかさはピンと立ち上がった。 かえで「思い出した?」 つかさ「うん……あの人って観光客じゃないの?」 かえで「あれが観光客だもんですか、貿易会社の差し金よ、あの神社がお稲荷さんの住処だったのを調べていたにちがいないわ」 かがみ「そんな事があったなんて知らなかった」 かえで「私も当時はそこまで根深いとは思わなかったからあまり気に留めておかなかった……国の権力を使ってけいこさんを拘束するなんて、フェアーじゃない」 ひとしさんがいきなり立ち上がった。 ひとし「話はそれで終わりか、4万年前の遺跡を掘り返しただけ、可愛いものじゃないか、もう私達には関係ない、」 かがみ「可愛い……それだけなら私は貴方達を呼ばないわよ」 ひとし「それじゃ何だって言うんだ……」 かえで「こらこら、夫婦喧嘩はやめなさい」 かがみが言い返そうとした時、良いタイミングでかえでさんが割り込んだ。 かえで「かがみさん、続きを聞かせて」 かがみ「は、はい……データの中に貿易会社の取引先の情報があって、その中に国際的に取引を中止されている国の名前が幾つもある、それだけじゃない、 その取引の商品がこれ」 かがみは紙を鞄から出した。英語で書いている表だけど読めない。 ひとし「……兵器か……素粒子銃、レーザー砲……なんだこれは、こんな物今の時代に不釣合いな兵器だな」 かがみ「実験装置として売っている……密輸が発覚しただけでも企業の存亡に関わる大スキャンダルよ」 ひより「もしかして神崎って記者はそれを調べるために?」 かがみ「記者としてはそうかもしれない、でも、彼女もお稲荷さんの存在を知っている、しかも真奈美さんをね」 ひより「どう言う事です?」 かがみが話そうとした時だった。 ゆたか「その前に聞きたい事が……」 かがみ「どうぞ」 ゆたかはかがみではなくすすむさんの方を向いた。 ゆたか「お稲荷さんの知識で武器を作れるの、宇宙は戦争もできないほど過酷だって、そう言ったのは嘘だったの?」 すすむ「嘘じゃない……」 ゆかた「それじゃどうして武器が作れるの……」 ひろし「お前達も経験しているはずだ、火薬は爆弾にもなれば花火にもなる、簡単な事だよ」 ゆたか「私達次第って事……かがみさんごめんなさい、続きを話して下さい」 どうしたのかな、ムキになって ……ゆたかはすすむさんが好きだった……からかな。女心って分からないな……って私も女か。 かがみ「それはみゆきから話すわ」 みゆき「板に記録されている文字は標語文字ですよね?」 こなた「ひょうごもじ?」 みゆき「漢字の様に一つの文字で意味を成すものです」 すすむ「そう、私達が古代に使っていた文字を敢えて選んだ、無闇に解読されないように」 みゆき「貿易会社でもおそらく解読できていないでしょう、そのはずなのにこうしてお稲荷さんの知識を利用した兵器が作られている、膨大な量の文から必要な部分だけを選んで」 ひとし「誰かが翻訳をしている……」 みゆき「そうです、私の推測ですがその人が真奈美さんではないかと……」 つかさ「ま、まなちゃん……」 ひろし「姉が生きている、ばかな……」 ひろしは立ち上がった。 ひろし「生きているならとっくに僕が気付いている、それに翻訳する必要なんかない、メモリーの知識は脳の中に入っているのだから」 みゆき「真奈美さんが人間になっていたとしたらどうですか、人間になると使わない記憶は自然と消えていきます、すすむさんはさっきそう言いましたね」 ひろしは黙って立ち尽くしている。 かがみ「みゆきの推理に説得力あってね……私は支持するわ、おそらく真奈美さんは強制的に翻訳させられている、」 これがかがみとみゆきさんが分析した結果か…… ひとし「しかし……あくまで推測だ、証拠がない」 つかさ「でもお稲荷さんの文字が読める人が居るんでしょ、それじゃお稲荷さんしか居ない」 ひとしさんはつかさに何も言わなかった。単純、単純で何の捻りもない素直な答え。だからひとしさんは反論できない。 みゆき「……貿易会社本社25階、遺跡保管庫にメモリーの本体が保管されています……泉さんから頂いたデータから得た情報で、真奈美さんが居るとしたらその辺りのはずです」 25階……25階って確か…… ひとし「……真奈美ではないにしても仲間がいる可能性があるのか……」 すすむ「だとしたらこのまま何もしない選択はない」 まなぶ「仲間が囚われているのなら助けないと……」 まなぶさんが立ち上がった。 まなぶ「でも……けいこさんが、あのけいこさんが何も出来ずに捕まってしまった、すすむよりも永く人間と暮らして人間の鼓動は把握しているはずのけいこさんがね、甘く見ない方 がいい、今度私達が捕まったら助ける方法はない、故郷から助けも呼べない、失敗は許されないぞ」 かがみ「確かにあの時、裏で何か大きな権力が動いていたのは感じていた、それが……あの貿易会社、素人集団の私達が対抗できるかしら……」 みゆき「しかし、泉さんはデータを無事に取ってきました……出来ませんか?」 みゆきさんは私の方を見た。 こなた「それは神崎さんが居たからだよ……それにあのビルの25階は貿易会社直営の銀行があるだけだよ、そこはデータを取った資料室とは比べ物にならない警備だね」 みゆき「銀行……」 あやの「そうそう、思い出した、あのビルで働いている時、25階の銀行は特別だったね、専門の警備会社が警備していて会員制の銀行だから一般人は入れやしない」 まなぶ「……なるほど簡単ではなさそうだ……」 まつり「ちょっとちょっと、なに、もう潜入する気満々じゃない!!」 突然まつりさんが立ち上がった。 まつり「もうまなぶはお稲荷さんじゃない、人間なの、そこに居る三人もそう、いくらお稲荷さんの知識を悪用されているって、もう4万年前の遺跡を勝手に掘り起こして いるだけじゃない、そんなのはもう時効、私達がそんな危険なことまでして守るものじゃないよ、後は専門家に任せればいい」 専門家……適任がいる。神崎さん…… みゆき「し、しかし……お稲荷さんが囚われています」 いのり「けいこさん達を助けるような訳にはいかないのは確か、下手な事をすれば私達の命もも、囚われているお稲荷さんの命だって取られてしまうかもしれない、 兵器を作って密輸するような死の商人だったら何をするか分からない、法律なんか平気で無視するに決まっている、うんん、もう破っているじゃない」 いのりさんも立ち上がった。 いのり「悪いけどこれ以上の話には付き合えない」 まつり「同じく」 そして二人はそれぞれの旦那の方を向いた。すすむさんとまなぶさんは首を横に振った。 すすむ「悪いが話しだけは最後まで聞く」 いのりさんはかがみの方を向いた。 いのり「かがみ、いったいどうゆうつもりなの、一体何をしようとしてるの、大企業、いや、今や貿易会社は今や大国と対等に渡り合っている、一個人が喧嘩売ってただで済むとおもう」 かがみ「……別に喧嘩なんかするつもりは……でもね、私も法律を齧った端くれ、こんな大罪を黙って見逃すつもりはない」 いのり「それならかがみ一人ですればいいじゃない、私達を巻き込まないで!」 かがみ「巻き込まないって、姉さん、私達はそのお稲荷さんと一緒になった、彼等の運命や背負っているものも一緒なの」 いのり「私はそんなものまで背負った覚えはない、行くよ!まつり」 まつり「う、うん……」 いのりさんはまつりさんを引っ張りながら店を出て行った。 つかさ「お姉ちゃん……」 かがみ「あんなの放っておけばいいのよ!」 怒るかがみに心配そうに二人が出て行った出入り口を見つめるつかさ……対照的だな…… かえで「ちょっと待って、話しを進める前にハッキリしておきましょ」 かがみ「な、何をです?」 かえで「いのりさんやまつりさんの言い分は間違っていない、彼女はお稲荷さんと一緒になった訳じゃない、人間のすすむさん、まなぶさんと一緒になった、それはかがみさん、 つかさも同じ、違うかしら?」 つかさ「うん」 かがみ「それは……」 自信を持って頷くつかさに少し戸惑い気味のかがみだった。 かえで「これからの話しはすごく危険な話し、下手をすれば誰かが罪を犯すかもしれないし命を落とすかも知らない、いのりさん達は夫にそんな危険な事をして欲しくないだけよ、 だから出て行った、それは私達も同じ、これは強制でもなければ義務でもない、協力するもしないも自由……退出するならどうぞ」 うぁ~これはある意味いろいろフラグが立ちそうなイベントだ。私はどうする…… ここまで来て続きを見ないのは勿体無い。それに半分は私のせいでもあるからね。 見た所誰も動きそうにない。これで決まりかな…… ひろし「それじゃ出て行くのは君だ、田中かえで……」 ひろしがそんな事を言うなんて……そういえばかえでさんを苦手だって言っていたっけ。いままでお返しかな…… かえで「何故」 ひろし「随分お腹が大きくなってきているじゃないか」 かえで「私が妊婦だから……そう言うなら見損なわないで、生まれてくる子の為にも私は此処に残る」 ひろし「おめでたいやつだな……」 かえで「な、何ですって、何がおめでたい!!」 その時だった。私はデジャブを感じる。何だろう……そうだ。 私を見下したような言い方だった。 「おめでたい」……あの言い方、イントネーション、間合い……あの時の神埼さんと全く同じだ。 ひろし「生まれてくる子の為なら尚更こんな所に居るな……子がいなければ話して聞かせる事もできないじゃないか」 どこかの方言なのか。偶然に同じなんて…… かえで「それなら貴方だって同じじゃない、子供が居るでしょ」 つかさ「ふふふ……」 突然つかさが笑った。 かえで「な、何が可笑しいのよ……」 つかさ「やっぱり姉弟だね……私もねまなちゃんから言われちゃった、「おめでたい」って、ひろしさんも良く言うよね……まなちゃんを思い出しちゃった」 え……そ、そんなバカな、ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた? つかさ「まなみはもう小学生だし自分の足で歩けるよ、でもねお腹の中の赤ちゃんはお母さんから出られない、だから危険な事をしたらダメなの……それに、 かえでさんの顔色があまり良くない……早く帰った方がいいかも?」 かえでさんはお腹を手で触った。 みゆき「つかささんの言う通りです、帰って休まれた方がいいと思います……」 かえでさんはゆっくり立ち上がった。 かえで「ごめん……つかさ……こんな時に力になれなくて……」 つかさは首を横に振った。 かがみ「姉さん達のフォローをしてくれてありがとう……」 かえで「うんん、でも、これだけは言っておく、無茶だけはしないで……私が言う事じゃないか……」 かえでさんは苦笑いをしながら店を出て行った。 つかさが言った言葉が頭から離れない。「おめでたい」…… ひろしと真奈美が同じ言い方をしていた。そして神崎さんも……この事から言えるのは只一つ。 ひろし「姉が囚われているかもしれない、これだけでも充分貿易会社を調べる価値はある、それに加えて我々の知識が悪用されているとなれば尚更だ、しかし問題は神崎あやめの 本当の目的だ、密輸を暴いて名を上げるためか、それとも囚われた人物を救おうとしているのか、それとも、その両方なのか」 かがみ「その二つとも違うかもしれない……本来なら此処に来て居なければならない人よ、データの提供者本人なのだから……」 そうだよ、いえる事は一つ、神崎あやめは真奈美…… つかさ「こなちゃんも私も何度も連絡したけど来てくれなかった…ねぇ、こなちゃんそうだよね」 お弁当を横取りされた時、彼女はお弁当を作ったゆたかの心を見抜いていた、あれは神崎さんの千里眼だと思ったけど違う、あれはやっぱりお稲荷さんの力だった。 つかさ「こなちゃん?」 間違いない。神崎さんは真奈美が化けた人だった。だからつかさと握手した時、つかさに正体を知られるのを恐れて力いっぱい握った。 つかさ「こなちゃん、聞いてる?」 全てが説明つくじゃないか……いや一つ疑問が残る。問題はひろしが何故それに気付いていないのか。 いや、そんなのはどうでもいい。もう一回神崎さんに会えば分かる。 かがみ「おい、こなた!!」 こなた「ひぃ!!」 かがみの大声で私は我に返った。 つかさ「どうしたの、ボーっとしちゃって?」 こなた「へ、私に何か御用ですか?」 かがみ「御用じゃないでしょ、さっきからつかさが呼んでいたのが聞こえなかったか……まったく、どうせアニメの事とか考えていたんでしょ……」 こなた「え、ちが……」 まて、この話しをした所で笑われるに決まっている。決め手が「おめでたい」じゃ「おめでたい」って言われるに決まっている。 こなた「へへへ、ばれちゃった……」 かがみ「やれやれ……」 溜め息をつくかがみ。 つかさ「神崎さん……来てくれなかった」 つかさの一言で今まで何を話していたのかが想像ついた。 こなた「ああ、彼女はデータ自体を渡したくなかったみたいだった、それとお稲荷さんの秘密を知っているとは思わなかったみたいだしね、とても危険な事をしようとしているのだけ は分かったよ」 すすむ「なんとか神崎を私達の前に連れてこられるか、そうでないとこれからの行動が決められない」 こなた「う~ん」 私は腕を組んで考えた。 ひとし「来ないなら来ないで我々だけで行動するしかないだろう、その時は泉さんの力を借りる事になるだろうがね」 みゆきさんは鞄からA4サイズのファイルを私に渡した。 みゆき「データを分析した詳細が書かれています、これを神崎さんに渡してください、きっと私達に協力してくると思います」 こなた「へ、私が渡すの?」 かがみ「当たり前だ、一番彼女と接触しているのがこなたのだから、それに仲も悪くはないでしょ?」 こなた「それはそうだけど……」 そうか、このデータを利用すれば神崎さんに会える。神崎さんはまだ完全にデータを分析し切れていない。そうに違いない。 こなた「分かった、やってみる」 こうして私は神崎さんの家に直接A4ファイルを渡しに向かうのだった。 彼女はお稲荷さんなのか。真奈美なのか。もう誤魔化しも駆け引きも要らない。 次のページへ
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わ、私は柊かがみ。私立陵桜学園に通う高校3年生。 神社の娘で4人姉妹の3番目、双子の姉です。 趣味はラノ。。。いや、読書!べ、別にオタクとかじゃないんだから! そ、そりゃ、ゲームやアニメも少しは興味あるけど、ぜんっぜん!そんなんじゃないんです! まぁ、そんなことは別にどうでもいいわね。 今日は私の私生活を話そうと思うの。 そこ!いつもと同じだとか言う突っ込みはやめなさい! えー、コホン。あれは。。。いつだったかなぁー。。。? ――――――― 冬服に代わって何日かしたころ、いつものように学校へ向かう私。 「おはよ~、かがみん~」 「おぉ、こなたぁ、おはよっ」 「こなちゃんおはよ~」 私の目の前からやってくるゆる~い顔した小さな女の子、泉こなた。私の同級生で親友の一人。 腰よりも長い青い髪の毛と頭の上からにょろんと生えてる不思議な毛がトレードマークだ。 そして、こっちは私の双子の妹、つかさ。あんま似てないんだけどさ、私の大事なかわいい妹。 「休み空けってだるいよねぇ」 「あんたの場合、どうせ1日中ネトゲ三昧だったんだろ?」 「まぁ、そなんだけどね~」 こなたは中身知らなければそれなりにかわいいし、需要もあるだろうに。。。 典型的なオタクってやつで。まぁ、私達はとっくに慣れたんだけどね。 「こなちゃんの集中力ってすごいねー」 「いやいや、こいつの場合そこだけだからさ、その力が発揮されるのは」 「あはは、ほめられたよ」 「ほめてないっつーの!」 つかさの間の抜けた返答もいつもと同じ。わが妹ながら天然ってやつは。。。 こんな他愛もない会話で毎日が始まる。なにもかもがいつもと同じ。 「そだ、かがみんや、今日の昼休みなんだけど。。。」 「ん?ごはんでしょ?そっち行くわよ?」 「いや、そうじゃなくって、ちょっと話あるんだけど、さ」 「え?なによ?変な子ね」 珍しいこともあるもんだ。皆と一緒だと話せない話なのかな? まぁいっか。 「じゃ、あとでね~」 「じゃね、お姉ちゃん」 そういって二人は自分たちのクラスに入っていった。 こなたの台詞が気にはなったけど、私も自分のクラスへ向かった。 「おっす、ひぃらぎー!」 「おはよう、柊ちゃん」 「おはよー、日下部に峰岸。今日もセットだな」 「ひぃらぎもちびっ子と一緒だったんだろ?」 そういうと元気印二重丸の日下部みさおが妙ににやけた顔で私の顔を覗き込む。 「ふふふ、さっき廊下で見かけたよ」 なんだろ?峰岸あやのまでが、普段見ないようなにやけ顔で直視してくる。ていうか、なんか、背後やいろんなところから視線を感じるのは気のせいか? 私はふと周りを見回す。なに?なぜお前たちそそくさと顔を背ける!? 「な、なに?」 なんとも言えない不快感と不安を抱え思わず声が出る。と同時に始業のチャイムが鳴る。 「じゃ、あとでなー」 おとなしく席に着き先生がやってくるのを待つ。ねぇ、今、私何か変なこと言ったっけ?ねぇ? あ゛ーっ、わからん!私が注目のマトになるとかありえないわ。あぁ、でも、何かしたのかな、何か言ったのかな、どうしようかな。 なんか、凹むな。。。 先生が何か話してるけど、授業が手につかない。なに気にしてるんだろ、私。 「な!」 急に携帯が鳴り出す!もちろん、音は切っておいたけど。 ん?日下部? <柊、最近噂だよなー( ̄ー ̄) あんまりアブノーマルはまずいと思うぜ!(笑)> な、な、な、なにーーーーー!!?!?!1!! 何のことよ!いったい!? 後ろの方から日下部うすら笑いが聞こえて来そうだわ、急いでメールを。。。ってタイミング悪っ!先生こっち見てる! はぁ、結局メールできなかったわ。さっさと日下部捕まえなきゃね。そう思って終業のチャイムとともに席を立つ。 日下部いない。峰岸に聞いてみると、部活のミーティングとからしく、ものすごい勢いで教室を出て行ったらしい。 なんで、こんなにタイミングが合わないかな? まぁ、いいわ、メール、メール。。。ってあれ?私、携帯どこに置いたっけ? あぁー、なんか変だわ、今日わ。。。 一体全体どうしたものか?私の携帯はどこへ行ったのでしょう? 確かにさっきまで自分でいじってた。先生に見つかりそうになって、急いでスカートのポケットに。。。入れたっけ? ゴソッ な、穴っ!? その瞬間、無情にも2時限目の始業チャイムが鳴り響く。 うそ!?教室の床をきょろきょろと見てみるも、それらしきものはどこにも見当たらない。 最悪な気分の真っ只中、黒井先生が教室の扉を開けて入ってきた。 「はじめるでぇ~」 いつもながら快活で大きな声が教室にこだまする。 「今日はやなぁ~」 あぁ、それどころじゃないのよ、授業どころじゃないの! 気がつけばいつの間にか日下部は自分の席にいてやっぱりこっちをニヤニヤと見つめてる。 あんたねぇ~。。。 「柊ぃ~、ウチの授業中によそ見するとは、いい度胸やないか~?」 「あぁうぅ、す、すみません」 「しばらくそこで立っとれ!」 やっちゃった。黒井先生怒ると怖いな、やっぱり。これは怒られたからだろうけど、クラスのみんなの視線がなんだか痛い。 峰岸は自慢のおでこを狭めて心配そうな表情をしている。が、その親友ときたら、笑いを我慢するのに 必死そうにお腹を抱えてブルブル震えている。あんた、覚えときなさいよ! 「あ、せやせや。柊!」 「は、はい!?」 また怒られるのかと思った。声が裏返って恥ずかしい。 「携帯持ってきてはいかんな~。一応校則やし?放課後になったら取りにきぃ~や」 なんですとーーーーー!? なんで、落としたはずの携帯電話が黒井先生の手元に!? 勘弁して~!どうなってるの?今日の私!!! 結局2時限目は立たされたままで足が痛いったらないわ。 それより、日下部!携帯はもう、どうにもならないし、今は日下部よ! 「みさちゃん、いないよ。ミーティングだって」 「まじで!?う~あいつ聞きたいことあるんだけどな~。。。」 「何の話?私で分かることなら。。。」 そういえば、峰岸も普段と違う表情で私を見てたっけ。 「朝のことなんだけど、峰岸もあいつも私に何か隠してない?」 「え!?柊ちゃんに隠し事?ん~、何だろう?別にしてないはずだけど。。。」 嘘じゃないみたいだ。真剣な顔して考え込んでる。 「あいつから噂がどうとかメールが来てさ。そ、その、あああ、アブノーマルとか」 うわぁ、恥ずかしいな声に出すと。思わず顔が火照って赤くなるのが分かる。 「あぁ!あっ!な、なんでもないよ」 「ちょ、峰岸!なんか知ってるな!?教えて!ねぇ!ねぇってばー!」 「あははは、何も知らない、知らないのよ柊ちゃん!」 なんか引きつってるんですけどー、笑顔が! 「そ、そういえば、今日は隣行かないの?」 「ん?あ、そうだった!上手く逃げたわね。まあ、いいわ。ちょっと行ってくる!」 ほんとに上手く逃げられた気がしたけど、うっかりこなたとの約束を忘れるところだったわ。 私は急いでお弁当を持つと、こなた達のクラスへと早足で向かった。 だけど、こなたがいない。 「お待たせ!こなたは?」 「あれ?お姉ちゃん?」 「泉さんならなんだか慌てて教室を出て行きましたよ?」 つかさとみゆきは二人で向かい合わせにお弁当をつついている。 どう見てもそこに重力に歯向かって育つ青色の謎生命はいない。 「お姉ちゃんが待ってるって、こなちゃん言ってたよ?」 「へ?どこで?」 「ううん。知らないよ」 「待ち合わせしてたのではないのですか?」 「いや、朝は場所までは話してなかったし。。。まさか、メールか!?」 しまった!携帯なくしたのはこの為の伏線か!?畜生、作者め! なんてこと考えてる暇はない。朝のこなたの表情は少しだけ真剣だったし、 今日の流れからして”何か”嫌な予感がする。 と、気だけは焦るもののこなたが行きそうな場所に見当なんかつかないし、 私たちのゆかりの場所って言っても・・・あぁ、こなたの教室ぐらいしか思い浮かばん。 「どうしよ!?」 あまりに不安が募り過ぎたせいか誰もいない廊下で思わずつぶやく私。 あの子がわざわざ私を呼び出すんだもの、何か分からないけど、きっと重要なことに違いない! いけない、私ちょっと涙目だ。だって、あの子に嫌われたくないから・・・。 結局私はお弁当を開けることなく初秋の柔らかな午後の空気を吸いながら授業を受けている。 こなたには会えなかった・・・。正確にはチャイムがなる寸前、隣のクラスに入っていく彼女を見かけた。 「こな・・・」 声が出なかった。 こなたはちょっとだけ顔をこちらに向け、そして何事も無かったかのように教室に戻った。 そう、少しだけまゆを顰めて・・・あれは、落胆の表情だ・・・。 どうしよう!どうしよう!!!私、大変なことをしてしまった!大切な、大切なあの子を傷つけてしまった!私の大親友を・・・。 ただでさえ、情緒不安定のまま過ごした午前の授業の影響もあり、私のテンションは最悪。 世の中にこんなにも苦しいことがあるなんて思いもしなかった。 気がつくと授業は終わっていて、授業開始時に出したままの状態の教科書をまたカバンに戻した。今にもこぼれそうなほどの涙をためて・・・。 「ひぃらぎ~」 「なにっ!」 「うわあ!びっくりしたじゃないか~」 ごめん、日下部。ちょっと今の私、おかしいの。普通じゃ、ない。 「朝の話だけどさぁー、あれ・・・?泣いてる?」 「!」 すこしだけホッとする。とりあえず一つ目の問題を片付けられそうだ。 「そうよ!思い出したわ!あのメール何よ!?あ、あ、アブノーマルって・・・私そんなに変かな?」 安定しない感情のせいもあって妙にネガティブな私。 「いひひひひー。ひぃらぎー、お前んち神社でよかったよなー」 「へ!?」 「キリスト教だったら同性愛は問題ありなんだってヴぁ」 「な、なに言ってんの!?いきなり!わけわかんない!」 「へへへ、気にすんなって。私はひぃらぎがそういう趣味でも友達だぜ!」 おいおい、そのめちゃくちゃ元気に立っている親指はなんなんだ。 「ちょ、ちょっと、なんでそうなるのよ!?ちゃんとわけを言ってよ!」 「おぉっと、授業始まっちゃうぜ!じゃなー」 なんなのよ、あれ!意味が分からない! 私がど、同性愛者とか・・・そ、そりゃ、そういったテーマの小説を読んだことにわけじゃないし、この歳になれば恋愛とかそういうことに興味を持たないわけじゃないけど。 いきなり同性愛とか、そんな、あ、え?もしかして・・・。いや、ち、違うのよあれはただ、仲がいいだけだし、趣味も合ってる。うん、そう! 確かにあっちはすごくコアだけど、私の趣味も理解してくれるし、うん。そうね、格闘技の経験者だって言ってたし、そこらへんの軟弱な男子よりは強いのかも? よく見ると、いや、よく見なくてもかわいらしい顔してるし、おてんばな性格に反比例するかのようなちっちゃい体はいわゆる一つの萌要素!!! いやいやいやいやいや、違う違う!認めるな、私!認めてどうする!? あ、違う違うそうじゃないのこなた!嫌いだって言ってる訳じゃないのよ? 「ふむふむ。てことは、やっぱ、好きなんだよなー?」 「う、うん。そうね、好きかと言われれば確かに・・・って、な、な、何をーーーーーーーーーーーーっ!!??」 「ふふふ、柊ちゃん。もう、授業終わったよ?」 「桜庭のやつが『目が逝ってるな。放置。』とか言ってたぜ~」 これでもか!というような勢いでケタケタと笑う日下部。笑いを押し殺してるであろう峰岸。 ていうか、も、もしかして・・・、 「声・・・出て・・・た?」 「うんっ!~趣味も理解して~、辺りから聞いてたんだぜ」 「おかしな柊ちゃん」 ボンッ!って絶対に音が出たに違いない。私の顔が火を噴きそうなほど温度に達して何で冬服着てるのか分からないほど体温が上昇する。 日下部好きの奴が見たら即死しそうなほどの満面の笑みで返事しやがって!峰岸もフォローしてくれ! 「ちょ、あ、そ、これ・・は、あの、えとー、あ・・・」 「あははは!ひぃらぎ、落ち着けってヴぁ!」 いや、お前にだけは言われたくないんだがな日下部君! しかし、顔の温度はどんどん上昇するし、背中に汗が滴っているのまで感じる。これほど落ち着きのない私はいまや世界ランキング入りだ。 「とにかく、落ち着いてから帰ってね。そのまま帰ったら事故にでも会いそうだから」 「だよなー。ちびっ子たちも帰ってったみたいだぜ?」 「え!?」 いけない、大事なことを忘れてた。私は出した覚えのない教科書やノートをカバンに詰め込むと、イスを倒しそうな勢いで立ち上がる。 「じゃ、じゃあ、また!」 「お、おう!気をつけろよ~」 「また、明日ね」 二人の別れの言葉を後姿で聞きながら走り出す。いけない、昼間のこと怒ってるのかな?うん、怒ってるに違いない!そだ、携帯を取りに行かないと! イメージの中では水泳のクイックターンなみの軽やかさで廊下を逆走。目的地は一路職員室。 あーん!絶対怒ってるよー! 再び私、涙目!返してもらった携帯電話に入ってるメールは5件!そのうち4件がこなたからだ! 3件は昼休みの待ち合わせ場所についてのメール。残りの1件は昼休みの後に来たメール。 <ばかがみん> ごめんね、ごめんねこなたー!どうしよう!?なんて返信したらいいんだろう?まずは素直に謝らなくちゃ。 あ、でもでも、着信拒否とかにされてたら謝罪の言葉も届かないよ。だめだ私、完全にマイナス思考が定着してる。 「あ、お姉ちゃん!」 「つ、つかさー!?なんで、ここに?」 「なんでってもうお家だよぉ?」 「は!知らないうちに!」 「変なお姉ちゃん。そういえば、メール読んでくれた?」 「メール?」 そうだ、そういえばもう1件メールが入ってた。こなたのメールに夢中ですっかり忘れてた。 <こなちゃん、ちょっと怒ってるみたい。一人で帰るって>< 私もゆきちゃんと帰るね> やっぱ、怒ってる。 「お姉ちゃん、メールの返信くれないから帰ってきちゃった。みさおちゃんたちと楽しそうに話してたみたいだし」 「ご、ごめん」 私はとりあえず、つかさに携帯を没収されたことや日下部たちとの会話を説明した。すると、 「あぁー、そういえばこなちゃんも噂の話してたよ~。出所は分かってるって言ってたよ」 「あいつ知ってるんだ///」 「それよりも、こなちゃんちょっと変だったから、心配だな・・・」 「変って?」 「うん、なんかね、少し泣いてたみたいな気がするの・・・」 「!?」 これはほんとに只事じゃなくなってきた! 「つ、つかさ!これ持って帰って!! 私、こなたんちに行ってくる!」 「え、わ!お、お姉ちゃん!」 つかさにカバンを投げ渡すと駅の改札をダッシュで通過した。早く行かなきゃ! 電車が停まると一目散に駆け出した! 相変わらず電車の中ではネガティブな思考が頭の中を独占し続けてたうえに、日下部たちとの会話のせいでメレンゲもびっくりなほど私の頭はぐしゃぐしゃになってたと思う。 通いなれたと言っても差し支えないほどに良く知った道。つかさと二人でいつも通った。 つかさは知らないけど、2,3回ほど一人で来たこともある。べ、別に変な意味じゃ、ないのよ! 夕日が空を朱色に染め始め私の分身が長く伸びていく。走ってきたおかげで寒さは感じないけど、夕焼けと庭木から舞い落ちる木の葉が郷愁を感じさせた。 インターホンに手を伸ばす。 ――ピンポーン こなた。。。 「は~い、どちらさ、まで、す、、、」 玄関の扉がゆっくりと音もなく開くと部屋着姿の蒼髪の少女が姿を現した。 「お、おっす!」 ちがう。 「かがみ・・・」 消え入りそうな声。 「な、なんだよ?私が来たことがそんなに不思議なの?」 ちがうって。 「何しに、来た、の?」 誰がどう見ても不機嫌そうな顔。 「べ、別に、特に用はないんだけど、、、さ」 ちがう、ちがう!そうじゃない!そんなこと言いに来たわけじゃないって! 自分の性格がつくずく嫌になる。もっと、もっと素直になりたいよ! 「・・・今日は、帰って・・・」 「え!?」 「気分・・・乗らないんだ・・・」 扉が開いたときと同じように音もなく閉じていく・・・。 いやだ! 私は即座にその扉の間に体を割り込ませた。 そんなことになるとは思ってないこなたは力を入れたまま扉を引く。「いたっ」 「かがみ!?ごめん!ごめんね!」 「帰らないよ、私。あんたが何考えてるか、何を思ってるのか聞くまでは!」 ちょ、ちょっと痛かったな。胸、無くてよかった・・・って一瞬頭によぎって後悔した。 「コーヒーかな?それともお茶か紅茶の方がいいかな」 「な、なんでもいいわ・・・」 「・・・うん」 なんでかな?こなたの部屋って落ち着く。アニメのポスターに無造作に並べられた漫画本や雑誌の山。いつも唸りを上げたままのPCにかわいい女の子のフィギュア。 落ち着くってのには程遠い景観だけど、ここの空気が好きなのかな。 ううん、今はそんなこと考えてる場合じゃない。あの子が戻ってきたら、今度こそ謝らなくちゃ・・・。 ――ガチャ 「こなた、ごめん!!ごめんなさい!」 そんなことを考えて緊張してたら扉の音とともに土下座してしまった。 「うお~。びっくりしたよ!」 「ご、ごめん///」 紅茶をテーブルの上においてほんの少しの沈黙。 私にはものすごい長い時間に感じられたのだけど、実際にはほんとにほんとにほんの少しだけの静寂。 「「あの・・・」」 二人同時に声が出る。また、沈黙。 私から切り出さなくっちゃ。 「こなた、ごめん。今日は本当にごめんね」 「うぅん。もういいよ。こやって来てくれたんだしさ。私こそさっきはごめんね。少し感情的になってたかも・・・」 こなたが紅茶をすする。アールグレイ、か。少しずつ笑顔が戻ってきた、気がする。 「で、でね、話、なんだったのかなぁ~って」 「うん。話さなきゃ、ね」 え!?なんで、そんな顔・・・。 「あのね、かがみ。ちゃんと聞いてね?」 「う、うん」 「かがみと出会って、もうすぐ3年経つよね。もうすぐ、離れ離れになるけど、私、楽しかったよ」 「な、何よ!?そんなこといいた・・・」 「ちゃんと聞いて!」 何よ!そんなにきつく言わなくてもいいじゃない。それになんで泣いてるの? 「かがみは私といて、楽しかった、かな?」 「そ、そんなの、あ、当たり前じゃない。やめてよ、らしくないわよ?今生の別れじゃあるまいし・・・」 「お願い!ちゃんと聞いて!」 「!」 「2学期も始まったばかり、これから文化祭とか体育祭、クリスマスにコミケ。あと、かがみんちに御参り。ずっと、一緒に過ごしたかったんだ」 まって!今、なんて言ったの? 「私さ、こんなだけど、アニメよりもゲームよりも皆のことが好きだったよ」 だった、って何?なんで、そんなに泣いてるの? 「私ね、もうすぐこの町からいなくなるの」 青天の霹靂!声が出ない。しゃべりたいけど声が出ない。私の口と目は開いたまま、時間が止まった気がした。 「もうね、もうすぐね、つかさにもみゆきさんにも会えなくなるの。そう、かがみにも・・・」 ・・・。 「うぅん。がんばれば会えるの。だけど、そんなに簡単に会える訳じゃない」 こなたは続けた。固まってる私に気づきながら・・・。 「お父さんがね、海外に行くって。作品がすごく評価されてるらしくってね。お父さんあんな風だけど、仕事は仕事ですごく真剣にやってるの。 それで、今度、海外の出版社からオファーが来て、契約したみたいなの。もちろん、文章っていう形式だから日本にいても問題は無いんだけど、 もっと経験と知識を増やしたいって・・・」 「でも、それなら・・・」 「うん。かがみの言いたいことも分かるよ。もう18歳なんだし、残ってもいいよね?でもね、かがみのこと好きだけど、お父さんも好きなの。 それに、お父さん一人にしちゃったら、お母さんになんて言えばいいか・・・」 死人にくちなし、か。この世にいない人にはかなわない。そう思うと納得できた。 だけど、涙が止まらなくなる。 「ごめんね。でも、これで終わりじゃないって思ったら、やっぱりお父さんを選んじゃった。ごめn・・・」 こなたが抱きついてきた。私は両手を背中に回して優しくそして、強くこの子を抱きしめる。 小さいな。それん、こんなに華奢だったんだな。震えてる。小さく小刻みに震えてる。 押し殺そうとしてる嗚咽が微かに耳に入るたびに、私も同調してきたのか肩を揺らす。 気がつけば二人、何ものも気にすることなく悲鳴を上げるように泣きじゃくり始めていた―――。 ひとしきり泣いて体が熱くなったのか、アールグレイの効果で中から温まってきたのか、私たちは夜風を浴びに近所に散歩に出た。 時計の針は8時を指してる。 初めてこなたの家に来たときもこの道を歩きながら会話したっけ。 「今日は星が良く見えるね」 「そだね。流れ星、流れないかな・・・」 「ふふ、つかさったら『流れ星に”どの”お願いしたらいいのかな?』とか私に聞きにくるのよ?星のきれいな夜は必ずね」 「あはは。つかさらしいや。でも、選択に悩むほど企みを持っているとは・・・。なかなか侮れないですな!」 いつものこなたが戻ってきたみたい。目を細めて、口を尖らせておどけてみせる。 「いつまで、、、いるのよ・・・」 「・・・文化祭は・・・出られない・・・」 「そ、そんな・・・2週間無いじゃない・・・」 「うん。だから、かがみには一番最初に伝えたかったんだ」 さっきふいたばかりの瞳に再び涙が溢れてくる。はぁ、私ってこんなに涙もろかったのかな? 今日はいったい何回涙を流せばいいんだろ? しばらくの間沈黙が続き、何気なく顔を上げるとそこには桜の大樹が私を見下ろしながらたたずんでいた。 そんなに大きくは無い公園。だけど、その桜の木だけは私たちを包み込むように優しく大きく、悠然と構えていた。 その桜の木下に腰を下ろし、二人で夜空を眺める。流れ星は流れない。 人を当てにするほど出来ない子じゃない。人に頼るのも好きじゃないしね。だけど、願いならたくさんある。両手なんかじゃ足りないほどね。 幸せっていうのは自ら得ようとしてこそ得られるものだ、なんて文章を読んだことがある。 ほんとにそうだよね。いま星が流れれば、私は一つだけど幸せが欲しいと願うだろう。 だけど、自分から手に入れなくちゃ。流れ星を待つほどこなとの時間は残されてはいない。 「ねぇ・・・こなた・・・」 「なに?」 「別にさ、深い意味はね、ほんとに、無いんだよ」 「なんのこと?」 きょとんとして私の顔を見つめる。 「あ、あのさ、き、キス、しよっか?」 うわ!や、やめろ!そんな目で私を見るな!そのさげすんだ目で私を見つめるんじゃない! 深い意味は無いっていっただろ?その、なんだ、もうすぐいなくなるんだし、もっとこなたのことを知りたいって言うか、日下部たちの話が頭に残ってたというか。。。 「うん、しよしよ!」 あれ?めっちゃ笑顔じゃないのよ。取り越し苦労ってやつ? 「言っとくけど私もそんな属性は持ち合わせてないからね?」 「わ、分かってるわよ!と、友達としてよ!?その、し、親友としてn・・・」 こなたが覆いかぶさってくる。よそ見してた私にカウンターパンチのごとく強烈な一撃! いや・・・一瞬。 その刻は、二人で向かい合った沈黙よりも、疲れきった今日の一日よりも長く、永遠に続くとも感じた悠久なる時間。 私はその刹那、すべてを理解した。 こなたは私にとってかけがえの無い親友。私はこなたにとってかけがえの無い親友、だと。 「さ、帰ろ!」 「うん!」 唇がこなたに別れを告げ、私は立ち上がり、こなたの手を引く。こなたは頷いて付いてくる。 「明日には皆に話さなきゃね」 「だね。つかさやみゆきも泣くのかな・・・」 「泣いてくれたら、嬉しいな!申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、嬉しいな」 「そ、その、ふ、二人にもき、きき、き」 「むふふふふー。しちゃおっかな~?」 「いや!あ?ち、違うって、そ、そういう意味じゃなくって!!!」 本日2回目のボフッ! ほ、ほんとにそういう気持ちとかじゃないんだから!!!/// 「うそだよ~!私のキスは超レアなんだから!かがみんと彼氏以外にはしないも~ん!」 「へ!?彼氏!?いたの!?」 「それも、冗談!ふふふ。動揺してあたふたするかがみ萌え~」 無邪気に私の前を飛び跳ね回るこなた。青色の髪の毛が月明かりを浴びて幽玄な光を湛え、秋風がそれをそっと包み込む。 星たちが無造作に煌き、静寂を守る夜の散歩道。 私はこの時間を忘れない。きっと、いつまでも、ずっと。。。 ~エピローグ~ こなたの家に着くと時計はとっくに9時を超え、まもなく10時にさしかかろうとしていた。 出版社から戻ってきていたおじさんは居間でゲーム(おそらくギャルゲー)をしてのほほんとしている。 「たっだいま~!」 「おじゃましまーす」 「お?おかえり。かがみちゃんと一緒だったのか」 「そだよー」 「すみません、こんなに遅い時間まで・・・」 「ついさっきお家から電話があってね、こなたと一緒にコンビニに出かけてると言っておいたよ」 「え!?あ、ホントだ!着信すごい入ってる!」 私はポケットの中の携帯を取り出すとウィンドウに光る四角い枠をみて、少しだけ冷や汗をたらした。 「かがみにあの話してきたよ」 「あの話?」 「ほら!あの話!お父さんの職場の・・・」 「短い間でしたけど、お世話になりました!二人ともお元気で!」 私は一歩後ずさり、こなたとおじさんの両方を正面にして深々と頭を下げた。 「うわぁ~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」 突然大きな声を出すおじさん。びっくりして壁際まで飛びのく私たち。 「す、すまん!こなた!あの話のことなんだが・・・」 おじさん、おじさん、すっごい量の汗が噴出してますよ!?お風呂もう一回入ります? 「あれ、1週間の取材旅行にした!おれ、やっぱかなたから離れたくないわ!」 青天の霹靂ツー! 二人同時に顔を見合わせる。両手を広げこなたに抱きついた! 涙が出る。今度こそほんとにほんと、正真正銘、嬉しい涙だ! あぁ~だけどさ!これ、何度目の涙かな?これだけ泣いたら少しはやせてくれよ!わたし! ――――― とまあ、ちょっと恥じさらしちゃったけど、こんな感じの日常です。 私は柊かがみ、私立陵桜学園に通う高校3年生。 神社の娘で4人姉妹の3番目、双子の姉です。 趣味はラノベ。私の周りにはこんなにも大切な親友がいるんです。 え?いや、そうじゃなくて、自慢なんかじゃ、ないんだから!!! 了 真エピローグ 「しまった~、これはまずいな~」 ぶつぶつと呟きながら廊下を歩くのは田村ひより。 「泉先輩に頼まれて二人のイラスト書いたのはいいけど、調子に乗って百合漫画描いちゃった」 ぶつぶつ言い続けたかと思うと、目を閉じてにやけ顔。 「はぁ~、そのコピーをどっかに落としたんだけど・・・どこ行ったんだー!」 髪をわしゃわしゃかきむしるひより。顔に縦線入ってますよ!www 了
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「で、どうなのよ最近は」 とある日のこと。こなたの家に遊びに来たかがみは、あいさつもそこそこにそう言った。 「どうって、なにが?」 「旦那よ。そろそろ籍入れて半年になるでしょ?なにか変わった話とかないの?」 「変わったって…まあ、毎日ラブラブとしか言いようがありませんな」 両手を腰に当て、胸を張ってそう言うこなたに、かがみはため息をついた。 「あーそうですか…で、具体的には?」 「具体的…えーっと…手、つないだりとか…髪撫でてもらったりとか…」 「お前には失望した」 「なんでさっ!」 「あんたの事だから、もっと過激なのをちょっと期待してたんだけどね」 「そんなの期待しないでよ…ってか恥ずかしくて言えないよ」 不機嫌そうにそう言いながらお茶をすすった後、こなたは何か思い出したように手を打った。 「あ、そうだ。そう言えばこの前みなみちゃんが、先週の日曜日に自分の家の近くでダーリンを見かけたって言ってたよ」 「みなみちゃんちの?そんなところ行くのね。何してのかしら」 「うん、なんか知らない女の人と歩いてたって」 「…は?」 かがみは絶句した。そして、こなたのいつものゆるい笑顔をしばらく眺めた後、恐る恐る声を出した。 「…女の人?」 「うん。ショートカットで美人で凄い巨乳だったってさ。みなみちゃん、まだ胸のこと気にしてるんだね。巨乳のところをやたら強調してたよ」 「い、いやそんな事どうでもいいんだけど…歩いてただけなの?」 「うん。腕を組んで歩いてたってさ。凄く密着してたって」 「………」 かがみは再び絶句し、天を仰いだ。こなたは未だにゆるい笑顔を見せている。 そんなはずはない。そんなことありえないと、かがみは自分に言い聞かせているのだが、どうしてもその考えに行き着いてしまう。 もしかして、ここまで聞いておいて、こなたは気がついていないんじゃないだろうか…と。 「…ねえ、こなた」 「ん、なに?」 「それって浮気じゃないの?」 「…へ?」 友達付き合いを始めてから数年。かがみは初めて目が点になったこなたを見た。 ― 命の輪の罪 ― 「うそだー!嘘だといってよかがみー!」 「落ち着け。落ち着けって…ってーかまとわりつくな」 かがみは、急に取り乱し抱きついてきたこなたの頭を掴んで自分の身体からひっぺがした。 「まだ浮気と決まったわけじゃないでしょ?」 「だっでーだっでー」 鼻水まで垂らしながら泣きじゃくるこなた。しかし、その動きがピタリと止まった。 「…いいだしっぺ、かがみじゃん」 「え、いや、それは…みなみちゃんから聞いた時点で普通はそう思うだろうって…」 「…普通はそうなんだ…そうなんだー!」 再び泣き始めたこなたに、かがみはため息をついた。 「あーもー…あんたの旦那が普通だとは思えないわよ…」 「ダーリンを変人呼ばわりするなー!」 「…うあー…めんどくさいー…」 かがみは頭を抱え、とりあえずこなたを落ち着かせるために拳を握り締めた。 「…落ち着いた?」 「…はい」 椅子に座って聞くかがみに、こなたは正座で答えた。 「でも、殴ることは無いと思います…ってかなんで殴られなきゃいけないのですか、かがみ様」 「壊れたモノ直すにはこれが手っ取り早いのよ」 「モノあつかいとか、ヒドスギル…」 こなたは殴られた頭をさすりながら、正座を解いて胡坐をかいた。 「でも…ホントにどうなんだろ…」 不安そうに呟くこなたを見て、かがみはため息をついた。 「本人に聞くのが手っ取り早いんだけど…彼はどこ?」 「バイト」 「へー、ふらふらしてるかと思ってたんだけど、働いてるんだ」 「うん。なんか知り合いの紹介だって。大学卒業したら、そこに就職するつもりだから、今のうちに仕事覚えとくんだって」 「一応先の事考えてるのね…なんか、浮気するような人間とは思えなくなってきたわ」 「でしょ?」 得意気に胸を張るこなた。かがみは椅子の背もたれに体重を預けると、腕を組んだ。 「でも腕組んで歩くなんて、普通ないわよね」 「…うん」 かがみの言葉に項垂れるこなた。かがみは今度は顎に手を当てて、考え込むしぐさをした。 「ちょっと腑に落ちないわね」 「なにが?」 「みなみちゃんちの辺りって高級住宅街じゃない。そんなところの人と知り合う機会って、あんたの旦那にあるのかしら?」 「そういや…そうだね。デートの場所にしてもおかしいし」 「なんかこう、すんなり噛み合わない話ね…」 二人して考え込んでいると、玄関の方からインターホンの音が聞こえた。 「あれ、お客さん?…かがみ、ちょっと待っててね」 「うん」 「こんにちは、かがみさん」 こなたに連れられて部屋に入ってきたのは、手に紙袋を持った友人のみゆきだった。 「みゆき?どうしたの?」 「はい、泉さんの旦那様に少し用事がありまして…」 そう言いながらみゆきは部屋を見渡した。 「いらっしゃらないようですね」 「うん、ダーリン今バイト中」 「旦那に用事って、なにかあったの?」 かがみがそう聞くと、みゆきは手に持った紙袋を少し上げて見せた。 「先日少し頼み事を聞いていただきまして、そのお礼にと」 かがみは呆れたように両の手のひらを上に向けた。 「律儀ねえ。そんなのメールでも打っとけば…って、そういえばメルアド分からないわね」 「はい、残念ながら…分かっていれば、都合のよい日を聞くことが出来たのですが」 なんとなく噛み合わない認識にかがみが苦笑していると、横からこなたが顔を突っ込んできた。 「ダーリンのメルアドはわたしだけのものだー」 「なんだその妙な独占欲は…ってか別に知りたくないわよ」 「ダーリンのメルアドは知る価値ないっていうの!?」 「そのめんどくさいキャラやめい!」 かがみはこなたの額に手刀を落として黙らせると、みゆきの方に向き直った。 「でも、頼み事聞いてもらたって、よく連絡取れたわね」 「えーっと、それはですね。先週の日曜日に、こちらの方に出かけてきたときに偶然会いまして、そのままわたしの家まで来ていただいたのです」 「………」 「………」 「わたしの家は少し遠いですから、本当に無理を言ってしまって申し訳なくて、それでこうしてお礼を…って、あの…どうかなさいましたか?」 微妙な表情で固まっているこなたとかがみに気がつき、みゆきは不安そうに二人の顔を交互に見た。 「先週の日曜日…」 「みゆきの家の近く…」 こなたとかがみはそう呟きながら顔を見合わせ、再びみゆきの方を向いた。 「ねえ、みゆき。ちょっと聞きたいんだけど…もしかして腕組んで歩いたりとかしてた?」 「はい、しましたが…あの、なにか駄目だったのでしょうか…?」 みゆきが不安げにそう呟いた直後、額が引っ付くくらい間近にこなたが接近していた。 「みゆきさんかーっ!!」 「ひぃっ!?」 静かな部屋の中に、時計の秒針の音だけが響いていた。 部屋の中央には、正座をさせられているみゆきとその正面で正座をしているこなた、そして椅子に座って背もたれに顎を乗せているかがみの姿があった。 「さて、みゆきさん」 「はい…」 「どうしてダーリンを誘惑したのか、聞かせていただきましょうか」 「いえ、その…誘惑とかそんなのでは…」 「っていうかさ」 二人の会話に、背もたれに顎を乗せたままかがみが口を挟んできた。 「ホントにみゆきなの?みなみちゃんは知らない人って言ってたんでしょ?みゆきならみゆきって言いそうなんだけど」 「みなみさんが…えっと、それは…多分ウィッグを付けて眼鏡を外していましたから、わたしだと気づかなかったのではないかと…」 「なるほど、ショートヘアってのはそれか…」 「変装までしてなんて、完全に黒だね。こればかりは、みゆきさんだからって容赦しないよ」 「ま、ままま待ってください泉さん!は、話を聞いてください!」 立ち上がり拳を鳴らすこなたに、みゆきは慌てて両手を振って見せた。それを見たこなたは、再び正座の姿勢に戻った。 「聞きましょう」 「えっとですね…実はあの人とデートをすることになりまして…」 「あの人って…あの人?」 かがみがそう聞くと、みゆきは黙って頷いた。 少し前に行われた陵桜学園三年B組の同窓会。そこでみゆきはクラスの副委員長をしていた男性に告白され、そのまま付き合うことになったという。 みゆきのいうあの人とはその人のことなのだろうと、かがみは納得した。 「それでですね、着ていく服を選んでたのですが、デートというのは初めてでしたから、どういう服が良いのか迷っていたところで泉さんの旦那様にお会いしまして…」 みゆきはそこでこなたの方をチラッと見た。こなたは憮然とした表情をしていたが、とりあえず攻撃してくる意思は無いと感じられ、みゆきは話を続けた。 「男性の方の意見も聞いてみたいと思いまして、わたしの家にご足労願って色々アドバイスをいただいていたんです」 「ふーん…まあ、女性遍歴がこなたしかないあの男に、どういうアドバイスが出来るのかってところは置いといて…腕組んでたのはどうしてなの?」 憮然としたまま何も言わないこなたに代わって、かがみがみゆきにそう聞いた。 「えーっと…その時に、髪形を変えたり眼鏡を外したりしたらどうかという話になりまして…」 「ああ、それでウィッグ付けたりとかやってたんだ」 「はい。それで、お恥ずかしい話なのですが、わたし高校のときより視力が落ちたらしくて、眼鏡を外すと足元がおぼつかなくなるんです。それで、旦那様に支えてもらっていたんです」 「ああ、そういうこと」 かがみはそう言いながらこなたの方を見た。こなたは未だ唇を尖らせているものの、表情はだいぶ和らいでいる。かがみは少し安心してみゆきの方に向き直った。 「腕を組もうって言われたときには、少しドキドキしてしまいましたが…」 余計なことを。かがみは頭を抱えたい衝動に駆られた。 「…そ、それ…旦那の方から言ったの…?」 「はい、そうです…が…」 聞くかがみも、答えるみゆきも、それを感じていた。こなたの方から漂ってくる冷たい空気。冷や汗が頬を垂れるのが分かった。 二人が恐る恐るこなたの方を見ると、冷気の根源は実に爽やかな笑顔を浮かべていた。 「ありがとう、みゆきさん。よく分かったよ。疑っちゃったりしてごめんね」 声も実に爽やかだが、その奥に潜むモノに、かがみもみゆきも恐怖を押さえることができないでいた。 「あ、あの…や、優しい方ですよね…無理を言ったのはこちらなのに、お気遣いいただいたりして…い、泉さんが添い遂げたいと思ったのも頷けると…」 みゆきはフォローをしようとしているのだろうが、その言葉はこなたには届かないだろうとかがみは思った。その優しさに下心が隠れているのは明白だからだ。 「うんうん、分かってるよみゆきさん。でも、そろそろダーリン帰ってくるし、今日は帰ってもらえるかな?二人でじーっくり話し合いたいからさ」 「あ、あの、泉さん…できれば穏便に…」 自分が巻き込んだせいだと思っているのか、なんとかこなたをなだめようとするみゆきを横目に、かがみはこっそりと部屋を抜け出した。 かがみが泉家を出てしばらく歩いたところで、前方から見知った顔の男性が歩いてくるのが見えた。 バイト先の制服なのだろうか。薄汚れたつなぎの作業服を着た、こなたの旦那だ。 「あれ、かがみさん。家に来てたのかい?」 「…ええ、まあね」 先に声をかけてきた旦那ののん気そうな表情に、かがみはため息をついた。 「あんたは今帰り?…まあ、自業自得なんだけど、気をつけなさいよ」 「気をつける?何に?」 かがみはもう一度ため息をつくと、さっきの出来事を旦那に話した。 「あー、あれがばれたのか…そりゃ大変だ」 全然大変そうに聞こえない口調に、かがみは心底呆れ果てていた。 「で、どうするの?」 「どうするって、そりゃ帰るよ」 「大丈夫なの?あのこなた、わたしでも怖かったわよ」 「さっきかがみさんも言ったけど、自業自得だからね。罪に対する罰は受けるよ」 本当になんでもない事のように言う旦那に、かがみは一際深いため息をついた。 「っていうか、最初は冗談のつもりだったんだけど、おもしろいうくらいみゆきさんが本気にするもんだから、つい調子に乗ってね…」 「そう言うのは自重しなさいっての…特にみゆきは、親しい人間相手には疑うって事忘れちゃう娘だから」 「うーん…まあ、次があったら気をつけるよ」 「次があったらね…ま、生きてたらまた会いましょ」 「まだ、死ぬ気はないよ」 手を振りながら、家に向かって歩き出す旦那。その背中に小さく祈りの言葉を呟き、かがみもまた家に向かって歩き出した。 ― おしまい ― コメント・感想フォーム 名前 コメント ランランルー -- 名無しさん (2011-01-29 02 02 39) 旦那オワタ\(^。^)/wwww -- 名無しさん (2009-12-24 11 56 16)
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大学を卒業し、何とか無事に就職が出来てしばらく経った頃だった。 「出来ちゃったみたい…」 何やら深刻っぽい声色で、こなたがそう言ってきた。 「…何が?」 何のことかさっぱりなので、俺はそう返しておいた。 「そ、その…あの…あ…赤ちゃん…」 俺は返事をするのも忘れて、ぽかんと口を開けたまま固まった。 「…誰の?」 何とか絞り出した言葉は、我ながら実に間抜けな質問だった。 「もちろん、わたしとダーリンのだよ」 こなたが照れくさそうに答えた。 俺は混乱が収まらず、いつの種で出来たんだとか、どうでもいいことばかりが頭を回っていた。 「…産んでいいよね?」 「え?な、なにを?」 こなたの問いに、またしても間抜けな答えを返してしまう。 なにって決まってるだろうに、何を言ってるんだ俺は。 「赤ちゃん…産んでいいよね?」 それでもこなたは、辛抱強く聞いてきた。 俺は平静さを戻すために、自分の頬を二度ほど叩いた。 「…産んで悪い理由が無いだろ?」 ある程度正気に戻った俺は、そうこなたに言った。 「だよね…えへへ、良かった。産むなって言われたらどうしようかと思ったよ」 「俺がそんなこと言うわけ無いだろ?」 俺は余程の理不尽で無い限り、こなたの言う事は聞いてやろうと決めていた。 多少大変なことでも、俺が支えてやればいい。 「俺たちの子供か…嬉しいな」 それに、冷静になって考えれば、それは俺にとっても喜ばしいことだ。 「うん、嬉しいよ…とても、ね…」 こなたが、自分のお腹を撫でながら目を細めた。 高校を卒業する頃には、とても想像できなかった幸せな時間。 「…あんたら…わたしの前でこういうシーン展開するのはわざとか?嫌味なのか?…」 その中でかがみさんがふてくされていた。 - 命の輪に喜びを - こなたの妊娠が分かってから、数ヶ月が過ぎた。 この事は、彼女の友人達にもそれなりに大きな出来事だったらしく、知れ渡ってからはみんなが家に顔を出すことが多くなった。 「こなちゃんのお腹、ホントに大きくなってきてるよ…」 「知識として知ってはいても、実際に見ると不思議な感じがしますね…」 今日は、つかささんとみゆきさんの二人が、こなたの様子を見に来ていた。 「名前は決めたの?」 つかささんが、こなたにそう聞いた。 「いや、まだなんだよ…そうだね、そろそろ決めないとねー」 こなたが答えながら、俺の方をチラッと見てきた。 「そうだな。やっぱ、こなたの名前からなんか考えたいな」 俺がそう言うと、何かツボッたらしくこなたの顔が見る見る赤くなっていった。 「わ、わたしの名前から?」 「うん、こなたみたいに可愛らしい子に育って欲しいからな」 俺に似るとかゾッとしないしな。 「そ、そんな…まだ女の子とか分からないのに…」 そういやそうだ。 「女の子に決まってるさ」 言い切ってみた。何の根拠も無いが。 「…う…あ…わ、わたし、お茶のおかわり淹れてくる!」 急に立ち上がって、居間を出て行くこなた。許容量を超えたのだろうが、お腹に赤ん坊がいるため、今まで見たいに転げまわることが出来ないのだろう。 「わたし、手伝ってくるね」 つかささんがそう言って、こなたの後を追いかけた。こなたの身体を気遣ってくれてるのだろう。 俺はカップに残っていた紅茶を飲み干し、ため息を一つ吐いた。 「…今のご気分はどうですか?」 唐突にみゆきさんがそう聞いて来た。 「不思議な気分だよ」 俺は正直な気持ちを答えていた。 「実感が湧かないって言うか…いや、こなたと出会ってからそんなことばかりなんだけど…なんつーか、ね」 自分でも曖昧な返事だと思う。しかし、今の気分はかなり言葉にしづらい。 なんとか的確な言葉を探そうと四苦八苦してる俺を見て、みゆきさんはクスクス笑っていた。 「な、なんだよ…」 「ふふ、すいません…なんだか、幸せそうですね。少し、羨ましいです」 「そう…かな」 そう見えるのなら、そうなのだろう。 本当に、こなたと合えたことを嬉しく思う。俺は今まで信じたことも無い神様というものを、少しばかり信じていいような気さえしていた。 「…こなちゃん?…こなちゃん!」 その時、キッチンの方から只事じゃなさそうなつかささんの声が聞こえた。 俺は居間を飛び出し、キッチンに飛び込んだ。 目に入ったのは、床に倒れているこなたと、抱き起こそうとしているつかささん。 「こなた!どうした!?…つかささん、なにが!?」 俺はそう聞きながら、つかささんにぐったりと身体を預けているこなたの傍に座り込んで、その手を握った。 「わ、わからないよ…こなちゃん、急に倒れて…」 つかささんが泣きそうな顔で、俺に答えた。 「…大丈夫…大丈夫だから…」 こなたの呟きが聞こえる。顔色も真っ青で、どう見たって大丈夫じゃない。 「救急車を呼びました…泉さん、少しご辛抱を」 いつの間にかキッチンに来ていたみゆきさんがそう言った。 「すいません、独断で…」 そして、俺に向かってそう謝る。 「いや、助かるよ。ありがとう」 正直、そこまで頭が回っていなかった。 「…大丈夫…大丈夫…」 まるで、自分に言い聞かせるかのようにこなたが呟き続けている。 救急車が来るまでの間、俺はこなたの手をずっと握り締めていた。 「…このまま出産を迎えれば、非常に危険であると言わざるをえません」 医者のその一言は、俺を打ちのめすのに十分だった。 「危険って、どういう…」 分かってはいるのに、聞かずにはいられなかった。 「赤ん坊の方は問題は無いでしょう…しかし、母体の方は最悪の事態もありうると…」 俺は、それ以上は何も言えなかった。 「奥さんから聞いておられなかったのですね」 「え?」 「妊娠が分かった際に、奥さんには出産は危険であることは伝えておいたのですが…」 俺は、後ろに立っているそうじろう養父さんの方を見る。養父さんは黙って首を横に振った。 「…なんで誰にも話さなかったんだよ…」 静かになった部屋に、俺の呟きだけが響いた。 「ごめんね」 病室にいたこなたが、最初に言ったのは謝罪の言葉だった。 「それは、何に対してのごめんねだ?」 俺がそう聞くと、こなたは困ったように眉根を寄せた。 「色々だよ…黙ってたこととか、色々…怒ってる?」 こなたが、俺の顔を覗き込みながらそう聞いてきた。 「正直、怒鳴りつけたい…なんで、誰にも言わなかったんだ?」 「反対されると思ったから…それだけだよ」 これまでの中でも、最大の我儘だと思った。俺はどう答えていいか分からなくなり、こなたの大きくなったお腹をただ見つめていた。 「…ごめんね…ほんとに…」 黙っている俺に、こなたが優しい声で謝ってきた。 「…何か、俺に出来ることはあるか?」 そのこなたに、俺はそう聞いていた。こなたのこのとんでもない我儘でさえ、俺は許そうとしている。つくづく甘い夫だ。 「そうだね…じゃあさ、普通でいてよ」 「…え?」 「わたしが良いって言うまでさ、いつも通りに、普通にしててよ」 「それは、俺にしか出来ないことか?」 「多分、ダーリンにしか出来ないよ」 こなたが確信を持ったように言い切った。どこからそんな自信が来るのかわからない。 俺は、正直自信が無かった。今のこなたを前に、普通でなんていられるだろうか。 でも、それがこなたの望みなら、こなたの支えになるのなら、俺に選択の余地はないだろう。 「分かった…約束するよ」 本当なら、大変だけれども心踊るような日々だったに違いない。実際、出産が危険だと分かるまではそうだったんだ。 今は、大変なだけだ。辛いと言ってもいい。 追い討ちをかけるように、俺の仕事が忙しくなり、こなたの見舞いに行くことが困難になってきた。 こなたは気にしていないと…むしろ仕事の方を優先して欲しいと言ってくれてはいるが、こなたのことが気になり仕事に身が入らない。ミスも多くなり、仕事がますます増えていく。 悪循環だ。 こなたの病室に顔を出せた時も、傍目に普通に出来てるかわからない。 俺は、こなたとの約束を守れるのだろうか。 悪い感情ばかりが増えていく。 本当に、最悪だ。 その日、仕事から帰った俺は、洗面所で今日の昼飯を戻していた。 ここ数日は何を食べても戻すことが多い。ストレスが溜まりきってるのだろうか。 こなたの容態があまり良くなく、養父さんが病院に詰めて、家を空けがちなのは幸いだった。 こなたを託されておいてこんな様だ。正直、見られたくない。 「…あの、大丈夫ですか?」 「…え?」 誰もいないはずなのに声をかけられた。俺は驚いてそっちの方を見た。 「どうしてここに?」 そこにいたのは、高校を卒業した後、実家に戻っていたはずのゆたかちゃんだった。 「ごめんなさい。勝手に入っちゃって…インターホン鳴らしても反応が無かったから、心配になって…戻してたみたいだけど、大丈夫ですか?」 「ちょっと、仕事がきつかっただけだよ。心配ない」 正直、大丈夫じゃないけど、俺は無理矢理笑顔を作って見せた。 普通に見せないと。そう思って。 「いや、しっかし酷い有様だねー」 居間の方からまた違う声が聞こえた。あの声は、成美さんか。 「叔父さんもあんまり家にいてないんでしょ?疲れてるのは分かるけど、片づけくらいはちゃんとしたほうがいいよー」 居間に入ると、成美さんに説教じみたことを言われた。確かに家のあちこちが散らかっている。 「…しょうがないですよ。俺は整理とか苦手なんです」 それでよくこなたに怒られていた。その事を思い出すと胸が痛み、思わず顔をしかめた。 「まーそうだろうねー。こなたからそう言う事聞いてたし。だからね…ほら、ゆたか」 成美さんが、ゆたかちゃんの背中をポンと叩いた。 「え、えと…こなたお姉ちゃんが退院するまで、わたしが住み込みで家事をしますね」 ゆたかちゃんがそう言った。 「それは…大変じゃないのか?」 ゆたかちゃんだって、暇じゃないはずだ。 「そうかしれません…でも、些細なことです」 「いや、でも…」 「何を心配してるか知らないけど。こういう好意は素直にうけとりなよ」 成美さんが、今度は俺の背中を軽く叩いた。 「こなたを支えなきゃいけないんでしょ?…だったら、そのキミをわたし達が支える。そう言う事だよ」 いつもと変わらない調子で、成美さんはそう言った。 「…どうして?」 その成美さんに、俺はそう聞いていた。本当にどうしてか分からなかった。 「家族だもの。当たり前じゃん」 俺は、胸の奥がキュッと締まるような感覚を覚えた。 当たり前。この人たちは、当たり前の事を当たり前のようにしてるだけ。家族だからという、その一事だけで。 俺は、こなたのことばかり考えていて、全く周りが見えていなかった。 頑張ろう。そう、強く思った。 支えてくれる人がいるなら、俺はこなたを支えていける。悪循環が、断ち切れるような気がした。 「ありがとう…ゆい姉さん。ゆーちゃん」 俺は、無意識に二人をそう呼んでいた。 「おや、やーっとそう呼んでくれたねー」 ゆい姉さんが嬉しそうに頷く。その様子を見ていたゆーちゃんが、クスクスと笑ってるのが見えた。 「まあ、がんばんなよ、ゆたかも旦那さんも。わたしも暇出来たらこっちに顔出すから」 「…お姉ちゃん。来るのはいいけどあまり散らかさないでね?」 ゆーちゃんが困ったようにそう言った。 「う、何てこと言うかねこの子は…まるでわたしが何時も散らかしっぱなしみたいな…」 その姉妹の会話を、俺は笑って聞いていた。久しぶりに、ちゃんと笑えた気がした。 もし彼女達が支えを必要とした時は、今度は俺がしっかりと支えてあげよう。 一人の家族として。 俺が病室に入ると、こなたは上体を起こして本を読んでいた。 「調子良さそうだな」 俺がそう聞くと、こなたは頷いて見せてくれた。 「ダーリンも、調子良さそうだね…最初の頃はちょっと心配だったけど」 ベッドの隣にある椅子に座った俺に、こなたがそう言ってきた。 「俺の心配なんかしてないで、自分の心配しろよ」 そう言えるくらい、俺の調子は良くなっていた。それに釣られるように、こなたの調子も良くなっていく。 いい傾向だ。こなたが俺に求めてたのは、こういう事だったんじゃないかとすら、思えてきた。 ふと気がつくと、こなたは読んでいた本を置いて、俺の顔をじっと見ていた。 「な、なんだ?」 「ねえ、ダーリンはさ、かがみの事は好き?」 こなたらしい、なんの脈絡も無い質問だ。 「それは、どういう意味での『好き』なんだ?」 その辺りはハッキリしておかないとな。 「そりゃもちろん、異性としてだよ」 「…浮気オーケーと受け取っていいのか、それは?」 「いや、そうじゃないけど…あー、いやそうなのかな…うー」 今度は、いきなり悩み始めた。 俺は、いつもの調子の会話に少し嬉しくなっていた。 「ま、まあ、そこは置いといて、どうなの?」 こなたが重ねて聞いてくる。こうやってしつこく聞いてくるときは、何らかの意図があってのことだ。それが、いい事か悪いことかは置いといて。 「まあ、魅力的ではあるな…」 変な勘ぐりされても困るので、少し控え目な表現をしておいた。 控え目に言わなければ、かがみさんはかなり魅力的だと思う。怒ると怖いけど。 「ふーん…まあ、好意はある、と」 なんだか、拡大解釈されてるような気がする。 「んじゃさ、一つだけお願いしていい?」 「ん、なんだ?」 こなたがお願いって表現を使うのは、珍しい気がする。 「わたしにもしものことがあったらさ、かがみと再婚して欲しいんだ」 俺は、頭の奥が一気に冷えていくのを感じた。 「…ふざけてるのか?」 冷えた感覚そのままに声を出す。 「ふ、ふざけてるわけじゃないよ…」 思ったより冷たい声が出たのだろう。こなたが少し怯えているのがわかった。 「冗談じゃないなら、なおさら止めてくれ。そんなもしもの話なんて…」 最悪の事態なんて、考えたくもない。 「…絶対なんて無いんだよ…そうなる確率は無くならないんだよ…」 「こなた…」 「だから、そうなった時のために、なんかしておきたいんだ…この子には、母親ってのを感じさせてあげたいなって」 理解はできる。でも、納得は出来ない。 「…なんで、かがみさんなんだ?」 俺は答えが出せずに、話を逸らした。 こなたと付き合い始めた時から気にはなっていた。こなたはどうしてか、友達の中でもかがみさんには特別な思い入れというか、こだわりのようなものを持っている気がしていた。 「あー…それは、その…んー…まあ、いいか。こんな事話す機会なんてもうないだろうしね…」 こなたは、何故か頬を赤らめて頭をかいた。 「えっとね、驚かないで聞いてね…かがみと知り合ったのは高校の時なんだけど…その…その時にね、わたしはかがみの事好きだったんだ…えと…せ、性的な意味で」 「…同性愛…か?」 それは、驚くなと言うほうが無茶だ。 「うん、まあそんな感じ…あ、でもね、わたしが完全に同性愛者だってことじゃないと思うんだ。現にこうやってあなたと結婚して、子供も作ってるし、女の子にそう言う気持ち持ったの、かがみだけだったし…」 なんと言うか、微妙な気分だ。 「…浮気を見つけたときって、こんな気分なんかな」 俺がそう言うと、こなたはわたわたと手を動かして、言い訳を始めた。 「ああああ、違うよ。浮気とかじゃないよ。昔のことだよ。今はそんな気持ち薄れてるし、かがみはそんな気持ち全然無かっただろうし…」 もし、かがみさんがそんな気持ちを持ってたら、壮絶な三角関係になってたかもな…。 「だからその…かがみなら、いいかなって…わたしの全部、託してもいいかなって思って…」 最後の方は、呟くような声になっていた。 高校の時に好きだったという気持ち。こなたは今でも、その気持ちを持っているんじゃないだろうか。だからこそ、ここまでかがみさんを信頼することが出来るんじゃないだろうか。そう思うと、少しばかり嫉妬のような想いが湧き上がってきた。 「…飲み物でも、買ってくるよ」 「え?…あ、うん…」 その気持ちをこなたに悟られるのが嫌で、俺は適当な理由で部屋を出ることにした。 廊下に出ようとすると、ドアの前にいたかがみさんにぶつかりそうになった。 「あれ?かがみさん、今日は早いんだね」 いつもは、もう少し遅い時間に来るはずだ。 かがみさんからの返事は無い。思いつめたような表情が、少し気になった。 「こなた、今日は身体の調子が良いみたいなんだ。俺は少し買出ししてくるから」 俺はそう言って、廊下を歩き出した。 「…なんであんなに普通なのよ…」 後ろからかがみさんの呟きが聞こえた。 自販機で俺とこなた、それにかがみさんの分のお茶を買って、病室へ引き返す。 その途中で俺は、かがみさんのことを思っていた。 彼女はこなたが入院してから、ほぼ毎日見舞いに来ている。自分も仕事があるというのに、無理に時間を割いて顔を出していた。 かなり無理をしているらしく、日に日に弱っているように見えて、こなたも大分心配をしていた。 ふと俺は、どうしてかがみさんはそこまでしてこなたの見舞いに来るのだろうと、疑問に思った。 こなたへの思い入れと言うか、こだわりが少し普通じゃないような気がした。 さっきのこなたの話を思い出す。高校時代に、かがみさんのことが好きだったという話を。 「…まさかな」 俺は声に出して呟いて、足を速めた。 「ふざけないでよ!あんた何言ってるか分かってるの!?」 病室の前まで来たところで、中からかがみさんの怒鳴り声が聞こえた。俺は、持っていたお茶の缶をその場に放り出して、病室に飛び込んだ。 「そんなこと出来るわけ無いじゃない!あんた、わたしをからかってるの!?」 中では、かがみさんがこなたの胸倉を掴んで怒鳴りつけていた。 「お、落ち着いてよかがみ…そんな大きな声出したら、隣の部屋の人とかに迷惑だよ」 「あんたが変な事言うからでしょうが!」 俺はこなたとかがみさんの間に身体をねじ入れ、二人を引き離した。 「かがみさん、ホントに少し落ち着こう。それで、良かったらわけを聞かせてくれないか?」 「わけも何も、こいつが…」 かがみさんは、そこで言葉を切った。視線はこなたの方を見ている。俺もこなたの方に視線を向けた。 「………」 こなたが顔色を真っ青にして、ベッドの上でうずくまっていた。 「…な、なに?…どうしたの、こなた?」 「…い、いたい…」 かがみさんの問いに、こなたがかろうじてそれだけ答える。俺はベッドの横にあるナースコールのボタンを押して、こなたの傍にいき、その身体を抱きしめた。 「…こなた、大丈夫か?」 「…大丈夫…大丈夫…だよ…」 こなたの耳に囁きかけるように俺が聞くと、ほとんど聞き取れない声で答えが返ってきた。これは、かなり不味いかもしれない。 「陣痛だよ。始まったのかもしれない」 何が起こっているのか分かっていないのか、その場に突っ立ったままのかがみさんに、俺はそう言った。 「な、何が…?」 かがみさんがそう聞いて来たところで、何人かの看護士が部屋に入ってきた。苦しむこなたを担架に乗せて運び出す。俺はそれについて部屋を出た。 結果を簡単に言うと、こなたも赤ん坊も無事だった。その事が分かったときには、心の底からほっとした。 「あれ?こなた達は?」 病室に入ってくるなり、かがみさんが挨拶もなしにそう言った。 「母娘揃って検査だよ」 俺は読みかけの本をベッドの上に置いて、かがみさんに椅子を譲るために立ち上がろうとした。その俺を手で制して、かがみさんはベッドの上に腰掛けた。 「今日はあんまり時間無いから、こっちで良いわ。こなたの顔見たら帰るつもりだったし」 「そっか…」 しばらく会話が途切れる。こなたを間に挟まないと、意外と喋れる事が無いんだな。 「…あの時は、ごめんね」 唐突に、かがみさんがそう言った。 「何が?」 「子供が生まれた時の…こなたに怒鳴ったの。あんたも嫌な気分だっただろうし…」 「ああ、あの時の…」 どうして怒鳴ってたかは見当がつく。こなたはかがみさんに、『もしものとき』のことを話したのだろう。 「あの後、かなり自己嫌悪したわ…あれが原因でって事になったら、落ち込むくらいじゃすまなかっただろうけど」 「まあ、大丈夫だったから問題ないよ」 俺がそう言うと、かがみさんは呆れた表情をした後、盛大にため息を吐いた。 「なんだか深刻なわたしが馬鹿みたいね…」 いや、多分深刻じゃないほうが問題だと思うけど。 「…唐突だし脈絡もないし、かなりアレなんだけどさ…変な事言っていい?」 「そう言う事は、こなたでだいぶ慣れたよ」 「そう…あのね、高校の時にわたしがこなたの事好きだったって言ったら、驚くかな」 それは驚く。多分、かがみさんが考えてるのとは少々違う意味で。 「…どういう意味での好きなのかな?」 念のために、聞いてみた。 「どうって…えーっと…ラブ的な意味、かな?」 なんと言うか…俺は驚きを通り越して、呆れた気分になっていた。 「…そういうのもあったから、あの時こなたに本気で怒っちゃったのかもね…あー…やっぱ変よね。こういうの」 「いや、そうでもないんじゃないかな…こなたも同じ事言ってたし」 思わず言ってしまった俺の言葉に、かがみさんが目を丸くする。 「こなたが?…えっとそれってもしかして、こなたが高校の時にわたしをって事?」 俺は頷いた。 「…なんだ、そうだったんだ。相思相愛だったんだ…勿体ないことしちゃったかな?もし、告白とかしてたら上手くいってたかも」 「それは困るな」 「どうして?」 「俺がこなたと出会えなくなる」 俺の言葉に、かがみさんがクスッと笑った。 「そうね、それは困るわね…じゃ、お邪魔な私は帰るとするわ」 かがみさんがベッドから立ち上がり、ドアの方へと向かう。 「こなたに会っていかなくて良いのかい?」 俺がどの背中に向かってそう言うと、かがみさんは振り向きもせずにひらひらと手を振った。 「今日はいいわ。じゃね」 そう言って、ドアから出て行くかがみさん。 「あれ、かがみ?帰るの?」 その直後に、ドアの向こうからこなたの声が聞こえた。丁度戻ってきたところらしい。 「あ、うん。今日は時間内から。またね、こなた」 ドアを開けてこなたが入ってきた。 「かがみ、機嫌よさそうだったけど何かあったの?」 こなたはそう言いながら、ベッドに腰掛けた。 「ん、ああ、ちょっとな…お前だけか?」 赤ん坊も一緒に検査に行ったはずなのに、戻ってきたのはこなただけだった。 「うん。あの子の方は、もうちょっと時間かかるって」 「そうか」 しばらく、沈黙が続く。 「…もう、良いんだよ」 唐突にこなたがそう言った。 「何がだ?」 本当に何のことか分からず、俺はそう聞いていた。 「ほら、言ったじゃない『わたしが良いって言うまで、普通でいて』って」 「ああ、そう言えばそうだっけ」 正直、忘れてた。 「だからさ、もう良いんだよ…色々溜め込まなくてもさ」 あの時の俺なら、その言葉に甘えていたかもしれない。でも、今はもうそんな事は何一つ無い。 俺からのリアクションが全く無いからか、こなたがムッとしていた。 「なんだよー。ここは溜め込んだものを吐き出したりとか、泣き出したりとかするところじゃないのー?」 実に不満そうだった。 「普通なら、そうかもな」 「普通にしなくていいから、ノーリアクション?…なにが普通なのか分からなくなってきた…」 俺もだ。 「お前は、どうなんだ?」 「ふえ?」 こなたは振られたことが予想外だったのか、キョトンとした表情でこっちを見た。 「こなただって、色々溜め込んでたんじゃないか?」 本当にそうなのかは知らない。こなたは達観したところがあるから、そう言う心配は無いかもしれないけど、溜め込んでるものがあるなら、吐き出させてやりたかった。 「…怖かったよ…すごく怖かった…」 こなたは俯いて、それだけを呟いた。 「…そうか」 俺はこなたの横に座って、その身体を抱き寄せた。 こなたがほんの少しだけ見せた弱さ。俺はその意味を大切にしたいと思い、こなたを抱く手に力を込めた。二人の顔が自然と近づいていく。 「こなちゃーん!お見舞いに来たよ!調子どう!?」 その瞬間、時間が止まった。俺達は唇を合わせたままの格好で。つかささんはドアを開けたままの格好で。 「…つ、つかささん…だからノックはしたほうが良いと…」 つかささんの後ろから、みゆきさんがそう言いながら顔を覗かせていた。 「え、えっと…わたし達のことは気にしないで続きを…」 「つかさ…怒ってないから、ちょっと表でようか?」 「えええ!?」 「やめい、やめい」 つかささんの手を掴んで、病室から連れ出そうとするこなたの手を、俺が掴んで止める。 「折角、いいシーンだったのにー」 こなたは、ベッドに上がって不貞寝してしまった。 なんとも締まらないが、それくらいが丁度良いような気がした。 モノクロだった世界は、いつしか憧れていた色に満ちていた。 そのきっかけをくれた一つの出会い。 そこから、幾重にも繋がり続ける命の輪。 その中にいる喜びを、何よりも大事にしていきたい。 誰よりも大事な人と、分かち合いたい。 ゆるゆると、曖昧な答えで、俺たちらしく。 - 終わり -
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ばれるわけが無い。そう自分に言い聞かせて、少女はそれに近づいた。 ばれてしまっても、ちょっとした悪戯で済むはずだ。そういった軽い気持ちで事を実行に移す。 それが、あの惨事への幕開けとも知らずに…。 - チョココロネは食べられない 出題編 - 「ふ~んふふ~ふふ~ふん♪」 「朝からえらくご機嫌ね」 ある日の登校時。かがみは先程から鼻歌を歌いながら歩くこなたにそう聞いた。 「そりゃあ、機嫌も最高潮になるよ…ほら、これ見てよ」 そう言ってこなたが鞄から取り出したのは、なにかの店の名前が書かれた紙袋だった。 「ベーカリーってことはパン?どこのお店の?」 「あ、こなちゃんそれって駅前のパン屋さんの!?買えたんだ、すっごーい」 それを見たつかさが歓声を上げた。 「ホントですか!?わたしもあのお店のパンは凄く好きなんですよ」 珍しいことにみゆきまでもが食いつく。 「えっ…二人とも知ってるんだ。どこのだろ…」 「おーっと。食いしん坊かがみんがこの情報を知らないなんて、槍が降るねこりゃ」 「うるさいなあ。わたしだって年がら年中食べ物のこと考えてるわけじゃないわよ…ってかそんなに食いしん坊って訳でもないわよ」 かがみが何時も通りこなたにからかわれようとしているのを察したつかさは、助け舟を出そうと二人の会話に口を挟んだ。 「ほら、お姉ちゃんアレ。この前まつりお姉ちゃんが買ってきたのだよ。お姉ちゃん、美味しいって五個くらい食べてたじゃない」 助けるどころか上から重しを落としていた。 「…五個て…」 「…あのパン屋さん、普通のところより全体的にパンが大きかったですよね…」 こなたどころか、みゆきまでもが一歩引いてかがみを見つめていた。 「…つかさ…後で覚えてなさいよ…」 「えーっと…あ、そうだこなちゃん!どんなパン買ったの!?見せてほしいな!」 見つめられている箇所がチリチリと熱いかがみの視線を受けたつかさは、冷や汗をたらしながら話題を変えようとした。 「つかさ、タゲ逸らし乙。ま、それはそれとして…聞いて驚け!なんと限定チョココロネをゲットできたんだよ!」 某ハイラルの勇者のごとく、高々と紙袋を掲げるこなた。それを見て、かがみが呆れた顔をした。 「チョココロネって、またあんたらしいな…ってかコロネ一つでそんな大層な…つかさ?」 かがみはつかさの様子がおかしいことに気がついた。魂が抜けたかのように、こなたの持つ紙袋を見つめている。 「つかさ?おーい、つかさー?」 かがみがつかさの顔の前でひらひらと手を振る。 「って、えええええええぇぇぇぇぇぇっ!?」 「うわあ!?びっくりした!」 それに反応したのか、つかさが突如大声を上げ、かがみは驚いて三歩ほど後ろに下がった。 「ど、どうしたのよ?急に…」 「だってチョココロネだよ!数量限定だよ!一番人気なんだよ!普通買えないよ!どうやって買ったのこなちゃん!?」 普段からは想像もつかないような勢いでまくしたてるつかさを、かがみは冷や汗をたらしながら見ていた。 「そ、そんなに凄いんだそのコロネ…みゆきは当然知ってるのよね?…って、みゆき?」 かがみが先程までいた場所からいなくなったみゆきを探すと、こなたが掲げる紙袋に今にも食いつかんとする位置にいた。 「ちょっとみゆき!なにやってんの!?」 「え?…って、うわあ!みゆきさん!?」 かがみの声でみゆきの接近に気がついたこなたが、慌てて紙袋を胸元に抱き込んだ。 「あっぶなー…かがみならともかく、みゆきさんは盲点だった…」 「どういう意味だ…ってか、ホントになにやってるのみゆき…」 「す、すいません…その紙袋を見てたら無意識に…」 「みゆきが理性を無くすほどなんだ…ねえ、こなた」 「一口もあげない」 「…まだ何も言ってないわよ…いや、当たってるんだけど…」 これ以上外に出しておくのは危険だと感じたこなたは、紙袋を鞄の中にしまい込んだ。 「今日はニ時間目の体育がマラソンだったから、かなーりブルーだったんだけどねー。これでばっちり乗り切れるよー」 これ以上はないくらい嬉しそうに鞄を抱きかかえて歩き出すこなた。 「こなちゃん、いいなー」 「はい。羨ましいです…」 そのこなたの後ろをつかさとみゆきがついていく。 「………ふーん」 その更に後ろを歩くかがみは、顎に手を当てて何かを考え込んでいた。 体育の時間。こなたは文字通り風となっていた。 「うりゃりゃりゃりゃー!!」 「…こ、こなちゃん…速すぎるよ…」 「…ぜ、全然追いつけませんね…」 つかさどころか、みゆきすらも周回遅れにしそうな勢いのこなたを、クラス全員が『こいつホントに人間かよ』みたいな目で見ていた。 「いやー、走った走った。これだけお腹空かせれば、お昼もより美味しくなるに違いないよ」 「…それで…あんなに、張り切ってらしたんですね…」 満足気に汗を拭くこなたの横で、みゆきが息も絶え絶えに座り込んでいた。 「ってかみゆきさん、わたしに合わせようとしなくても良かったのに」 「…周回遅れは…嫌でしたので…」 「うーん。みゆきさんは、変な所で負けず嫌いだなあ…タオル、濡らしてこようか?」 「…はい…お願いします…」 こなたはみゆきからタオルを受け取ると、水道の方へと駆け出した。 「…まだ…走れるんですね…」 呆れたようにこなたを見送ったみゆきは、自分と同じようにへたばっていたつかさが、立ち上がって校舎の方を見ているのに気がついた。つかさの目線を辿ってみると、どうやら自分達の教室の方を見ているようだった。 「…つかささん?どうかなさいましたか?」 みゆきがそう声をかけると、つかさはビクッと身体を震わせ慌てて視線を戻した。 「な、なんでもないよゆきちゃん…なんでもないから」 「…そうですか?」 「次乗り切れば、お昼だねー」 三時間目終了後の休み時間、こなたは嬉しそうにつぎの授業の準備をしていた。 「こなちゃんのコロネが気になってしょうがないよ…」 「そうですね…」 つかさとみゆきは授業の準備をしながらも、こなたの鞄を見つめていた。 「よし!準備完了!トイレでも行くか!」 そう高らかに宣言しながらこなたは席を立った。 「こ、こなちゃん…そんな事あんまり大きな声で………あ…こなちゃん、わたしもいくよ」 そう言いながら、こなたに続いてつかさも席を立つ。 「んじゃ、連れションといきますか!」 「こなちゃーん、やめてー」 教室にいる全員の視線を集めながら、二人は教室を出て行った。 「…つかささんも、大変ですね」 二人を見送ったみゆきは、次の授業の予習を始めようとした。しかし、ふと目に入ったこなたの鞄に視線が止まる。しばらく鞄を見つめていたみゆきは、何かを振り払うように首を振ると、自分の机に向かった。 「ただいまー」 しばらくして、こなたが一人で教室に入ってきた。 「お、おかえりなさい、泉さん…あ、あのつかささんは?」 「んー、それがね、わたしがトイレから出た時にはもういなかったんだよねー…どこ行ったのやら」 「そ、そうですか…」 「…みゆきさん?」 「は、はい?なんでしょう?」 「なんか顔色悪いよ?気分でも悪いの?」 「い、いえ!なんでもありません!何時も通りですよ、わたしは!」 「そう?…んー、まあいいけど」 二人が話していると、つかさが教室に入ってきた。 「あ、つかさー。どこ行ってたの?せっかく肩組んで帰ろうとでも思ってたのに」 「ごめんね、ちょっと喉が渇いたから自販機に行ってたの…っていうか、そんな恥ずかしいこと出来ないよ…こなちゃんと肩組むの大変そうだし」 「む、それは遠まわしにわたしの背の低さを非難しているのかね」 「そ、そうじゃないけど…って、あれ?ゆきちゃん?」 「…な、なんでしょう?」 「なんだか顔色悪いけど、大丈夫?」 「あ、つかさもやっぱそう思う?」 「うん…気分悪いんだったら、保健室行こうか?」 「い、いえ…ご心配には及びません、はい…」 「そう?だったらいいんだけど…」 こなたとつかさは、なんとなく腑に落ちない表情で、顔を見合わせた。 そして昼休み。 「うにょわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」 それは、こなたの奇妙な悲鳴で幕を上げた。 「ど、どうしたのこなちゃん!?…ていうか今のって悲鳴でいいの?」 「つかさ!つかさー!なんで…なんでこんなことにー!」 こなたは近寄ってきたつかさの両肩をがっしり掴むと、力任せに前後に揺さぶった。 「お、お、お、お、落ちつい、落ち着いて、こな、こな、こなちゃ」 「あ、あの泉さん…つかささんが大変なことになってますんで…」 みゆきがこなたを止めようと声をかけたが、今のこなたに声は届かないようだった。 「なーんーでーだーよー!」 「…こ、こな…おねが…まって…」 さらに激しくこなたがつかさをシェイクしていると、教室のドアが開いてかがみが入ってきた。 「ねえ、さっきの悲鳴?で、いいの?は、こなたっぽかったんだけど、何かあったの…って何をやってるんだお前は」 かがみはこなた達に近づくと、意識が朦朧としてるのか力なくカクカク揺れてるつかさを、こなたから引き剥がした。 「大丈夫ですか?つかささん…」 「…大丈夫…地球が震えてるから大丈夫…」 「かがみー!かがみー!これ見てよー!」 みゆきがつかさを介抱してる傍で、こなたはかがみにコロネの入った紙袋の中を見せた。 「…え…こ、これって…」 それを見たかがみは絶句した。 紙袋の中にあったのは、無残にも踏み潰されたチョココロネだった。袋の内側にチョコが飛び散り、靴の跡も痛々しく、もはや食せる物ではなかった。 「…なんで?…どうして、こんなことに?…」 「そんなのわたしが聞きたいよ!」 少し顔を青ざめさせながら聞くかがみに、こなたは噛み付きそうな勢いで答えた。そしてしばらく考え込むと、つかさを介抱しているみゆきに顔を向けた。 「みゆきさん!」 「は、はい!?」 「犯人見つけてよ!この前の資料室の時みたいにパパッとさ!」 「…え…あ、わたしが…ですか?」 「みゆきさんがこういうとき一番頼りになるんだから!」 期待に満ちた目で見つめるこなたからみゆきは目を背けると、俯いて考え込み始めた。 「…みゆきさん?」 「…いえ…そうですよね…分かりました、放課後までには何とか…」 俯いたまま答えるみゆきに、こなたは違和感を感じた。 「みゆきさん、ホントに大丈夫?」 「大丈夫です…ご心配なく」 「…だったらいいんだけど…はい、これ」 こなたはみゆきに、コロネの入った紙袋を手渡した。 「何かのヒントになるかもしれないし、みゆきさんが持ってて」 「あ、はい…」 みゆきは紙袋の中を覗き込んだ。中に入ってるのは目を背けたくなるような惨状のチョココロネ。 「…あれ?」 それを見たみゆきは首を捻った。 「どうかしたの?みゆきさん」 「…これって…」 こなたの言葉が聞こえなかったのか、みゆきはコロネを見つめながら考え込んでしまった。 放課後。すっかり人の出払った教室に、みゆき以外の三人が集まっていた。 「…みゆき、遅いわね」 机の上に頬杖をついたかがみが呟いた。ホームルームが終わった直後にみゆきの姿が消えたため、三人はしかたなく教室で待機していた。 「うん…どうしたんだろ?」 「わたし、ちょっと見てくるよ」 こなたが立ち上がり、みゆきを探すために教室出ると、丁度廊下の向こう側から歩いてくるみゆきを見つけた。 「あ、みゆきさーん」 「…泉さん」 「どこ行ってたの?みんな待ってるよ」 「すいません、少し証拠固めに職員室と購買の方にいってました…あまり利用しないので知りませんでしたが、購買は朝から開いているんですね」 「うん、部活の朝連の人とか利用するみたい…それで、犯人は分かったの?」 「はい、一応は…行きましょう、泉さん…真実のその向こうまで…」 「…え?」 こなたとみゆきの二人が教室に入り、四人はいつもお昼ごはんを食べる時のように机を囲んで座った。 「さて、今回の事件の犯人ですが…」 切り出すみゆきに他の三人の視線が集まる。 「残念ながら、この四人の中の誰かです」 「…え」 「…うそ」 「…わたしも容疑者なの?」 みゆきの言葉に、かがみとつかさは唖然とし、こなたは自分を指差して困った顔をした。 「一応、前提としてはそうなります。被害者だからと言って犯人ではないということはありませんし…勿論、探偵役も特別ではありません」 「で、でもなんでわたしたちなの?」 「泉さんが、このチョココロネを持っているのを知っているのは、恐らくこの四人だけだからです。コロネの存在を知らなければ、わざわざ泉さんの鞄を漁ることはないでしょうから」 みゆきはいつになく緊張した声でそう言った。そして、心を落ち着かせるために深呼吸をして、犯人を指摘する為に口を開いた。 「チョココロネを踏み潰した犯人は…」 「はい、今回は出番の無かった小早川ゆたかです」 「…同じく岩崎みなみです」 「…みなみちゃんは前回も出てなかった気がするんだけど…」 「無残にも踏み潰されたチョココロネ。果たして犯人は四人の内の誰なのか?」 「え?あれ?みなみちゃん?」 「みなさんもみゆきさんと共に、正解率99%の暇つぶしに挑んでみてください。では、今回はこの辺で…」 「え?もしかして締めちゃった?わたしがここにいる意味は?」 「………」 「みなみちゃん、どこいくの!?みなみちゃーん!」 ※ここから解答編 「岩崎みなみです」 「………」 「さて、みなさんは真相に辿り着くことができましたか?」 「………」 「それでは、解答編の幕開けです………ゆたか?」 「………」 「…等身大ポップ…いつの間に…」 - チョココロネは食べられない 解答編 - 「チョココロネを踏み潰した犯人は…」 みゆきはそこで言葉を止めてしまった。やはり指摘するのを躊躇してしまう。だが、それでも言わなければいけない。みゆきは勇気を振り絞って、言葉の続きを口にした。 「犯人はわたしです」 そう、これは自分の罪なのだから。 「………みゆきが?」 実際には短かったのだろうが、異様に長く感じる沈黙の後、かがみがそう呟いた。 「はい、わたしです」 「いつ?」 「三時間目と四時間目の間の休み時間です。その時に、泉さんとつかささんが教室から出て、わたし一人になっていました」 「…どうしてそんなことをしたの?」 「…言い訳に聞こえるかもしれませんが、踏み潰すつもりはありませんでした。ただちょっとだけ見てみたい…そう思ったんです」 みゆきはそこで、自分の鞄の中からこなたから預かった紙袋を取り出した。 「紙袋からチョココロネを取り出したときに、手を滑らせて床に落としてしまったのです。そして、それを慌てて拾おうとして、足をもつれさせて…」 その時の惨状を思い出したのか、みゆきは目を瞑って身を震わせた。 「幸い…いえ、不幸にもその時、クラスの誰もわたしの方を見ておらず、気づいた人はいませんでした。わたしは何を思ったのか、潰れたチョココロネを紙袋入れて泉さんの鞄に戻し、床に付いたチョコをふき取って自分の席に戻ったのです…そして、戻ってきた泉さんに何も言えず、そのままお昼休みになってしまったと言うことです…本当に、申し訳ありませんでした」 みゆきはこなたに向かい深々と頭を下げた。 「…泉さん?」 しかし、こなたからの反応が何もない。みゆきは違和感を感じて、顔を上げてこなたの方を見た。こなたは俯いていて表情が読み取れない。 「とりあえずこれで、今回の事件は終りよね?後はこなたとみゆきの問題だし、わたし達は帰るわよ…行こう、つかさ」 そう言って、かがみが席を立った。 「待って下さい、かがみさん。まだ終わってはいません」 こなたからの反応が未だに無いのを気にしつつも、みゆきはかがみが帰るのを引き留めた。 「え、でも踏み潰したのがみゆきならこれ以上何が…」 「あるんです…見ててください」 みゆきは自分の鞄から、ビニール袋に入ったチョココロネを取り出した。 「これは先程購買で購入したものです」 そして今度は、紙袋から潰れたチョココロネを取り出して、手で出来るだけ元の形になるように整えた。 「それを、わたしが潰したチョココロネに重ねてみます」 みゆきが二つのチョココロネを重ね合わせる。それを見たかがみの顔色が変わった。 「このように、この二つのチョココロネは大きさが全く同じです…おかしいですよね?」 かがみに向かい、みゆきがそう言った。かがみが思わず視線を逸らしてしまう。 「な、なにがよ?」 「朝の会話を思い出してください。泉さんがチョココロネを買ったお店は、普通のお店よりパンが大きいんです。それはチョココロネも例外ではありません。にも拘らず、このチョココロネは購買で購入したものと大きさが同じ…そこから考えられることはただ一つ」 みゆきは一度言葉を切り、改めてかがみの方をしっかりと見据えた。 「わたしが踏み潰す前に、何者かがチョココロネをすり替えていた…ということです」 「な、なんでそれをわたしの方向いて言うのよ…」 「すり替えたのが貴女だからです、かがみさん」 少しばかり長い沈黙の後、かがみはみゆきを睨むような目つきで見据え、席に座りなおした。 「わたしが、いつチョココロネをすり替えたって言うの?昼休みまでのどの休み時間も、そっちのクラスには行ってないわ」 「そうですね。それに、休み時間に来たとしてもわたし達のうち誰かがいましたから、チョココロネをすり替えるのは不可能です」 「だったら…」 「休み時間以外ならどうでしょう?」 「い、以外って…そんなの…」 「かがみさんは、朝のわたし達の会話を聞いて、チョココロネをすり替える計画を思いついたのではないでしょうか…一時間目が始まる前に購買でチョココロネを購入しておき、二時間目の間に授業を抜け出して体育でクラス全員が出払ったわたし達のクラスに入り、チョココロネをすり替えた…違いますか?」 「…証拠は…あるの?」 「購買の方より、朝に髪をふたくくりにした女の子がチョココロネを買って行ったという証言と、かがみさんのクラスの二時間目を担当された教師の方より、授業中にお手洗いに出て行ったという証言をいただきました」 「…う」 「あとは…つかささん次第です」 そう言いながら、みゆきがつかさの方を見ると、つかさは咄嗟に顔を伏せてしまった。 「…ゆきちゃんは、分かってるんだよね?」 そして、顔を伏せたまま呟いた。 「つかささんの件に関しては、ほとんど推測ですが」 「…そっか…わたし次第…そうだよね…」 「つかさ!」 思わずつかさの方に詰め寄ろうとしたかがみに、つかさは顔を向けニコッと笑った。 「お姉ちゃん、もうやめよう?…ゆきちゃんには分かってるみたいだし、隠し通せるものじゃないよ…ううん、隠してちゃいけないんだよ。悪いことは悪いことなんだから…」 それを聞いたかがみが、力なく項垂れる。 「つかささんは、かがみさんの行動に気が付いていたんですね?」 「うん。体育の時にね、お姉ちゃんがわたし達のクラスからこっちを見てるのに気が付いてね、あんなところで何やってるんだろうって気になって…」 「それで、泉さんとお手洗いに行く振りをして、かがみさんに問い質しに行った…」 「うん…なんか凄くいやな予感がして、こなちゃん達には言わないほうがいいかなって思って…お姉ちゃんの所に行ったら、こなちゃんのコロネ食べようとしてて…半分あげるから黙っててって言われて…それで…」 「それでは、チョココロネはその時に…」 「うん、お姉ちゃんと食べちゃったの…ごめん…なさい…」 こなたに向かい頭を下げるつかさ。しかし、こなたからの反応はまたしても無かった。 「…最初はね、ちょっとした悪戯のつもりだったの…」 それに気づいてか気づかずか、かがみが項垂れたまま話し始めた。 「こなたがあんまり得意気だったから、すり替えられたときにどういう反応するかなって…気づかずに食べちゃったら、思い切りバカにしてやろうって思って…でも、実物見たらどうしても我慢できなくなって…どうせバレっこないって、つい…」 「みんなの言い分はそれで全部?」 急に聞こえたこなたの声に、三人がびくりと身体を震わせた。そして、いつの間にか顔を上げていたこなたの方に顔を向ける。 「つまり、わたし以外のみんながなにかしらやらかしていて、わたしに何一つ言い出せないでここまで来ちゃった、と」 表情の無い眼で三人を見渡しながら、抑揚の無い声でこなたはそう言った。 「あ、あの、泉さん…」 そのこなたに恐怖にも似た感情を覚えたみゆきが、何かしら言い繕おうとした。 「…見損なったよ」 こなたはその言葉を遮り、鞄を持って席を立った。 「こ、こなちゃん、どこに…」 「帰る」 一言だけ残して教室を出ようとするこなた。 「待って、こなた!」 そのこなたの肩を後ろからかがみが捕まえる。 「ごめんなさい…わたしが…わたしが悪かったから…」 「だから許せって?」 振り返りすらせずに、こなたがそう聞いた。 「…償いはするから…なんでも、するから…お願い…」 「…なんでも?」 「…うん…わたしに、出来ることなら…」 「おーけー…その言葉が聞きたかったよー」 そう言って振り向いたこなたの顔は、笑顔だった。なんというか、ニンマリといった擬音がぴったりの笑顔だった。 「え?あれ?」 呆気にとられるかがみの前で、いつもの調子でこなたが喋りだす。 「そうだねー。じゃあ決行は今度の日曜日って事で、土曜日にでもミーティングをしよっか。みゆきさんとつかさはどうする?」 「え?は、はい?…あ、いえ。わたしも償いはさせていただきます…結果的にはわたしが踏んだのは違うチョココロネでしたけど、そうじゃなかった可能性もあったわけですし…」 「わ、わたしも、お姉ちゃんを止められたのに、コロネに釣られて止めなかったから…」 「おーけーおーけー、いいねいいねー三人かー。こりゃ楽しくなりそうだねー。早速帰って準備しなきゃ…あ、みゆきさん。このチョココロネ貰っていい?お昼ご飯食べてなくて、ちょっとお腹空いた」 「あ、はい…どうぞ…」 「あんがとー。そいじゃみんな、土日はちゃんと空けといてねー」 チョココロネにかぶり付きながら、教室を出て行くこなた。それを唖然と見送る三人。 「…ねえ、みゆき」 「…なんでしょう、かがみさん?」 「こういう時は『ぎゃふん』でいいのかな…」 「適切かと、存じます…」 泉家の日曜日の朝は遅い。 休み前日には、いつも以上に夜更かしをするこなたは勿論だが、平日には徹夜明けでもこなたやゆたかと朝食を共にするそうじろうも、昼頃まで寝ていることが多い。 そんなふたりの生活パターンに引き摺られてか、最初の頃は日曜日も早く起きていたゆたかも、段々と昼近くまで寝ているようになっていた。 カーテンの開ける音と共に、眩しい光が部屋に満ちる。 「う、うーん?」 その光でゆたかは目を覚ました。 「こなたお姉ちゃん?」 ゆたかはこなたが起こしに来たのだと思った。しかし、まったく予想していなかった声がした。 「おはようございます。お嬢様」 「………え?」 上半身を起こしたゆたかが、寝ぼけ眼で見たのは、メイド姿で深々と頭を下げているみゆきだった。 「え?ええ!?高良先輩!?って、メイドさん!?なんか色々と、ええええ!?」 「えーっと…こういう罰ゲームだと思って、少し落ち着いて貰えますか?」 混乱するゆたかをなだめるみゆき。 「え、罰ゲーム?高良先輩が?」 「ええ、まあ。色々ありまして…では、お顔を洗いに参りましょうか?」 用意してあったタオルを手に取り、みゆきは部屋のドアを開け、ゆたかに出るように促した。 「どうぞ、お嬢様」 「あ、はい…ありがとうございます」 「そんなお気遣いは無用ですよ、お嬢様」 「…うぅ、なんだかわたしが罰ゲームを受けてるみたい…」 なんだか妙な気分を味わいながら、ゆたかが廊下に出た瞬間。 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」 と、悲鳴が上がった。 「い、今の声…」 「かがみさんですね。どうなされたのでしょうか?」 「…かがみ先輩も来てたんだ」 「ゆーちゃん、おっはよー。どうだったかね?今日のお目覚めは?」 ゆたかとみゆきが洗面所に向かっていると、こなたが声を掛けてきた。後ろには、やはりメイド姿のつかさを従えている。 「…こなたお姉ちゃん…訳がわからないよ…」 「まあ、折角のメイドさんなんだし、しっかり楽しまないと…ね、つかさ」 「…うぅ…こなちゃんの要求は恥ずかしいのが多くて…」 「ほら、つかさ。言葉遣い」 「あぅ…申し訳ありません、ご主人様…」 そんな二人を見ていたみゆきは、ふとさっきの悲鳴が気になり、こなたに聞いてみることにした。 「あの、ご主人様。先程かがみさんの悲鳴が聞こえたようでしたが…」 「ああ、あれ。わたしの予想通りだと、面白いことになってるよー」 「…おはよう…こなた、ゆーちゃん」 話してる後ろから、そうじろうが挨拶をしてきた。 「あ、おはよー。お父さ…うわーお」 こなたは挨拶を返そうとして、そうじろうの顔を見て思わず止まってしまった。そうじろうの右目に見事な青あざが出来ていたのだ。そのそうじろうの後ろには、顔を真っ赤にして俯いているメイド姿のかがみがいた。 「…頬に紅葉作ってくるくらいは、予想してたんだけどね…」 こなたは冷や汗を垂らしながらそう言った。 「お、おじさん…どうしたんですか?」 「いや…朝起きたらメイドさんに、グーパンチを顔面に貰ったんだが…訳がわからない…」 「流石はかがみ…容赦ないね…」 泉家の面々が話してる後ろで、つかさはかがみに小声で事情を聞いてみた。 「な、なにがあったの?お姉ちゃん…」 「…きのこの山がね…たけのこの里に…」 「お姉ちゃん…全然わかんないよ…」 「あー、それはねーつかさ。男性の朝の生理現象ってやつだよ」 いつの間にか二人の間に入り込んでいたこなたが、話に割り込んできた。 「お父さんのきのこの山がテント張って、たけのこの里みたく…」 「説明せんでいいっ!!」 「はい、かがみ。言葉遣い」 「…う…申し訳ありません、ご主人様…」 「さーて、次は何してもらおっかなー…お風呂で背中流すってのはどうかな?」 「ええええ!?それはダメだよこなちゃん!」 「で、出来るわけ無いでしょ!?」 「はい、二人とも。言葉遣い」 「あう…」 「もう、勘弁して…」 みゆきは、そんな光景を見ながら思っていた。 もしかしたら、こなたは四人のうちの誰かが犯人と聞いたときから、ずっとこういうことを考えていたのではないか、と。 友達の誰かが犯人。そう分かった時点で、こなたが考え始めた事は、誰が犯人ではなく、どうやってこれを笑い話に変えてしまおうか、だったのでではないか。 だから、なんでもするという台詞を引き出すために、あえて冷たい態度を取ったのではないか。 そして、罪にかこつけてわがまま放題をして自分にも非を作り、みんなの中の罪悪感を消していこうとしているのではないか。 すべては「あの時、こんなことがあったね」と、将来笑いながら話せるように。 「…とんでもない、被害者ですね」 みゆきはクスリと笑うと、未だなにかを言い合ってる三人に混ざりに行った。 自分もまた、その笑い話の一部として。 - おしまい - 471 名前:チョココロネは食べられない[saga] 投稿日:2009/01/25(日) 17 48 23.56 ID SazeaJw0 以上です。 途中でシリアスになりかけたので、方向修正しようと思ったら、何故かメイドに。 以下、NG場面(校正時点で判明した誤植) 「…半分投げるから黙っててって言われて…」 「ぶふぅっ!」 「こらこなた、吹くんじゃない。NGになる」 「…吹かなくてもNGです」
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今日はこなちゃん、午前中から元気がない。 休み時間も、何か調子が悪い感じが私にはした。 お昼休みもお姉ちゃんとの会話もほとんどしないで なにか考え事をしているようだった。 何気に聞いても、答えてくれなかった。 お姉ちゃんは徹夜のしすぎと言って終わらせてしまった。 そして、あっと言う間に放課後がきてしまった。 こなた「帰ろうか、かがみは?」 つかさ「お姉ちゃんも、ゆきちゃんも委員会の会議だよ」 こなた「あ、遅くなるって言ってたね、二人で帰ろうか」 今日はこなちゃんと帰ることになった。 帰り道。 こなた「つかさ、せっかくだから、ゲーセンに寄っていかない」 つかさ「私は下手だよ、ゲームやってもすぐゲームオーバーになっちゃうし・・・」 こなた「まあまあ、ちょっとだけ、それに見てるだけでもいいから」 つかさ「それじゃ、ちょっとだけ」 普段ならお姉ちゃんと一緒に誘われる、私だけを誘うのは初めてのような気がした。 ゲームセンターで私達はしばらく遊んだ。でも思ったとおり、私は見ているだけになった。 一時間くらい遊んだかな。それから特にすることも無いから帰ろうとした時だった。 こなた「つかさ、ちょっと見て欲しいものがあるんだ、それで相談があるんだけど」 つかさ「えっ?」 こなちゃんが私に相談、想像もつかない、でもこなちゃんは真剣な顔で私をみている。 つかさ「こなちゃん、相談なら私よりお姉ちゃん、ゆきちゃんの方がいいんじゃないかな・・・」 こなた「いいや、つかさにしか言えない事なんだ、いいかな」 つかさ「そこまで言うなら・・・」 こなた「ありがと、ついてきて」 こなちゃんは私の前を歩き出した。私はその後を付いていく。 見せたいもの、相談、何だろう。私じゃなきゃダメな相談って・・・ こなちゃんの後ろ姿を見ながら相談は何か色々考えていた。 こなちゃんはこなちゃんの家の近くの公園の倉庫裏に案内した。 つかさ「こなちゃん、どんな相談なの、深刻な相談なら私・・・何もできないよ」 こなちゃんは黙って倉庫裏にあるダンボールを退けた。 そこに一匹の子猫がいた。三毛猫の子猫だった。 つかさ「かわいい・・・」 私は子猫を抱こうと近づこうとした。 こなた「あっ、つかさ、気をつけて」 それと同時だった。 『フー』 子猫は唸り声をあげた。毛が逆立っている。口も開けて威嚇している。私は一歩後ろに下がった。 こなた「一昨日見つけたんだ、子猫、でも・・・この調子で・・・手に負えないんだ」 つかさ「何かあったのかな、こんなに怒ってるなんて」 こなた「分からない、虐められたのかな、餌も食べようとしないんだよ」 つかさ「まだ小さいから餌よりミルクがいいかも」 こなた「そうか、それじゃ家から持ってくる、ちょっと待ってて」 そう言うとこなちゃんは、家に向かって走って行った。 子猫は私を見ているけど、警戒している。 私はまた猫に近づいた。また唸り声をあげてきた。 つかさ「にゃーん、怖くないよ」 そう何回も言いながら少しつつ近づいていった。子猫は唸りながら後ろに逃げていく。 でも後ろは壁で行き止まり。子猫は逃げられなくなった。私はさらに近づく。そして手をゆっくり子猫に近づけた。 つかさ「怖くないよ」 手を近づけると子猫は口を大きく開けて私の指に噛みつこうとした。 ここで手を引くと子猫はきっと驚いてよけいに私を嫌いになる。手をそのまま止めて子猫のさせるがままにした。 そこで子猫は何度か私の指を噛みつこうとした。しばらくすると私が敵意がないことに気が付いたのか。 唸り声が止まった。 つかさ「寂しかったんだね、もう大丈夫だよ」 ゆっくり手を動かして子猫の体に触った。もう抵抗してこなくなった。そのまま頭をなぜた。 毛の逆立ちもなくなった。そして甘えた声で鳴き出した。やっと子猫らしくなった。 こなた「つかさ・・・ナウシカ」 びっくりして後ろを振り返った。こなちゃんがミルクとお皿を持って立っていた。 つかさ「こなちゃん、いつからそこに」 こなた「子猫がつかさを噛み付こうとした辺りから、私じゃできなかったよ、つかさにナウシカを見た!」 つかさ「ナウシカって・・・大げさだよ」 こなた「ミルク、持ってきたよ」 こなちゃんは私にミルクとお皿を渡した。お皿にミルクを注ぐと私は子猫の前にお皿を置いた。 子猫は走るように近づいてお皿のミルクを貪るように飲み始めた。 こなた「やっぱりつかさに来てもらって正解だった、さすがツンデレの妹だね、扱い慣れてる」 つかさ「ツンデレって・・・一匹で怖かっただけだよきっと・・・でも、確かにこの子猫お姉ちゃんに性格似てるかも」 こなた「ところで・・・相談の話なんだけど・・・」 つかさ「この子猫をどうするかってこと?」 こなちゃんは無言で頷いた。 こなた「このままにはしておけない、里親を探したいんだけど・・・」 つかさ「こなちゃんの家はだめなの?」 こなた「猫そのものは問題ないと思うけど、でもお父さん、猫アレルギーなんだよね」 つかさ「・・・」 こなた「花粉症でもあるから・・・さすがに無理っぽい、つかさの家はどう?」 つかさ「私の家は・・・以前お父さんに犬飼っていいって聞いたことあるんだけど、ハッキリした返事はもらえなかった、でもダメとも言ってなかった」 こなた「大丈夫そう?」 つかさ「お母さん、まつりお姉ちゃん、いのりお姉ちゃん、みんな動物好きだよ、よく一緒に動物番組とか見るし」 そこで一人忘れていたことに気付いてしまった。 つかさ「だめだ、お姉ちゃん・・・」 こなた「かがみ?、なんでさ」 つかさ「お父さんに犬飼っていいって聞いたとき、お姉ちゃんが居て大反対された・・・」 こなた「う・・・よりによってかがみかい、それじゃかがみがOKだせば飼えそうだね」 気付くと子猫はお皿のミルクを全て飲み干していた。そして私の靴の上で丸くなって寝ていた。 子猫をそっと両手でつかんで抱き寄せた。 こなた「もうその子猫すっかりつかさを気に入ったね」 つかさ「飼ってみたい」 こなた「それもかがみ次第か、かがみをどうやって説得するかだけど・・・口では敵わないし」 つかさ「私から話してみる、お姉ちゃんならきっと許してくれる」 こなた「悪いね、こんなことまでさせて、それまで子猫、ここにおいて置くしかないかな」 つかさ「でも、ここだと夜冷えそう・・・神社の裏に私しか知らない秘密の倉庫があるんだけど、そこなら大丈夫そう」 こなた「秘密の倉庫?」 つかさ「そう、子供の頃見つけたの、中学まで使ってた・・・でもこの子猫、どうやって神社まで運ぼうかな、さすがに歩いては無理かな」 こなちゃんは少し考えていた。 こなた「それなら大丈夫、今日、ゆい姉さんが遊びにくるんだ、車で送ってもらうように言うよ」 つかさ「ありがとう」 辺りを探し、小さなダンボール箱を見つけてその中に子猫を入れた。そして倉庫の奥に隠すように置いた。 こなた「とりあえず、ゆい姉さんが来るまで、家で待ってよ」 つかさ「うん、その前に、あの子猫、名前付けないと」 こなた「名前ね、ツンデレ猫だから かがみ でいいんじゃない」 つかさ「・・・その名前だと私が呼び辛いよ・・・三毛猫だからミケ」 こなた「んー、まあ、それでいいや」 私達はとりえずこなちゃんの家で待つ事になった。 おじさんは仕事の打ち合わせで出かけていた。ゆたかちゃんもまだ帰ってきていなかった。 成実さんがすでに遊びに来ていた。早番で早く勤務が終わったと言っていた。 こなちゃんは早速理由を言って私を家まで来るまで送ってくれるように頼んでくれた。 成実さんは快く引き受けてくれた。でも、私を送ってくれる間、動物を育てるのは大変だよと 耳が痛くなるまで言われた。私に責任が重くのしかかる。うまくミケちゃんを家族の仲間にできだろうか。 成実さんに神社の前まで送ってもらった。鞄とミケの入った箱を車から取り出した。 ゆ い「それじゃ、つかさちゃん、がんばってね」 つかさ「ありがとうございます」 その瞬間、車は猛スピードで走り去った。 とりあえず私は神社の秘密の倉庫に向かった。中学まで使っていたけど、特に何かを隠していたわけではなかった。 こんな時の為に覚えただけ。 箱の中のミケちゃんを見る。まだぐっすり寝ていた。寝姿がとってもかわいい。 私は決意を新たに箱を倉庫に隠した。 そして、家に着いたた。落ち着いたらとりあえず要らないタオルとかを倉庫に持っていこう。 つかさ「ただいま」 家に入ると、お姉ちゃんはまだ帰ってきていなかった。しかし、お姉ちゃん意外がみんな居る。丁度いい。 つかさ「ちょっとみんないいかな」 まつり「なによ、改まって」 つかさ「えーと、私、猫を飼いたいんだけど・・・いいかな」 いのり「唐突ね・・・猫か・・・私は構わないわよ」 まつり「猫ね、いいね、私もいいと思う」 ただお「・・・つかさが自分で世話をするなら」 み き「猫ね、そういえば今まで飼った事なかったわね、皆がよければ」 まつり「なんでそんな話を?」 つかさ「いや、友達が子猫を分けてくれるって言ってくれたから」 まつり「なら話は決まりよ」 つかさ「やったー」 思ったより反応がよかった。みんな気持ちよくいいって言ってくれた。 これならお姉ちゃんも・・・期待がいっきに膨らんだ。 夕食の準備が終わった。まだお姉ちゃんは帰ってこない。 つかさ「お姉ちゃん遅いね」 いのり「さっき携帯に電話したら、駅に着いたって言ってからもうすぐじゃないの」 しばらくすると。 かがみ「ただいま」 つかさ「おかえり」 お姉ちゃんの様子がちょっとおかしい。苦虫を噛んだような顔をしていた。 学校で何かあったに違いない。こんな時に限って、ミケちゃんの事が聞き難くなった。 み き「おかえり、すぐにご飯にしましょ」 私達は居間で食事をした。楽しい会話が弾む。でも、お姉ちゃんだけ黙っていた。もくもくとご飯を食べていた。 ミケちゃんの話をいつするか、そのチャンスを探していたけど、今のお姉ちゃんはそんな話をする状態じゃない。 まつり「かがみ、どうしたのさ、さっきから黙っちゃってさ」 かがみ「別に、どうもしないわよ」 いのり「学校で何かあったの、まあその様子だと話してくれそうにないわね」 まつり「つかさがかがみに話したいことがあるみたいだけど」 まつりお姉ちゃんが話のきっかけを作ってくれた。でも今はあまり話したくなかった。 かがみ「なによ、つかさ話したいことって」 つかさ「えっと、こなちゃんが子猫を拾ったんだけど、こなちゃんの家じゃ飼えなくて、私が飼おうかって言ったんだけど」 かがみ「つかさが、猫を?」 つかさ「うん」 かがみ「皆は?、お父さん、お母さん、姉さん達・・・」 皆は笑ってお姉ちゃんに答えた。 お姉ちゃんは一瞬笑ったように見えた。でもすぐにもとのけわしい顔に戻った。 かがみ「つかさ、本当に猫を飼うの」 つかさ「うん」 かがみ「私、この前言わなかったっけ、動物を育てるってことがどんな事かって」 つかさ「知ってる、それでも飼いたいと思った、ミケちゃん、かわいい子猫だよ」 かがみ「みけちゃん・・・って、こなたに何言われたか知らないけど、私は反対するわ」 つかさ「お姉ちゃん・・・私、ちゃんと世話する」 かがみ「どうかしら、以前、朝顔に水あげるの忘れて枯らした事あったじゃない」 つかさ「そんな昔のこと・・・あれは小学校の頃だよ、今は違うよ、絶対そんなことしないよ」 かがみ「何度言っても同じ、私は猫飼うの反対」 信じられなかった、いくらお姉ちゃんでもここまで反対されると私も怒らずにはいられない。 つかさ「お姉ちゃんの分からず屋、もう子猫は預かってきてるから、反対しても飼うからね」 かがみ「なんだって、もう一回言ってみろ」 つかさ「何度だって言うよ、分からず屋、分からず屋、分からず・・」 頬を叩く乾いた音が響いた。私の頬をお姉ちゃんは叩いた。初めての事だった。 思わず私も叩き返した。これも初めての事だった。 お姉ちゃんはもう一度私を叩こうと手を上げた時、まつりお姉ちゃんがお姉ちゃんの手を掴んで止めた。 かがみ「まつり姉さん放して、こいつにもう一発食らわせないと」 いのりお姉ちゃんは私の両肩を掴んでいる。 私はもうお姉ちゃんを叩くつもりはなかったけど、私の手はお姉ちゃんをもう一回叩こうとしていた。 私はいつの間にか涙を流していた。 お姉ちゃんは私に頬を叩かれて鼻血が少し出ていた。それを拭おうともせず私を睨んでいた。 ここまで反対されるとは思わなかった。叩かれた事よりそれが悲しくて涙を流した。 お母さんが大きくため息をついた。 み き「いい加減にしなさい、二人とも、食事中に」 まつり「かがみ、つかさの喧嘩初めて見たわ、つかさも意外にやるわね」 み き「まつりは黙ってなさい、猫を飼うのはかがみ意外賛成よ、どしたのかがみ、らしくないわよ」 かがみ「・・・」 み き「かがみ、少し自分の部屋で頭冷やしてきなさい」 お姉ちゃんは黙って自分の部屋に向かった。 み き「つかさ、子猫すでにもう預かってるって言ったわね、さっきと話がちがうじゃないの、子猫はどこにいるの」 つかさ「・・・神社の・・・秘密の所」 み き「つかさも先走りすぎだわね、だから喧嘩になるのよ、つかさも自分の部屋で少し頭冷やしなさい」 私は部屋に向かおうとした。 み き「待ちなさい、つかさ、食事の準備中、タオルとか用意してたわね、それは子猫のため?」 私は黙って頷いた。 み き「自分の部屋に行く前に、子猫の世話してあげなさい、もう始まってるわよ、つかさ」 つかさ「それじゃ、ミケちゃん連れてきていい」 み き「それはまだ、かがみがあの調子じゃね、もう少し待ちましょう、この季節なら外でも大丈夫でしょ」 お母さんは私に微笑んでいた。 お母さんに言われたとおりタオルとミルクを持って倉庫に向かった。 倉庫に着いて早速ミケちゃんの世話をした。ミルクを飲ませている間にタオルを箱にひいた。 飲ませ終わるとしばらくミケの遊び相手をしてあげた。 タオルの箱の中で丸くなって寝るのを確認して自分の部屋へと戻った。 自分の部屋でお姉ちゃんの事を考えていた。叩かれた頬がまだ少し熱い。 今までこんな喧嘩したことなかった。私を一番理解してくれたし理解していたと思っていた。 なんでそこまで反対したんだろ、その理由が知りたかった。喧嘩する前なら聞けたけど、もう聞けない。 そんな考えが頭の中をグルグル回っていた。 どのくらい時間が経ったか、ノックする音がする み き「つかさ、入るわよ」 入ってくると、おにぎりの入った皿を私に渡した。 み き「ほとんど食べてなかったでしょ」 つかさ「ありがとう」 おにぎりを食べた。 み き「お父さん、私、いのり、まつり、でかがみと話し合ったわ、あの子も頑固ね、猫飼うの反対しか言わないのよ」 つかさ「お母さん・・・」 み き「でもね、その理由を聞くと、言葉を濁らせちゃってね、本心を言ってくれないのよね」 つかさ「もう飼えないのかな」 み き「私が怒ったらね、かがみが飼う条件出してきたわよ、この条件を達成できたら飼ってもいいって」 つかさ「どんな条件なの」 み き「つかさが一人で次の日曜まで子猫の面倒をみれれば、だって」 つかさ「それでいいの」 み き「さすがに昼は無理よね、昼は私とお父さんで世話するわ、朝と晩、しっかりね」 つかさ「分かった頑張る」 み き「朝起こすのもダメって言われたわよ、つかさは朝弱いわよね、私はそれが心配」 つかさ「お姉ちゃんを見返してやる」 お母さんは笑っていた。 み き「明日の朝、世話に行くとき私に声かけて、子猫の居る場所を教えてもらいたいの」 私は早速目覚まし時計の時間を今までより一時間早くセットした。 いつもより早く寝た。お姉ちゃんに負けたくない。次の日曜くらいの世話が出来ないと思ってるんだ。 目覚まし時計が鳴った。私は飛び起きた。 急いで準備をして、お母さんを呼ぶ。そして、倉庫へと向かった。 心配だった。ミケちゃんがお母さんを警戒してしまわないかと。 でもそれは心配だけで済んだ。もうミケちゃんは人を怖がらないみたい。 一通りの世話を済ませて家に戻ると、玄関でお姉ちゃんと出合った。もう学校へ行く姿になっている。 かがみ「さすがに初日に寝坊はしなかったみたいね」 すごくいやみに聞こえた。 つかさ「悪いけど、もう飼うのは決まったと同じだよ」 かがみ「せいぜい頑張りな、私は先に学校に行ってるわよ」 お姉ちゃんはそのまま駅に向かって歩いて行った。 お母さんはため息を一回ついた。 私も遅れて学校へ行く準備をして学校に向かった。 教室に入ると、こなちゃんとゆきちゃんが私に駈け寄ってきた。 そして、お姉ちゃんのことを聞いてきた。様子がおかしいって。 朝の時間では話しきれないからお昼休み話すって言った。 お姉ちゃんは多分お昼休み私た達のクラスに来ない。 お昼休みなった。思った通りお姉ちゃんは私た達の所に来なかった。 早速こなちゃん達が私の所に来た。私は昨日起きたことを全て話した。 話したおかげでなんかスッキリした。 気が付いてみると、こなちゃん、ゆきちゃんは呆然と私を見ていた。 こなた「やっぱりつかさはかがみの妹・・・だね、あのかがみに反撃できるなんて、見てみたかった・・・喧嘩」 つかさ「私のした事って・・・間違ってたのかな」 こなた「今更なに言ってるの、ここまで来たら、かがみを見返してやりなよ」 みゆき「今、つかささんはかがみさんの出した課題を進行されているのですね、今朝からのかがみさんの態度を理解できました」 こなた「かがみも意地が悪いね、つかさの弱点を攻めるなんて」 つかさ「ごめんね、みんなを巻き込んじゃって、お姉ちゃんもしかしたら、もう二度と来てくれないかも」 みゆき「大丈夫ですよ、かがみさんはそんな人ではありません」 その時、お姉ちゃんが昨日帰ってから不機嫌だったことを思い出した。 つかさ「ゆきちゃんに聞きたいことがあるのだけど」 みゆき「なんでしょうか」 つかさ「昨日、放課後お姉ちゃんに何かなかったかな、昨日家に帰ってから機嫌が悪かったから、それに帰りも遅かったし」 ゆきちゃんはしばらく上を見て考えてから答えた。 みゆき「昨日は、私とかがみさんで意見が合わなくて・・・会議が長引きました、最後は多数決で私の案が採用されたのですが、かがみさんは不服そうでしたね」 つかさ「それじゃ、喧嘩しちゃったの」 みゆき「いいえ、このような事は頻繁にあるので・・・しかし、かがみさんがその事で機嫌を悪くされたのは想像できますが・・・」 こなた「言い出すタイミングが悪かったね、でも、かがみが猫嫌いだったとは思わなかったよ、野良猫とか見かけるとかがみ、微笑みかけているの見たことあるから 大丈夫だと思ったんだけどね、分からないもんだね」 つかさ「私も、そこまで反対されるとは思わなかった、そういえば、お姉ちゃん、みなみちゃんのチェリーちゃんを触ったところ見た事ないな」 みゆき「かがみさんがチェリーちゃんを見ていた時、さりげなく聞いたことがあります、犬は飼いたいと思いませんかと」 つかさ「で、なんて言ったの」 みゆき「犬は好きだけど、見ているだけはいや・・・と言っていました、私には意味が分かりませんでしたが、それ以上私は聞きませんでした、かがみさんが悲しそうな顔をされたので」 こなた「それは関係なさそうだね、犬だしね」 つかさ「ところで、頼みたいことがあるんだけど」 こなた「何」 みゆき「何でしょうか」 つかさ「猫の世話の仕方を教えてもらいたんだけど、特に子猫だし、失敗もしたくないし」 こなた「悪い、猫とか犬とか飼ったことないから、そうゆうの分からないんだ」 みゆき「私も、お恥ずかしながら・・・図書室にそういった本があるのを見ましたが」 つかさ「そうだよね、飼ったことないとなかなか分からないよね、図書室で調べるよ、ありがとう」 こなた「私も付き合うよ、子猫に関しては私が発端だからね」 つかさ「ありがとう・・・」 みゆき「すみません、私は、委員会の・・・」 つかさ「あ、別にいいよ、これは私の問題だから」 昼休みは終わった。 放課後、私とこなちゃんは図書室で猫の育て方の本を調べた。良さそうなのを何冊か選んで、ポイントをノートに書いた。 しばらく時間が経つと、こなちゃんが私をジーと見てることに気が付いた。 つかさ「どうしたの、休憩する?」 こなた「いや、どうしても想像つかなくてね、つかさがかがみを叩く場面が」 つかさ「・・・」 こなた「その逆も・・・かがみがつかさを叩くのも、私は何度も殴れてるけどね」 つかさ「私も分からない、なんでお姉ちゃんを・・・」 こなた「それでふと思ったんだ、ゆーちゃんが私を叩いたらどうするかなって」 つかさ「・・・どうするの」 こなた「分からない、けど、叩き返すことはできないかな・・さすがに・・・つかさはこれからどうするの?」 つかさ「これからって?」 こなた「このまま喧嘩続けるの?」 つかさ「続けたくない、でもどうして良いか、わかんないよ」 こんちゃんは少し間を置いてから話し出した。 こなた「こんな時はね、謝っちゃえばいいんだよ、私の時なんか謝るとすぐ許してくれたよ」 つかさ「こなちゃんもお姉ちゃんと喧嘩したことあるんだ」 こなた「まあね」 図書室にある掛け時計を何となく見た。 つかさ「あ、そろそろ本気出さないと、時間内にまとめられないよ」 こなちゃんの意外なアドバイスにちょっとびっくりした。でも今、そんな事を考えている余裕はない。 私は夢中になって本を書き写した。 それでも、時間内にまとまりきれなかった。しかたがないので一冊を選んで借りることにした。 つかさ「ごめんねこなちゃん、すっかり遅くなっちゃって」 こなた「いいよ、今日はバイトもなかったし」 校舎を出たとき、お姉ちゃんとゆきちゃんにばったり出会った。 こなた「おお、かがみにみゆきさん、奇遇ですな」 みゆき「泉さん、つかささん、調べ物は終わったのですか」 こなた「私たちじゃまとまり切れなくて、本借りたよ」 みゆき「そうなんですか、泉さん、こちらへ」 ゆきちゃんはこなちゃんをバス停の方に呼んだ。こなちゃんはゆきちゃんの方に走って行く。 私とお姉ちゃんが残った。普段なら楽しい会話もするけど、そんな気持ちにはなれない。 でも昨日お姉ちゃんを叩いたのは謝りたかった。 つかさ・かがみ「「昨日は、ごめん」」 つかさ・かがみ「「!」」 お姉ちゃんも同じ事を思っていたみたい。こなちゃんのアドバイスがなかったら謝れなかった。 つかさ「お姉ちゃん、昨日は叩いちゃって・・・鼻血まで・・・」 かがみ「別にいいわよ、先に手を出したのは私だし、それに、叩かれて分かった、つかさが本気だってこともね、それだけは認めてあげる」 つかさ「それじゃ、ミケを飼っても・・・」 かがみ「勘違いしないで、今でも飼うのは反対だから、約束は守ってもらうわよ」 私は悲しくなった。 かがみ「なにしけてるよ、みゆきから聞いたわ、さっきまで、猫のこと調べてたんでしょ、今のつかさなら訳無いでしょ、この程度の事」 つかさ「お姉ちゃん、教えて、なぜ反対なの、その理由教えて」 お姉ちゃんは黙ってしまった。しばらく私の方を見たままだった。 かがみ「見てるだけなんて・・・」 つかさ「見るだけ?」 かがみ「つかさに言っても分からないわよ、バスが来ちゃうわよ」 お姉ちゃんがバス停の方を向くと、少し遠くでこなちゃんとゆきちゃんが私達を見て笑っていた。 かがみ「こなた、なに見てるのよ、見せ物じゃないわよ」 こなた「見させてもらったよ、美しい姉妹愛を・・・」 かがみ「うるさいー」 お姉ちゃんの怒鳴り声が響いた。ゆきちゃんが私に手を振っている。ゆきちゃんもお姉ちゃんに喧嘩を止めるように何か言ってくれた。そんな気がした。 こなちゃんとゆきちゃんのおかげでこんなに早く仲直りができた。私も手を上げてゆきちゃんに返事をした。 結局、お姉ちゃんは猫を飼いたがらない理由を教えてくれなかった。言いたくない事なのかな。ただ猫が好きとか嫌いとかそんな事を超えた何かが理由なのは分かった。 私達四人は駅で別れた。そして、お姉ちゃんにも先に帰ってもらった。 ペットショップに立ち寄った。少し歯が生えていたみたいだから、もう離乳食を与えてもいいみたい。 お母さんから預かったお金で、猫の離乳食を買った。その他、必要と思われるものを買い揃えた。 それから、猫の首輪を買おうとしたけど、買えなかった。まだ正式に飼うと決まったわけじゃない。 家に帰ると、お父さんが決まったことがあると私に言った。 それは、もし飼えないと決まったら、お父さんの知り合いに猫を飼いたがっている人がいる。その人に引き取ってもらうことになったと。 さすがにお姉ちゃんもそれには少し驚いたようだった。でも私は安心した。 ミケは私が成功しても失敗しても捨てられることはない。でも、私が育てたい。今までよりも強くそう思うようになった。 平日の間、朝晩、私はミケの世話をした。朝は目覚ましよりも早く起きる。晩はミケちゃんが眠るまで遊び相手をしてあげた。 後半になると、晩の世話にいのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃんが見に来てくれた。世話は私がすることになっているので、見ているだけだったけど、 二人ともミケちゃんを可愛いと言ってくれた。でも・・・ 本当はお姉ちゃんに来て欲しかった。ミケちゃんを見ればすぐにでも家に連れてくれる。そう思った。 お姉ちゃんは仲直りしても猫の話すらしようとはしなかった。 次のページへ
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こなた「おはよー!つかさ、みゆきさん!」 みゆき「おはようございます、泉さん」 つかさ「こなちゃん、おはよー。今日は遅刻ギリギリだね~」 こなた「いやー、ちょっとだけのつもりでネトゲに手を出したら、明け方まで盛り上がっちゃってさ」 つかさ「そうなんだ~」 みゆき「夜更かしは体に障りますから、程々にされた方がいいと思いますよ」 こなた「わかっちゃいるんだけどねー……ところで、かがみはもう自分の教室に戻ったの?」 つかさ「それがね、お姉ちゃん今日はお休みなの」 みゆき「どうやら、風邪をひかれてしまったとかで」 こなた「へぇ、そうなんだ。つかさのがうつっちゃったのかねぇ?風邪はうつすと治るって言うし」 つかさ「ひどいよ~、こなちゃん」 ~さらば!怪傑かがみん!~ まさか、つかさに続いて私までもが風邪で倒れてしまうとは思わなかった。 昨日つかさに『この時期に風邪なんて気がゆるんでる証拠よ』なんて言うんじゃなかった。 漫画じゃあるまいし、注意したそばから倒れるなんて、姉としての面目が丸潰れだ。 それにしても、やることが無くて困る。 昼食後に薬を飲んでひと眠りしたらだいぶ調子は良くなったが、ベッドを抜け出してウロウロする訳にもいかない。 ベッドの上でも出来る事といったら読書くらいだが、今は頭がボーっとしていて大好きなラノベも読む気にならない。 四の五の言わずに寝ていればいいのだが、私はつかさと違ってそう何時間も寝てはいられない人間なのだ。 そんなことを考えながらじっと天井の一点を見つめていると、ふと先週の出来事が思い出された。 みゆきは怪傑かがみんの正体についてどう考えているのだろうか。 みゆきの発言を額面どおりに捉えれば、みゆきはその正体が私だとは思っていないことになる。 しかし、もしかしたらアレは正体に気が付いた上での私への気遣いなのではないかとも考えられる。 常識で考えれば、目の前で自白して衣装を身にまとったのだから正体に気が付かない訳がない。 ……もっとも、本当に本当の常識ってヤツで考えれば一番最初の時にバレてるハズなんだけど。 それともう1つ。 最後にみゆきが私の事を『親友』と表現したあの発言は、正体に気付いている事を踏まえての発言ととれる。 『私は、正体がかがみさんだと気付いていないフリをさせていただきます』という意味にとれなくもないのだ。 さすがにコレは深読みのし過ぎかもしれないが、あの時のみゆきの表情からはそうとしか考えられないから困る。 そういう風に考えていくと、みゆきだけじゃなくこなたも正体に気付いている可能性がある。 自白こそしていないものの、私はこなたの目の前で着替えをした事があるのだ。 あいつも普段はバカっぽい事ばかりしているが、他人の思惑なんかに対して妙に鋭い節がある。 バカと天才は紙一重なんていう言葉があるが、こなたは紙一重で天才の方なのかもしれない。 だとしたら、私の趣味がコスプレだと決め付けてバイト先であんなことをしたのも、あいつなりの気遣いということだろうか。 『私は、正体がかがみだって気付いていないフリをさせてもらうヨ』という考えに基づく行動だと、とれなくもない。 もしかして『ダブル怪傑かがみん』の写真を撮るという2人の行動は、秘密を共有することへの覚悟、或いは気遣いなのだろうか。 仮に、仮に私のこの考えが当たっていたとしよう。 その場合、私が怪傑かがみんを演じる必要はほとんど、いや、まったく無くなってしまうのではないだろうか。 正体がばれているのなら、柊かがみという人間の想いを伝える代役の存在意義は0に等しい。 それにみゆきはあの時――彼女が正体についてどう考えているにせよ――怪傑かがみんにではなく、私、柊かがみに感謝の言葉を捧げた。 怪傑かがみんは必要ないのだろうか。 考えることに少し疲れたので、私は天井を見つめながらボーっとすることにした。 扉が控えめにノックされるのが聞こえたが、面倒なのもあってわざと返事をしない。 しばらくして、遠慮がちにお母さんが部屋の中に入ってきた。 み き「かがみ、入るわよ……あら、起きてたの?調子はどうかしら?」 かがみ「うん、だいぶ良くなったみたい。明日には学校に行けると思うわ」 み き「そう?無理しなくていいのよ?」 かがみ「別に無理なんかしてないって」 み き「ならいいんだけど。辛くなったらすぐに言いなさいね」 かがみ「うん、ありがと……ねえ、お母さん」 み き「なあに?」 かがみ「お母さんも私と同じ様に17歳の頃から怪傑の力を使い始めたんでしょ?」 み き「そうだけど、急にどうしたの?」 かがみ「ただ、この間のお父さんの反応から考えると最近は力を使ってなかった」 み き「ええ、そうよ。あの時はずいぶん久しぶりだったから緊張したわ」 かがみ「何か理由があったの?」 み き「理由?何の?」 かがみ「怪傑の力を使わなくなった理由。何か特別な理由とかきっかけみたいなものがあったのかなって」 み き「そうねぇ……忘れちゃったわ。ずいぶん昔のことだから」 お母さんは少しだけ考える仕草をしてから、笑顔でそう答えた。 かがみ「結構大事なことだと思うんだけど、本当に忘れちゃったの?」 み き「そんなことより、お友達がお見舞いに来てるわよ。起きてるなら、あがってもらってかまわないわね」 かがみ「お母さん、私の質問に――」 み き「あら、いけない。そういえば、お鍋を火にかけっぱなしだったわ」 かがみ「ちょっと、お母さんってば……ああ、もう。まだ話は終わって無いってのに」 逃げられた。おそらく私の質問に答える気は無いということだろう。 まあ、お見舞いに来ている友人を放ったままにしておくにはいかないし、今は答えを追求するのは諦めよう。 数分後、お見舞いの品と思しきぽっきー1箱を携えて、こなたが姿をあらわした。 こなた「やふー、かがみ。元気してたー?」 かがみ「風邪ひいて学校休んでる人間が元気なわけ無いだろ」 こなた「うむ、なかなかの反応だネ。元気そうで何よりだよ」 かがみ「人の体調をどこで判断してるんだ、あんたは」 こなた「――でさ、つかさはまた携帯電話を没収されたってわけなんだよ」 つかさ「うわああ、こなちゃん。それはお姉ちゃんには言わないでって言ったのに~」 こなた「あれ?そだっけ?」 かがみ「ふふ。まったく、つかさはしょうがないんだか……ケホッ、ケホッ」 つかさ「お姉ちゃん、大丈夫?まだ喉が痛むの?」 かがみ「ああ、心配しなくても大丈夫よ。ちょっと違和感が残ってるだけだから」 こなた「ちょっとしゃべり過ぎちゃったカナ?とりあえず、何か飲んだ方がいいんじゃない?」 つかさ「そうだね。私、何か飲み物もってくるよ。こなちゃんも何か飲むでしょ?」 こなた「あー、おかまいなく」 つかさ「遠慮しなくていいよ。お茶がいい?それともコーヒーがいいかな?」 こなた「んー、じゃあかがみと一緒のでいいや。ありがと、つかさ」 つかさが台所へと降りていき、こなたと2人きりになった。 私の喉を気遣ってか、こなたは何もしゃべらずに部屋の中を見回したりしている。 かがみ「ねえ、こなた」 こなた「んー?」 かがみ「変な遠慮しなくていいから、何か話しなさいよ」 こなた「あ、ばれてた?」 かがみ「まあね」 話を仕切りなおすためか、それとも照れ隠しのためかはわからないが、こなたはアハッと笑った。 こなた「そだねー、じゃあ何を話そうかな」 かがみ「私が休んでる間にあった事とかでいいじゃない」 こなた「もうほとんど話しちゃったよ。後はみゆきさんが、かがみにくれぐれもお大事にって言ってたくらいかなぁ」 かがみ「おい。それって一番最初に言わなきゃダメだろ」 こなた「まあまあ、忘れずに言ったんだからいいじゃん」 かがみ「おまえなぁ……みゆきに申し訳ないとは思わんのか?」 こなた「あー、それとさ、かがみがいない間に怪傑かがみんは1回も登場しなかったから」 かがみ「は?」 こなた「ん?」 かがみ「えーっと、何でその情報を私に言う必要があるんでしょうか、こなたさん?」 こなた「え?だって、かがみはコスプレするくらいにあの人の大ファンなんでしょ?気になるかと思って」 どうやらこなたは紙一重でアレの方だったようだ。 せっかくだから、少し試してみようか。 かがみ「ごめん、こなた。ちょっとトイレいってくる」 こなた「いってらー」 つかさの私服を無断借用して着替えを済まし、こっそり持ち出した仮面とマントを身に着ける。 部屋に戻ると、都合の良い事に中にはこなた1人しかいなかった。 どうやら、つかさはまだ飲み物の準備をしているみたいだ。 当のこなたはやることが無くて余程ヒマだったのか、私の机の周りでなにやらゴソゴソしていた。 こなた「うわっ!?か、かがみ、コレは違うんだよ!?別に家捜しとかしてたわけじゃ……あれ?」 こなたは扉の前に立つ私をもう一度よく見る。 こなた「か、怪傑かがみん!?」 怪傑K(あー、やっぱりそうなっちゃうんだ。この間、目の前で着替えた時は柊かがみって認識してたのになぁ) こなた「な、何でここに?私、今日は別に悩み事なんて無いですよ?」 怪傑K(完全に気が付いてないな、あの表情は。とりあえず、これでこなたはシロだって確認できたわね) こなた「もしかして、私じゃなくてかがみに用があるんですか?」 怪傑K(残るはみゆきか……いっそのこと、今週末にでも家に招待して同じように試してみようかしら) こなた「おーい」 怪傑K「はっ!?……な、何か用かしら?」 こなた「それはこっちの台詞なんですけど」 怪傑K「あ、ああ、ええっと……その、今日は柊かがみに会いに来たんだけど、どうやらいないみたいね」 こなた「そうですか。かがみならすぐに戻ってきますから、待ってたらどうですか?」 怪傑K「え?い、いや、そうもいかないのよ。ほら、こっちにも事情ってもんがあるし」 こなた「むー……?」 怪傑K「な、何よ、そんなに私の事をじっーと見て。何か変かしら?」 こなた「いや、いつもと何か違うなーって思いまして」 怪傑K「ち、違うって、どこが?」 こなた「髪型がツインテールじゃなくてストレートなトコとか、服装が制服じゃなくて私服っぽいトコとか……」 怪傑K(ヤバッ、バレるかも!?どうしよう、今更だけどこれはコスプレだってことにしようかしら……でもそれもなんか嫌だな) こなた「ああっ!?もしかして!?」 怪傑K(まさか、バレちゃった!?とりあえず否定しなきゃ!!) こなた「2号?」 怪傑K「違うの!!……は?あれ?2号って?あれ?」 こなた「違うんだ。じゃあ、あなたは誰なんですか?」 怪傑K「あれ?え?……え、ええ~っと、私は、その……そう!V3よ!怪傑かがみんV3!」 こなた「V3!?ということは3人目!?」 怪傑K「ま、まあ、そうなっちゃうわね」 こなた「かがみにも教えてあげなきゃいけないね、怪傑かがみんは3人いるって。ってことは、いずれ3人揃ったところとかも見れるのかなぁ」 怪傑K「ええっ!?そんなの無理に決まってるじゃないッ!!……あ、えっと、そうじゃなくって。違うのよ。3人もはいないから」 こなた「ふぇ?なんで?だって、あなたはV3で、3人目の怪傑かがみんなんですよね?」 怪傑K「それは、ほら、アレよ、アレ。まあ、アレっていったらアレしかないじゃない?」 こなた「アレ?」 怪傑K「だから、アレよ、アレ……そ、そう!消えたの!1号と2号は消えちゃったのよ!」 こなた「な、なんだってーーーーー!!!?」 かがみ「はぁ~……なんか、ものすごい墓穴を掘ってしまった気がするわ……」 困っている人々を救うため、悪の組織に立ち向かうことを決めた怪傑かがみん1号と2号。 V3にすべてを託し、彼女らは組織の本拠地へと乗り込んでいった。 そして彼女らの活躍により組織は壊滅し、その本拠地も謎の大爆発により消え去ったのだった。 しかしそれ以降、1号と2号の姿を見た物はいない。 勢い余ってそんな話をしてしまった。 とりあえず、つかさの部屋で再び着替えて自分の部屋へと戻る。 扉を開けると、こなたは目をキラキラと輝かせながら興奮気味に話しかけてきた。 こなた「かがみ!すっごい情報を入手したよ!」 かがみ「わ、わかったから、少し落ち着け。何よ、すごい情報って?」 こなた「怪傑かがみんってさ、なんと3人もいたんだよ!」 かがみ「へ、へえー、本当に?」 こなた「本当だヨ!力の1号に技の2号、そのすべてを受け継いだ力と技のV3!彼女らは世界をまたにかけ、地球征服を企む巨大な悪と闘ってるんだって!」 こいつ、もう話に尾ひれをつけてやがる。 なんだよ力と技って。地球征服って。 こなた「――でね、ついに1号と2号はその身を犠牲にして、悪の首領もろとも炎の中へと消えていったんだってさ!いやー、燃える展開だよねー!」 かがみ「はいはい。どうせまた、何かのネタかなんかでしょ?まったく信じらんないわよ、そんな話」 こなた「えー、少しくらいは信じようよ。せっかく教えてあげたのに」 かがみ「はいはい。もうわかったから……それにしても、つかさ遅いわね。何やってんのかしら?」 こなた「言われてみれば、結構時間たってるよね。ちょっと見てこようか?」 かがみ「いいわよ。そのうち来るでしょ」 それから数十分後、心なしか元気のない顔をしたつかさが飲み物を持ってきた。 戻ってくるまでやけに時間がかかったし、台所で何か失敗でもしたのかしらね。 私は飲み物を口にしながら、再びこなたが『怪傑かがみん』の最新情報をつかさにまくしたてる姿を少し呆れて眺めていた。 コメント・感想フォーム 名前 コメント
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かがみ「他の星から来た……不慮の事故で置いてけぼりにされて、そして二つのグループに別れた」 私は頷いた。 かがみ「するとつかさの出会った真奈美というのは人から離れているグループだった訳ね、よくそんな人と仲良くなれたものだ」 ひより「つかさ先輩は癖がありませんからね、少し天然も入っていますし、それが幸いしたのでは?」 かがみ「それだけならまだ良かったわよ……つかさは……」 ひより「はい?」 かがみ「い、いや、何でもない、気にしないで、それより私が心配しているのはコンと佐々木さん、彼等の意図が分らない、田村さんの記憶を消されたのよ、何を企んでいる?」 さっきは何を言おうとしたのだろう。慌てて話題を変えた。私の言った事に対して何か反論しようとしていた。 聞き返しても教えてくれそうにないから詮索するのは止めよう。 ひより「真意は分りませんが、私が佐々木さんと話した限りでは敵対はしていないみたいです、むしろ好意的に感じました」 かがみ「そうね、そっちのお稲荷さんは人間の社会に溶け込んでいる感じがする、人間の法に触れるような事はしそうに無いわね……でもね」 かがみ先輩の顔が曇った。 ひより「何かあるのですか?」 かがみ「二年前くらいかな、私ね、殺されそうになったのよ、そのお稲荷さんに」 その時私は泉さんとの会話を思い出した。 ひより「もしかして、真奈美の弟がどうのこうのって話ですか?」 かがみ先輩は驚いた。 かがみ「……何故それを知っているの」 ビンゴ、当たった、だけどその内容まではしらない。 ひより「いいえ、知りません、泉先輩が言いかけて止めてしまったものですから」 かがみ「まったく、あいつは中途半端なんだから」 少し頬を膨らませて怒った。 ひより「その弟に殺されかけたのですか」 かがみ先輩は首を横に振った。 かがみ「違ったみたいね、別のお稲荷さんみたい、それはつかさが言ったけどそれ以上詳しく教えてくれなくてね、それでも分ったことは、少なくともそっちのお稲荷さんの人間に対する憎しみは相当なもの、つかさと真奈美が仲良くなったくらいで解決できるレベルではないわ」 ひより「その弟さんをつかさ先輩が好きになったって聞きましたけど」 かがみ「二人は別れたわよ……」 ひより「そ、そうですか……」 この先の話しを聞きたいけど、かがみ先輩の悲しそうな顔を見ると聞くに忍びない。 別れたって、すると二人は好き合っていた時期が合ったって意味と解釈するのが普通、片思いなら別れるなんて表現は使わない ……お稲荷さんと愛し合うことなんか出来るのかな……私の腐った感情では計り知れない。 かがみ「田村さん」 ひより「はい?!」 かがみ先輩は急に改まった。 かがみ「コンの教育係を本当にするつもりなの?」 ひより「一応約束したっス……」 かがみ先輩は溜め息をついた。 かがみ「そこまで言うなら反対はしない、忠告だけする、相手は人ではない、まずそれを念頭に入れないとダメよ、常識は通用しないわよ、それから相手にはちゃんと 言葉で真意を伝えないとだめ、好きなら好きですってね」 ひより「ほえ?」 あ、あれ……好きですって……ち、違う、かがみ先輩は何を勘違いしていらっしゃるのか…… ひより「あ、あの、私は……」 かがみ「つかさの二の舞は勘弁してよね、成功を祈っているわ」 な、私の話しを聞こうとしていない。私はコンが好きなんて一言も言っていない。こんな時にボケなさるとは。 ひより「ちょっと待ってください……そうではなくて……」 かがみ「大丈夫、田村さんなら出来るわよ」 私の手を両手で握るかがみ先輩。完全にその気になっている。否定すればするほど逆効果なのかもしれない。 ひより「頑張り……ます」 かがみ先輩はにっこり微笑んだ。それはよくつかさ先輩に対して見せた笑顔だった。見事な勘違いだ。この辺りはつかさ先輩と同じ、双子の血は争えない。 今ならミッションを履行できかも、こっちも仕掛けてみるか。 ひより「かがみ先輩も誰か好きな人は居るのですか?」 握っていた手をいきなり離した。そして、顔が見る見る赤くなっていくのが分る。 かがみ「た、田村さんには関係ないでしょ」 泉先輩の言うようにかがみ先輩は恥かしがりや、この反応を見れば大体検討が付く、これ以上聞く必要はない。ある意味泉先輩のミッションの半分以上が達成された。 ひより「済みません、愚問でした、」 かがみ先輩は私があっさり引いてしまったのを意外に思ったのか、突っ込んで欲しかったのだろうか、少し寂しそうな顔になった。 泉先輩なら畳み掛けるように突っ込むだろうな…… 流石に先輩に対してそこまでは出来ない。 かがみ「それじゃ今日はここまでね、まだ聞き足りないでしょ、続きはまた連絡するわ」 ひより「はい、よろしくっス」 こうして初回のコンの取材は終わった。 今度はコンの側から見た取材も出来る。彼はどんな話しをしてくれるのか。これは面白くなってきた。 家に帰って今日の纏めをする為にパソコンを立ち上げた。泉先輩からメール着信が来ていた。内容は…… ミッションの経過報告を催促するものだった。意外と泉先輩はセッカチだな。なんて思ったりもしてみた。今日は色々な事がありすぎて頭が一杯だ。 纏めるのは後日でいいや、ボイスレコーダーにも録音してあるしね。 とりあえず「順調に進んでいます」とだけ返信しよう。 それから一週間もしない休日の日、私は駅の改札口で待ち合わせをしていた。相手はゆーちゃんやみなみちゃんではない。コン改め、まばぶを待っていた。 まさかこんなに早く実現するとは思わなかった。彼に何を教えるのか、それは彼がどの程度人間を理解しているかが解らないと出来ない。 そんな事を言って、私自身、どれほど人間を理解しているのか甚だ疑問ではある。ふと足元を見てみた。いつもの運動靴。普段着…… ひより「もう少しましな服を着てくれば良かったかな……」 独り呟く…… コンの人間の姿はどんなだろう。イケメン、ブサ……はっ!! 何を考えているのだろう。デートじゃあるまいし。デート。いや、そんなのを意識してはダメ…… かがみ先輩が変な事を言ったからから、会う前からドキドキしてしまう。 そういえば…… 考えてみたら男性と二人きりで会うなんて初めてかもしれない。やばい。脂汗が出てきた。平常心、平常心…… 私は何度もその言葉を頭の中で唱えた。 「お待たせ、すみません」 後ろから男性の声がした。私はゆっくり後ろを向いた。 身長は私より少し高いくらい。年齢は私と同じ位に見える。顔は……可もなく不可もなくって所だろうか。 「田村ひよりさんですよね?」 ひより「はい、そうですけど」 まなぶ「私はまなぶです、今日一日お願いします」 彼は深々と頭を下げた。こんな丁寧なお辞儀をされるは初めてだった。 ひより「い、いいえ、こちらこそお願いします」 私も彼に釣られて深々と頭を下げた。 まなぶ「まさか貴女が先生だったとは思いませんでした、すすむは名前を教えてくれませんでしたから」 ひより「私じゃダメでしょうか?」 すこし謙った言い方をした。 まなぶ「いいえ、私を助けてくれた人の一人ですよね……すみません、あの時の状況はあまり覚えていません」 ひより「助けたと言うより、見つけたって言った方が良いかも」 まなぶ「これからどうしましょうか?」 ひより「取り敢えず喫茶店で話しましょうか」 自然に会話が成り立つ。初めて会うのに初めてとは思わない、不思議な感がする。コンとして何度か会っているせいかもしれない。 近くの喫茶店に私達は入った。飲み物はまなぶさんが持ってきてくれた。私の正面にすわるまなぶさん。どう見ても普通の人間。 少なくとも容姿ではお稲荷さんとは誰も見破る人は居ない。レジで頼んでから席までの動作を見ても不自然な所は無かった。私が教える所なんて無い様に思える。 ひより「人間になれるようになってから日が浅いと聞きましたが?」 まなぶ「つい一ヶ月くらい前からですよ、どうです、私の変身は?」 ひより「私には見分けが付かないです」 まなぶ「それは良かった、でもこの位は普通じゃないと人間の社会じゃ生きていけない」 私は頷いた。本人もそれを自覚している。私の出番は本当にないかもしれない。いや、まて、まだ一つあるかもしれない。 ひより「まなぶさん……呼び難いな、上の名前は無いの?」 下の名前で呼ぶには少し抵抗があった。 まなぶ「苗字は未だ無い、私達にはそう言うものはない、人間の社会で生きていくと決めたときに付ける、その時には戸籍とかに細工をしないといけない、 最近はパソコンを利用しているみたい」 ひより「他のお稲荷さんにしてもらうのか……」 まなぶさんは頷いた。 ひより「名前が無いのならしょうがないね……これだけ聞いておきたかった、人間についてどう思うのか、率直に答えてえると嬉しい」 まなぶさんは目を閉じて少し考えていた。 まなぶ「とても寿命が短いと思う、それが第一印象、私はたかだか50年位しか生きていないから解らないけど、私達が人間の社会で生きていく時は、 百年に一度、名前と容姿を変えるって言っていた、そうしないと私達の正体がバレてしまうって」 それはそうなると私も思った。百年でも遅いくらいかもしれない。 ひより「憎いとか、恨みとかはないの?」 まなぶ「私の両親は人間に殺された、そして、私はその人間に助けられた、正直一言では表現出来ない、少なくとも田村さん、小早川さんと柊家には感謝している」 ひより「人間は個人差があるからかもしれないね……」 あれ、さっき小早川って言っていた。ゆーちゃんの事を言っていると思うけど……私を良く覚えていないのになぜゆーちゃんの名前はすぐ出てくるのだろう。 「済みません、御代を頂きたいのですが……」 喫茶店の店員が私達の席にやってきた。 まなぶ「すまない、忘れていた」 そう言うとまなぶさんはポケットから財布を取り出した。財布を開けた時だった。私は目を疑った。お札入れの部分から緑色の物がはみ出していた。こ、これは、葉っぱ? ま、まさか、葉っぱをお札にして渡す気じゃないだろうか。 ひより「あ、はい、私が払います」 私は慌てて鞄から財布を取り出して御代を店員に渡した。まなぶさんはキョトンとした顔で私を見ていた。店員が去ると私は彼を睨みつけた。 まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」 ひより「その財布に入っているの、葉っぱでしょ、それをお札に変えようとしたよね?」 まなぶさんは財布をポケットにしまうと頷いた。 まなぶ「小さい頃、真奈美さんから教えてもらった技だよ」 得意げに話すまなぶさん。 ひより「それはね、すぐに技が解けて葉っぱに戻っちゃうから後で大変になるよ、お金は本物を使うように……まさか今までもその葉っぱのお金を使っていたんじゃ?」 まなぶ「うんん、それはない、人間と一緒に行動するから試してみたかった、それだけ……そうか、使っちゃいけないのか」 まなぶさんは胸のポケットから手帳を取り出しメモを書き始めた……そうか、これが佐々木さんの言う教育ってやつのかもしれない。もう少し様子を見る必要がありそう。 それにしてもつかさ先輩の話がこんな所で役に立つとは思わなかった…… 喫茶店を出て電車に乗り、テーマパークに行く予定を立てた。しかし……まなぶさんときたら…… ひより「ダメ~!! 何故赤で信号わたるの!!」 まなぶ「えっ? だって、狐の時子供達が信号は赤渡るのが良いって言っていたから」 ひより「ちょ、何で隣の駅なのに最長距離の切符買っているの!!」 まなぶ「え、だって、みんな同じじゃないの?」 ひより「早く来て、間に合わないよ」 まなぶ「こ、この動く階段が……恐くて降りられない」 ひより「はぁ、はぁ、はぁ」 隣の駅に移動するのになんでこんなに体力を使わなければならないのか。このお稲荷さんはダメダメかもしれない。基本から教えないといけない。 まなぶさんは相変わらず私の言う事を黙々とメモしていた。 こんなのはメモするまでも無いのに……佐々木さんや真奈美さんとは大違いだ。交通事故に遭ったりする訳だ。 それにまつりさんがいろいろ手を焼いていたのも納得する。狐も人間も中身が同じなら行動も同じ。 ひより「次の駅を降りたら私に付いて来て、先に行かないように、分った?」 まなぶ「はい、分っています」 う~ん、本当に分っているのかな、この空返事が怪しいな。先が思いやられる。50年も生きているのにまるで子供の様だ。 でも、お稲荷さんの寿命を考えるとこの程度の年月は短すぎるのかもしれない。私達人間はその50年で人生の半分以上を使ってしまう…… 仮に私が彼と親しくなったとしても……確実に私の方が先に亡くなるのか…… 生きている時間の幅が違うだけで一緒に居られないなんて、同じ種で寿命が殆ど同じなのはそう言う意味もあるのかもしれない。 テーマパークに着くとまなぶはまるで子供の様に大はしゃぎだった。これはこれで来た甲斐があった。 昼食が済むと彼は次第に私から注意を受けなくなってきた。それどころか外国人に道を聞かれて対応してくれる場面があった。彼に言わせると殆どの言語を理解出来ると 言っていた。この辺りはお稲荷さんと言わざるを得ない。帰りは地元の近くで食事をした。 まなぶ「顔に何か付いています?」 ひより「い、いや、付いていない……今朝と随分変わったと思って」 まなぶ「変わった、私は別にいつもと同じですが、田村さんがそう言うのであればそうかもしれません、今日はいろいろと勉強になりました」 まなぶは黙々と食事をした。私も食事をして暫く静かな時間が続いた。 まなぶ「あの~」 控えめな小さな声だった。私は食事を止めて彼の方を向いた。 ひより「はい?」 まなぶ「まつりさんにお礼が言いたいのですが……」 ひより「何故私にそんな事を、お礼なら自分で……あっ!」 まさか…… ひより「お礼って、コンの時に世話になったお礼?」 まなぶは頷いた。 ひより「それは出来ないし、止めた方が良いですよ、まつりさんは多分お稲荷さんの存廃を知らないし、説明しても理解出来るかどうか」 まなぶ「田村さんや小早川さんは理解していますけど」 ひより「私は普通とは少し違うから」 ん……またゆーちゃんの名前が出た。しかも理解しているって。するとゆーちゃんはまなぶや佐々木さんの正体を知っていると言うのだろうか。 そんな思いも束の間、まなぶは悲しい顔になって俯いてしまった。 ひより「もしかして、まつりさんが好きなの?」 まなぶ「それは……」 適当に鎌を掛けてみた。彼の顔が少し赤くなり俯いた。この態度から察するに図星に違いない。 ひより「あれだけ世話になったのだからお礼くらいはしたいですよね……」 二人を会わす。どうやって。まつりさんとコンなら佐々木さんの家に行けば良いし、最近も会っているみたいだから私が何かする必要はない。 人間として会わすなら……どうすれば良いかな…… 『ピン!!』 頭の中の電球が点いた。 ある。あるぞ。閃いちゃった。 ひより「私はコンの取材って理由で柊家に行く予定になっているから、私の漫画の弟子って事にして同行すれば会える、話題がコンだから話し易いかも」 まなぶ「ほ、本当ですか、あり難いです、ありがとうございます、先生」 し、先生だって、高校時代の部活でも言われていないのに。合わせてくれているのは解るけど、なんか嬉しい。 ひより「取り敢えず日時が分ったら佐々木さんに連絡するから、それで良いよね?」 まなぶ「はい、お願いします」 嬉しそうな顔。恋のキューピット役もたまには良いかな。 『ピンポーン』 私は佐々木さんの玄関の呼び鈴を押した。 すすむ「はい」 扉が開き、佐々木さんが出てくると私を見て驚いた顔をした。 ひより「帰り道でいきなり狐に戻ってしまいまして……その場で倒れたので連れてきました」 私の腕の中にコンは静かに寝ていた。 すすむ「変身が未熟なので時間をコントロールが出来ないですよ、戻るとき、周りに人は居ませんでした?」 ひより「いえ、公園の茂みに隠れたので大丈夫だと思います」 私はそっと佐々木さんにコンを手渡しした。 すすむ「済みませんね、こんな大役を任せてしまって、疲れたでしょう、上がってお茶でもどうですか?」 ひより「いいえお構いなく、私もなんかいろいろ教えられたような気がします」 すすむ「ありがとう、ところでまなぶはどうでした」 ひより「また会う約束をしました、今度は柊家を訪ねる予定です」 すすむ「やはり、まなぶはまつりさんに会いたいのですか」 私は頷いた。佐々木さんは溜め息をついた。 すすむ「今日はもう遅い、車で家まで送ろう、まなぶを寝かしてから車を出すから少し待ってくれるか?」 ひより「ありがとうございます」 佐々木さんは家の中に入っていった。 すすむさんはガレージから車を出してくれた。 すすむ「まなぶが狐になったのを見てどうだった?」 すすむさんの車が走り出すと同時に話しだした。 ひより「体全体が淡く光ったと思うと見る見る小さくなって……」 すすむ「いや、質問が悪かった、どう思ったのか、感じたのかと聞いたのだが」 ひより「どう思った……っスか?」 私は思わず聞き返してしまった。佐々木さんの質問の意図が全く分らなかった。 すすむ「大概、変身の姿の見た人間は失神するか、逃げるか、半狂乱になるのが普通だ、それなのに君はまなぶを抱いて家まで運んでくれた」 ひより「う~ん、見た時は確かに驚きましたけど、つかさ先輩の話がクッションになってくれたのかな、それとも悪夢を見たのが幸いしたのか、そんなには成らなかったっス」 佐々木さんは溜め息を付いてから話しだした。 すすむ「半狂乱になるくらいならまだ良い方だ、人間は自分の理解出来ないものを排除する傾向があるみたいでね、攻撃をしてくる者もいたのだよ、まなぶを見て分るように 我々は狐に戻った瞬間が一番弱い、攻撃されれば終わりだ、それ故に最高機密としていた、君のように冷静でいられる人間は希なのか」 佐々木さんの質問の意図が分った。これはお稲荷さんの存亡に関わる内容なのかもしれない。 ひより「難しいっスね、私の様な人が私以外に居ないのでなんとも言えない……でも、見たものをそのまま現実として受け入れられるかどうかが鍵になると思います、 私は、趣味のせいで見たものをそのまま模写する癖がありまして、そのせいかも知れません」 もっとも今では模写どころかだいぶ歪曲してしまっている。 すすむ「そうか……その君から我々はどう見える」 ひより「狐に変身出来るのを除けば私達とそんなに変わらないような気がしますけど……」 すすむ「変わらない……か」 佐々木さんの顔が曇った。 ひより「も、もしかして気に障りましたか、すみませんっス……」 今のはまずかったか。星間旅行が出来るまで発展した文明の星から来た人に対して言う言葉では無かった。 すすむ「ふ、ふふふ、その通りだ、変わらない……どうやら私は心の奥底では君達を未開の種族と見下していたのかもしれないな」 笑いながら話す佐々木さんだった。 すすむ「田村さん、君とはもっと早く出会いたかった」 これって私を褒めているのかな。あまり良い回答とは思わないけど…… 私の家の前に車は止まった。私が降りるとウィンドーが下がった。 すすむ「この調子でまなぶの教育を続けて欲しい」 ひより「このままで良いのなら、てか、他にしようが無いっス」 佐々木さんは笑った。 すすむ「おやすみ」 ひより「ありがとうございました」 佐々木さんの車は走り去った。 私は部屋の中で今日の出来事を振り返っていた。やはり何と言ってもまなぶが狐の姿になる場面が何度も鮮明に頭の中に蘇ってくる。 駅に着いたら直ぐに無言で公園に向かった。苦しそうだったし無言だったらトイレかと思っていたら予想を遥かに上回る出来事が起きた。 彼の体が淡く白い光に包まれたと思うとどんどん小さくなっていって、犬のような姿になってから狐になった。漫画やアニメで見たような…… 正直いって佐々木さんの言うようにその場から逃げたい気持ちになったのは確かだった。 狐に戻ったまなぶはその場に倒れて動かなかった。公園の裏とは言え人の出入りはゼロではない。見つかればあの時と同じようにいじめられるかもしれない。 放っておけない。そっちの気持ちの方が大きかった。 この気持ちはまつりさんがコンの世話をしていた時と同じ気持ちなのだろうか…… さてと。 『カチ』 ボイスレコーダーの再生スイッチを押した。寝る前に、この前のまつりさんの録音を再生して纏めるつもりだった。 『見てしまったね……』 佐々木さんの声……あ、あれ? これはこの前再生したものではないか。 ボイスレコーダーを手に取り表示を見てみた。なんてことだ、メモリが一杯になっていた。このレコーダーを買った記憶は私には無い。 そのせいかもしれないけどどうも操作が慣れない。この前のまつりさんとの会話は思い出しながら纏めるか…… 『ガサ・ガサ』 再生停止をしようとした時だった。物音が録音されている。 そうか。私はあの時録音ボタンを押したままレコーダーを仕舞ってしまったみたい。それでメモリが一杯になっていたのか。買ったばかりで不慣れだったみたい。 この音は……私を佐々木さんが運ぶ音だろうか。私は音からどんな状況なのか想像しながら聞いていた。 『ピッ、ピッ、ピッ』 電子音が響いた。他の音は聞こえなくなった。きっと佐々木さん家の中なのかもれない。 『……私だ、君の言うように来てしまった……そうか来るのか……待っている』 あの電子音は電話のボタンを押す音だった。佐々木さんの声、誰かと話している。君の言うように……これって、私が佐々木さんの家に来たのを予想した人が居るってこと? いったい誰だろう。 あの会話だと佐々木さんの家に来るみたいだ。もしかしたらその人と佐々木さんの会話も録音されているかもしれない。早送りボタンを押して時間を進めた。 『ピンポーン』 呼び鈴の音がしたので早送りを止めた。 『大丈夫、眠っているだけだ、安心しなさい……』 佐々木さんの声、眠っているのは私に違いない。 『本当に記憶を消していいのか、私は勧めない、万が一それが発覚したら責任は君に降りかかる、その覚悟があるのか』 音がしない。沈黙が続く、迷っているのか来訪者は黙っていた。 『はい、構いません、お願いします』 その声は私が良く知っている声だった……ゆーちゃん…… 佐々木さんと話していてどうも違和感があったけどこれで理解できた。佐々木さんはバレないようにゆーちゃんを庇ったから話しに違和感があったと私は思った。 それに佐々木さんはこのレコーダーを気にしていた。さっきの会話を聞かれたかどうか心配だったのか。最後まで聞くべきだった。 佐々木さんは私の記憶を消すつもりは無かった。記憶を消したのはゆーちゃん…… ゆーちゃんが私の記憶を消したのは何故だろう。 あの話しぶりだと既にゆーちゃんは佐々木さんがお稲荷さんだと知っている。おそらくコンの正体も知っている。 それは理解できるけど何故…… そういえばゆーちゃんは以前、私がコンの話しをしたら『そっとしておこうよ』って怒った事があった。 私はゆーちゃんにとって邪魔だったから…… 何の邪魔だったのかな……知りたい……それはゆーちゃんにとって知られてはいけないものなのか。 私の知っているゆーちゃんとはこんな事はしないし、出来ないはず。お稲荷さんに強制された訳じゃない。その逆、ゆーちゃん自ら私の記憶を消すように頼んでいた。 ……考えても先に進まない。これは直接聞くしかない。 しかし、私の記憶を消すくらいだから、そう簡単には教えてくれないだろう。どうする…… 時計を見るともう日が変わっていた。 あっ、もうこんな時間か……一度寝て少し落ち着こうか。 次の日、 大学の講義が終わり私は寄り道もせず泉家に向かった。アポは取っていない。その方が聞きやすいと思ったから。ゆーちゃんに弁解の機会を与えないで 真実のみを話してもらう。これがアポなし訪問の理由。もっとも居なければ出直すしかない。 さて……居ますように。 呼び鈴を押すとおじさんが出てきた。 そうじろう「おや、田村さんだったね、ゆーちゃんなら今帰ってきた所だ」 これは幸運だ。心の中でガッツポーズをした。 扉を全開にして私を通してくれた。 そうじろう「ゆーちゃん、お客さんだぞ」 ゆーちゃんの部屋に向かって大声で呼んだ。 暫くすると部屋からゆーちゃんが玄関にやってきた。 ゆたか「ひ、ひよりちゃん、どうしたの……急に……」 驚くゆーちゃん。この驚きは何を意味するのだろうか。 ひより「ちょっと取材でこの近くに寄ったものだから、居なければ帰るつもりだった」 ゆたか「そうなんだ、それじゃ私の部屋に来て」 ひより「お邪魔します」 靴を脱ぎゆーちゃんの後に付いていった。 そうじろう「後でお茶でも持って行こう」 ひより「有難うございます」 ゆたか「あっ、私がしますから」 そうじろう「それじゃ、そうしてくれ」 おじさんは自分の部屋に戻っていった。 部屋に入るとゆーちゃんは部屋を出て行った。しばらくするとお茶とお茶菓子を持って帰ってきた。 ゆたか「取材の帰りって言っていたね、もしかして漫画を再開したの?」 そうだった。コミケ事件から描いていなかった。でも、話としては入りやすい。まさかゆーちゃんからこの話を振ってくるとは思わなかった。 ひより「うん」 ゆたか「そうだよね、やっぱり好きな事をするのって一番楽しいから、それでなんの取材をしていたの」 ひより「コンの記憶が戻る過程の取材」 ここは嘘を付いても意味が無い。それにゆーちゃんの反応も見てみたい。 ゆたか「えっ、そ、それって、柊家の取材でしょ、だ、ダメだよ、また知り合いをネタにしたら、あの時どうなったか分かっているでしょ?」 動揺するゆーちゃん、一見私を心配しているようだけど、裏を知ってしまうとまた違って見えてしまう。 ひより「ふふ、その点は大丈夫、かがみ先輩のお墨付き、泉先輩が介入しないなら良いって言ってくれた」 ゆーちゃんは黙ってしまった。嘘を言っていないから私的に気は楽だけどゆーちゃんから見れば気が気じゃないよね。 これで大体分かったけど核心に触れなければ私の気が治まらない。鞄からボイスレコーダーを取り出した。 ゆたか「なに?」 首を傾げるゆーちゃん、私は再生ボタンを押してゆーちゃんの目の前に置いた。 『○月○○日、晴れ、町を歩いているとたい焼き屋さんを発見した、どうやら新規オープンしたようだ、手持ちは……準備していなかった、 一個分のお金しか持って来ていない、さて、たい焼きの中身を何にするか……』 あ、な、なんだ、ち、違う。 ゆたか「……そうだよね、そうゆう時って悩むよね……私だったら……」 ひより「ちょ、ちょっと待って、今のは違うから」 ボイスレコーダーを取り再生トラックを変えた。ゆーちゃんが慌てている私を見て笑っている。しくじった。 『○○年○月○日正午、私は佐々木整体医院の目の前に立っている、見たところどこにでもありそうな整体医院、調べた所によると今日は休院日、調査には絶好の日だ』 ゆーちゃんの顔が厳しく豹変した。顔色が見る見る青くなっていく。ボイスレコーダーは最後にゆーちゃんの声を再生した。 『はい、構いません、お願いします』 再生が終わると私はボイスレコーダーを鞄に仕舞った。 ゆーちゃんは俯いたまま何も話さない。あまりに決定的な証拠を突きつけられて何も言えなくなってしまったのだろうか。 私はゆーちゃんの言葉を待った。だけどその言葉はこのままでは聞けそうにない。ちょっとダイレクト過ぎたかも。 ひより「私ね、この録音を途中までしか聞いてなかった、だから私は佐々木さんに会いに行ってきた、そこで佐々木さんは紳士的に対応してくれた、 もちろん自分の正体も教えてくれたし、コンの話もしてくれた、残りの録音の昨日聞いた……それで佐々木さんはゆーちゃんを庇っていたのに 気が付いた、だからこうして私はここに来た、私の記憶を消したのはゆーちゃんだよね……どうして?」 口を噛んでいるように硬く閉じて開こうとしない。そんなに私に知られたくない内容なのだろうか。私は怒っていない。それは私の表情からも分かるはず。 あまりこんな事はしたくないけど。ゆーちゃんのかたくな態度を見るとせざるを得ない。 ひより「これがもしみなみちゃんだったら、同じ事をしていた?」 ゆたか「そ、それは……」 話そうとしたのも束の間、口が開いたがまた閉じてしまった。私は暫く真面目な顔でゆーちゃんを見ていた。 ひより「ふふふ、その姿、泉先輩と同じだね」 私は笑った そう、これはコミケ事件の場面でかがみ先輩が私を尋問する時に使った手法だ。厳しい態度を見せておいてから一転して砕けた笑顔。 かがみ先輩がそれを意識していたかどうかは分らない。こんなのは大学でも教えていないだろうし、そもそもそんな手法があるのかどうかさえ知らない。 だけど少なくとも私には効果があった。それをそのままゆーちゃんに試したのだった。それに私はかがみ先輩の様な笑顔はつくれない。上手くいくだろうか。 ゆたか「お、お姉ちゃんと……同じ?」 驚きながらも意味が分らないのか首を傾げて聞き返してきた。私は頷いた。 ひより「今、ゆーちゃんのしている事は、あの時の泉先輩と同じ、私はそう思う」 ゆたか「あ、う……」 よっぽど話したくないのか、目が潤んできてしまった。肩が震えているのが分る。 私もこれ以上責めるつもりは無い。それに付け焼刃の試みも失敗に終わった。 ひより「分った、ゆーちゃんが話してくれないのなら、もう聞かない、私は私のしたい様にするから、ゆーちゃんもしたい様にすればいいよ」 私は立ち上がり部屋を出ようとした。私は怒っていない。むしろゆーちゃんが隠し事をしているのが新鮮でとても興味があった。高校時代ではまず在り得なかった。 ゆたか「私……お稲荷さんを知っていた……」 ボソボソと話しだすゆーちゃん。私は立ち止まった。短いけどこれだけ話してくれただけでも嬉しい。私は振り返ってゆーちゃんの前に座った。 ゆたか「ごめんなさい……私、取り返しのつかない事をしちゃった……」 ひより「そうだね、そのおかげで私はボイスレコーダーを買った事実さえ忘れてしまった、何が録音されているかもね、それに、未だに操作が覚束ないよ、このレコーダーが 私の物って実感がない、だからゆーちゃんの所に来た」 ゆーちゃんは何か吹っ切れたように話しだした。 ゆたか「佐々木さんが言っていた、一つの記憶だけをピンポイントで消せないって……関連している記憶も消えてしまう可能性があるって……私、もしかしたら、 ひよりちゃんにとってもっと大切な記憶を奪ったかもしれない……」 ひより「ふふ、今度消されたらゆーちゃんやつかさ先輩の記憶まで消えちゃうね」 ゆたか「も、もう、そんな事しないよ……出来ないよ……」 私が笑うとゆーちゃんの目から大粒の涙が零れだした。そんなにしてまで私から何を隠そうとしていたのだろう。今ならそれも問い詰められそうだけど、 泣いている姿を見ているとやり難い。それに、あのかがみ先輩ですら泉先輩をあれ以上問い詰めなかったのだから。 ひより「佐々木さんの正体、何時知ったの?」 ゆーちゃんは少し落ち着きを取り戻した頃話し始めた。 ゆたか「整体院に通うようになって直ぐ……私がその日の最後の患者の時だった、治療が終わって外に出たら次回の予約を取っていないのに気が付いて、急いで戻ったて 診療室のドアを開けたら……佐々木さんの姿が……狐の姿に……なっていくのを見てしまった」 まだ少し泣き声が混ざりながらだった。 通うようになって直ぐ……私達がレストランかえでに行く前じゃないか。ゆーちゃんはつかさ先輩からお稲荷さんの話しを聞く前に既に知っていたのか。 ひより「それで……逃げたの?」 ゆーちゃんは首を横に振った。 この時のゆーちゃんの行動にすごく興味を引かれた。 ゆたか「恐かった……恐かったけど、逃げさすほど恐くなかった、多分佐々木さんの方がもっと驚いたのかもしれない、私を見るなり机の下に隠れてしまって……」 私の見ていた夢が消えた記憶の断片なら私はあの時逃げようとしていた。条件は同じなのに。 ゆたか「私は佐々木さんに向かって、「ごめんなさい、突然開けてしまって」……そう言ったら、机の下からゆっくり出てきてくれた、 狐の姿だと言葉が喋られないみたいで……何を私に言いたいのか理解できなかった、だから、私は明日来ても良いですかって言ったら頷いてくれた」 ひより「す、凄いね、狐になった佐々木さんに声を掛けられるなんて、よっぽど勇気がないとそんな事できないよ……ゆーちゃんを見直しちゃったよ」 これは素直に感心するしかなかった。ゆーちゃんは照れ気味なのか顔が少し赤くなったように見えた。 ゆたか「次の日、佐々木さんは全てを話してくれた、佐々木さん達は遠い星から来た人だって、それも数万年も前、事故が原因で帰れなくなったって言っていた」 ひより「数万年前、そんなに昔……そこまで私は聞いていなかった、凄い昔、確か調査で来たって言っていたけど……調査に来るって事は、やっぱり地球は珍しい星だったね」 ゆたか「うんん、地球みたいな星は結構いっぱい在るって言っていた、ここに来る前にも100個くらい調査したって言っていたよ」 ひより「百個……」 この星もそんな有り触れた星に過ぎないのだろうか…… ゆたか「あっ、でも、文明をもつ星は珍しいって、少なくとも調べた星では一個も無かったって」 ひより「い、いや、数万年前じゃ、私達も文明なんてレベルじゃ無かったよ」 ゆたか「そうだよね、人間をもっと早く知っていれば狐にならなくて済んだって言っていた」 ん、ちょっと待て、ゆーちゃんの話しは具体的でなんか実際に見てきた様な言い方だよね。まさか…… ひより「佐々木さんって何歳なの、その話しを聞いていると当時から居るような気がしてならないよ」 ゆたか「うん……当時からずっと生きているのは佐々木さんを含めて三人だけになったって……凄いよね……私達から見ればやっぱりお稲荷様だよ」 ひより「それじゃ、コンがお稲荷さんって言うのも知っていたの?」 ゆたか「……うんん、始めは気が付かなかった……佐々木さんの整体院で一回もコンちゃんには会っていなかったから……佐々木さんに話してどうやってコンちゃんを引き取ろうか いろいろ話し合って……でも皆には秘密にしたいから……」 秘密にしたいからコンの迷子のポスターを作るなんて言ってしまった。でも私はどんどん調べていくから記憶を奪おうなんて考えた。 私の頭の中の整理が付いた。 ゆーちゃんの話しは興味をそそるものだった。SFに興味ない私が聞き入ってしまうくらい。 お稲荷さんは仲間に連絡を取るために人間に知識を教えた事もあった。だけどその知識の為に人間同士争いってしまい文明が滅びてしまった。 それの繰り返し、それで人間から疎まれはじめて、追われて、逃げて……千年くらい前に日本に住むようになったそうだ。 お稲荷さんは約二十名が生き残って細々と暮らしている。殆どはつかさ先輩の居る町の神社に住んでいると。 佐々木さんの様に人間と一緒に生きているのは極少数、お稲荷さんをやめて人間になってしまった人も居ると言っていた。 それだったら最初から人間になっちゃえば良い。なんて思ったりもするけど、物事はそんなに単純じゃない。 何千年、何万年も生きられる事で私達には分らない良い何かがあるに違いない…… もっとも、たかだか二十年そこそこしか生きていない私が考えた所で分るはずも無い。 ゆたか「コンちゃんの教育係?」 私は頷いた。ゆーちゃんの話が終わると今度は私が今までの経緯を話した。ゆーちゃんは食い入るように私の話しを聞いていた。 ひより「昨日行ってきたけど……まぁ、子供と言うのか、笑っちゃうくらい」 ゆたか「そ、そうなんだ……」 ゆーちゃんは少し寂しそうな顔になった。 ひより「ん、どうしたの?」 ゆたか「え、あっ……佐々木さんは私にコンちゃんの話しはしなかったから……私ってまだ子供なのかな……」 ゆーちゃんがこんな事言うなんて……ゆーちゃんも教育係をしたかったのだろうか。 ひより「そうかな、佐々木さんは私にゆーちゃん程詳しく自分達の話しをしてくれなかったから……同じじゃないかな?」 ゆーちゃんはあまり納得していなかった様子だった。私は話しを続けた。 ひより「それで今度、柊家に彼を連れて行く」 やたか「えぇ、それって、正体を話しちゃうって事、だ、ダメだよ」 身を乗り出して迫ってきた。 ひより「い、いや、そうじゃなくて、まばぶさんがまつりさんにお礼を言いたいって言うから……勿論、正体なんかばらすつもりは無いよ、いきなりコンはお稲荷さんで、 人間に化けて来ましたよ、なんて言ったって信じてくれるわけ無いから」 ゆーちゃんは私から離れてホッと胸を撫で下ろした。 ゆたか「そうした方が良いよ……まつりさんにお礼……もしかして、コンちゃんは……まつりさんの事……」 ひより「そうだね、愛している……とは言えないけど、少なくとも好意は持っていると思う、殆どまつりさんが世話をしたって言うから、当然と言えば当然だね」 ゆたか「……そ、そうなんだ……ねぇ、ひよりちゃん……」 今度は改まって私に迫ってきた。だけど目は私を見ていない。言い難い話しなのかな。 ゆたか「うんん、何でもない……なんでもない……まなぶさんとまつりさん……か……うまく行くと良いね」 何を言おうとしたのだろう。少し気になるけど……今は考えるのは止めよう。 ひより「ふふ、ダメダメ、きっとまつりさんの好みじゃないと思うよ」 ゆたか「そんな事ないよ、きっとうまくいくよ!!」 珍しく私のおふざけに食いついてきた。もちろんまつりさんの男性の好みなんて知らない。適当にふざけただけだった。それなのにこの食いつき様は…… これはゆーちゃんも私と同じような状況にあると思って良い。 『よし!』 頭の中で気合を入れた。 ひより「もしかして、ゆーちゃんも誰かと誰かをくっ付けたい、なんて思っていない?」 ゆたか「えっ!?」 ゆーちゃんの表情が固まった。図星だ。この状況から察するに答えは自ずと導き出される。 ひより「ズバリそれは、佐々木さんといのりさん……」 ゆたか「え、え~ど、ど、どうしてそれを……」 動揺してどもってしまうゆーちゃん、やっぱりゆーちゃんは嘘を付けない。ちょっとだけホッとした。 ひより「佐々木さんがコンを引き取りに来た時、佐々木さんといのりさんが良い雰囲気だったのを思い出したから、もしかしたらと思ったのだけどね」 暫くするとゆーちゃんは納得したように落ち着きを取り戻した。 ゆたか「ひよりちゃん凄い……あの時そこまで気が付かなかった、鋭い洞察力だね」 ゆーちゃんにまで同じ様に褒められるとは。流石に照れてしまう。 ひより「それで、お二人はどこまで進んでいるのかな~?」 調子に乗った私はまたちょっとふざけ気味になった。ゆーちゃんの顔が曇った。 ゆたか「私がいのりさんに整体院を教えてから何度か通うようになって……」 いのりさんが整体院に通う……見た所身体が悪そうに見えないけど……好きになると通いたくなるものなのかな~ 整体師と巫女の恋物語……う~ん、ちょっといやらしいかな、いや、そう思う私がいやらしいのかもしれない……でも、もっと良い題名付けられないかな…… ゆたか「ひよりちゃん……聞いている?」 ゆーちゃんの声に我に返った。 ひより「は、はい、 なんでしょうか、佐々木さんが通うようになった……はい、次お願いします」 ゆーちゃんは頬を膨らませて怒った。 ゆたか「やっぱり聞いてない……」 やばい、やばい、妄想が止まらなくなってしまう。いつもの癖が出てしまった。私はゆーちゃんを見て集中した。 ゆたか「……いのりさんが佐々木さんに好意を持っているのは私もそこで分ったのだけど……佐々木さんの方がいのりさんを避けているような感じがする…… 何とかしたいのだけど、私の力ではどうする事も出来ない……何か良い考えがないかな……」 ひより「う~ん」 両手を組んで考え込んだ。これは難題だ。そもそも恋愛は私の得意分野ではない。いや、そもそもこうすればこうなるみたいな方程式なんか無い。 それが恋愛…… まなぶとまつりさんも同じ。それはつかさ先輩と相手のお稲荷さんも然り。 ひより「ごめん、私もそれに関しては全くのノーアイデア」 ゆーちゃんは沈んだ顔になった。もしかして、ゆーちゃんはこの恋愛の為に私の記憶を消したのかもしれない。 そうだ、そうに違いない。それしか考え付かない。自分だけで解決したい……そうか。無理しちゃって…… ひより「まなぶとまつりさんを会わせてそのまままつりさんがまなぶを好きになってくれれば私は何もする事がない、でもそう簡単にはいかないと私も思っている、 こうして片足を突っ込んだからには何とかしないと、お互いにね、ゆーちゃんもそう思っているでしょ?」 ゆたか「それじゃ……ひよりちゃんも?」 ひより「恋って他人がどうこうするものじゃないって言うのは認識しているけど、相手がお稲荷さんだとやっぱり放っておけない」 ゆーちゃんは当然と言わんばかりに相槌を打った。 ゆたか「このまま私はいのりさんと佐々木さんを担当するから、ひよりちゃんはまつりさんとコンちゃんをお願い」 ひより「うん」 さて、ゆーちゃんと話してほぼ目的を果たした。でも、もう一つ決めておかないといけない事がある。 ひより「……みなみちゃんにはどうやって説明するか、それが問題だね」 突然ゆーちゃんの顔が豹変した。 ゆたか「みなみちゃ……みなみには話す必要なんかないよ」 ひより「へ?」 私は呆気にとられた。どう言うことなんだ? ゆたか「ひよりちゃん、この話しはみなみに話したらダメだから、約束して」 いつになく強い口調だった。 ひより「……約束するのは構わないけど、みなみちゃんと何かあったの」 ゆたか「ひよりちゃんには関係ない事だから……」 言葉のトーンが少し下がった様な気がした。関係ないと言われても関係ないはずはない。 ひより「もしかして、喧嘩でもしたのかな」 ゆたか「もうその話しは止めて!」 ひより「う、うん、もう話さないよ」 また強い口調になった。どうやら喧嘩をしたのは確かなようだ……そういえば泉先輩を見送った後、かがみ先輩がそんな話しをしたっけ。 私には気が付かなかったけど、かがみ先輩の方が私より鋭い目を持っているのかもしれない。 喧嘩とはまた厄介な問題だ。 ゆーちゃんはああ見えて一途な面をもっている。みなみちゃんはちょっと言葉足らずな所があるから今まで喧嘩をしなかったのが不思議だったのかもしれない。 やれやれ、これも私がなんとかしないとならいみたいだ。 ゆたか「あっ、もうこんな時間、もう遅いし、夕ご飯を食べていかない?」 いつものゆーちゃんに戻った。 ひより「え、私は……」 ゆたか「遠慮しないで、いつも二人で寂しいから、おじさんもきっと喜ぶし、ね」 ひより「……それではお言葉に甘えまして……」 なんだろう、ゆーちゃんにこんな二面性があったなんて、これもツンデレの一種なのだろうか。いや、みなみちゃんと何があったからかもしれない。 でも喧嘩なんてどっちもどっちって落ちが殆どだし…… 取り敢えずまなぶと会う前にみなみちゃんに会う必要がありそう。 夕食はゆーちゃんとおじさんを含めた三人で食べた。おじさんは泉先輩の話しかしなかった。ゆーちゃんは何故かつかさ先輩の話しが中心になっていた。 その合間を縫うように私は雑談をした。やっぱりなんだかんだ言って泉先輩が抜けたのはこの家にとって大きな出来事だったのだろう。 そんな気がしてならなかった。 話しは長くなりすっかり夜も遅くなってしまった。おじさんの車でゆーちゃんが家まで送ってくれると言うので送ってもらう事になった。 ひより「家に連絡をとって兄に迎えに来てもらうよ」 ゆたか「うんん、引き止めたのは私だし、気にしないで」 ゆーちゃんは車のロックを解いた。 ゆたか「どうぞ」 私は助手席に乗った。そういえばゆーちゃんの車の運転は初めてだった。ゆーちゃんは運転席に乗りシートベルトを締めた。ゆーちゃんは私の方をじっと見つめた。 ひより「はい?」 ゆたか「シートベルト」 ひより「あ、そうだった」 私はシートベルトを締めた。その瞬間、ゆーちゃんの目つきが鋭くなった。道路の向こうの一点を凝視する目、獲物を狙う猛禽類そのものだった。 ひより「え、な、何?」 戸惑う私を尻目にゆーちゃんはサイドブレーキに手をかけた。 ゆたか「いくよ!!」 『ヴォン!!』 エンジンが爆音を上げた。 嗚呼……ゆーちゃんは成実さんと同じ血が流れているのを忘れていた。隣に座っているのは紛れもなく成実さんの妹であった。 その後の私はゆーちゃんのドライブテクニックを嫌と言うほど味わう事となった。 数日後私はみなみちゃんに連絡を取った。するとみなみちゃんの方から私の家に出向くと言ってきた。私はすぐに了承をした。 さて、みなみちゃんを呼んだのは良いけどどうやって話せば…… ゆーちゃんは昨日の話しはするなと言う。曲がりなりにも約束をしたからにはうかつには話せない。 みなみ「急用は何?」 ひより「え、えっと……」 ここに来て口篭る。みなみちゃんはゆーちゃんと一緒に居たから気兼ねなく話せたけど、こうして二人きりだと話しのペースが掴めない。 どうやって切り出すか。みなみちゃんはまごまごしている私を不思議そうに見ていた。ここ単刀直入にいくしかなさそうだ。 ひより「最近、ゆーちゃんと喧嘩していない?」 みなみ「ゆたかと……喧嘩」 復唱するとそのまま黙ってしまった。ゆーちゃんと違って表情からは何も分らない。 ひより「泉先輩の引越しの見送りに来なかったでしょ、泉先輩が出発した後ね、ゆーちゃんが……」 みなみ「あの時は用事があったから……」 私の話しに割り込んで来た。 ひより「みなみちゃんの話しはしたくないって……数日前だよ、本当はゆーちゃんもここに連れてきて一緒に話しをさせたいくらい」 みなみ「……その必要はない、あんな分らず屋といくら話しても結果は同じ」 ひより「ちょ……みなみちゃん……」 みなみちゃんとは思えないセリフだった。事態は思ったより深刻そうだ。 みなみ「ひよりは聞いたの、佐々木さんといのりさんの話しは……」 ひより「えっ!?」 まさかその言い方からするとみなみちゃんも話しを聞いているって事なの? みなみ「お稲荷さん、あえてそう言わせてもらう、彼らはつかさ先輩、かがみ先輩の命を奪おうとした、そんな人達といのりさんを一緒にさせるなんて正気の沙汰とは思わない」 ひより「人間もいろいろ居るのと同じ、お稲荷さんだっていろいろ居る、佐々木さんは私が見た所普通の人と同じ思考だと思う、いや、普通の人より理性的、 一緒に考えちゃダメだよ」 みなみちゃんはお稲荷さんの事を良く思っていない。つかさ先輩の話しを聞いていた時は感動している様にみえたのに…… みなみ「みゆきさんは言った、人は人意外愛せないって……まして彼らは他の星から来た者、愛し合うなんて出来るはずない、ゆたかのしようとしている事は悲劇しか生まない」 う、確信を付いてきた。確かに普通に考えるとそうかもしれない。でも、何故、みなみちゃんは心変わりしてしまったのかな。高良先輩の名前が出てきたけど…… そうか、高良先輩の影響をもろに受けてしまったみたい。高良先輩もお稲荷さんを良く思っていないって泉先輩が言っていたのを思い出した。 みなみ「ひよりからも止めるように言って欲しい……」 急に悲しい顔になった。喧嘩をしていてもゆーちゃんを心配している。そこは変わっていないみたい。なんかホっとした。 でも、みなみちゃんの言っている内容はそのまま私がしようとしている事に対しても止めろと言っている様に聞こえる。 ゆーちゃんはこうなるのを分っていて話しをするなって言ったのかな。 ひより「私は……止められない、正しいのか、間違っているのか、私には分らないけど、これだけは言える、好き合っているなら良いんじゃないの」 みなみちゃんは私を鋭い目で睨みつけた。 みなみ「……ゆたかはそんな不確かな感情で動いている、遊びで二人を弄んでいる、それこそ佐々木さんの怒りを招くだけ……」 ひより「あ、遊び……」 みなみちゃんは立ち上がって身支度をし始めた。 遊びだって……私はそんな浮ついた気持ちでまつりさんとまなぶを会わせようなんて思っていない。胸が熱くなった。込み上げる感情を抑えられなくなった。 ひより「違う、違うよみなみちゃん」 みなみちゃんは身支度を止めた。 みなみ「違う?」 ひより「そうだよ、私は命を懸けて佐々木さんの所に行った、それを遊びだなんて言わないで、私は……私は、少なくと私は間違っていないと思うから、二人を会わせて、 その後は二人で決める、それだけだよ、無理強いなんかしないし、させない、切欠を与えるだけ、それでもダメなの?」 みなみ「な、なにを言っているのか分らない、私はゆたかに言っているのに、なぜひよりがムキになる……」 私は我に返った。しまった。思わず自分に言われているような気がしてしまった。そんな私を見てみなみちゃんは微笑んだ。 みなみ「ひよりが趣味以外で熱く語るのを初めて見た……ゆたかが羨ましい」 みなみちゃんは身支度を終えると部屋を出ようとした。 みなみ「私は手伝えない、だけどひよりが正しいと思うならゆたかを助けてあげて……お邪魔しました、帰ります」 みなみちゃんは部屋の扉に手を掛けた。 ひより「もし、真奈美さんが生きていたら、きっとつかさ先輩の友達……親友になっていたよね、うんん、もうとっくに親友だった、二人はお稲荷さんと人間だよ…… だから私も同じ様に……」 一瞬動作が止まったけど、そのまま玄関の方に向かい、家を出て行ってしまった。 ゆーちゃんとみなみちゃんの仲直りすら誘導できないなんて……みなみなちゃんの言うように私達は間違っているのかな…… いや、成功させれば誰も文句は言わない。ゆーちゃんの為にも成功させてみせる。 私達は柊家に向かっていた。 ひより「打ち合わせの通りお願いね、シミュレーションを忘れないように」 まがぶ「分った……」 それから一週間後、二回目のまつりさんの取材の日になった。今度はまなぶと一緒だ。まつりさんがどんな行動をするか事前にシミュレーションをしておいた。 万全には万全を、少しでもまなぶの好感度を上げておきたい。あれ、まなぶの表情が硬い。 ひより「まなぶさん、まだ会ってもいないのに緊張しちゃダメ」 まなぶ「分っている、分っているけど、人間として会うのは初めてだ、私を見てどう思うだろう?」 ひより「……私はまつりさんじゃないから分らない、あまり気取らないで自分らしくいくしかないと思う」 この程度のアドバイスしか出来ないとは我ながら情けなくなる。 まなぶ「……家が見えてきた」 ひより「まつりさんには私のアシスタントも同行するって言ってあるから」 まなぶは手の平に人と三回書いて飲んでいる……そんなおまじないで緊張が解けるわけ……まさかお稲荷さんがその起源? 確認をする間もなく柊家の玄関の前に着いた。 ひより「それでは行きます……」 私は呼び鈴を押した。暫くすると扉が開いた。 かがみ「いらっしゃい、待っていたわよ……」 私の隣にいるまなぶをかがみ先輩がじっと見た。かがみ先輩にはまなぶの正体はまだ言っていない。取材が終わったら話すつもりでいた。 かがみ「……貴方が田村さんのアシスタントね……」 ひより「はい、大学の同級生でまなぶと言います」 まなぶ「よろしくお願いします!」 まなぶは深々と頭を下げた。 かがみ「取り敢えず中に入って、まつり姉さんが買い物から帰ってこないのよ……」 ひより「はい」 私達は家の中に入った。 かがみ「居間で待っていて、直ぐに呼ぶから」 かがみ先輩は携帯電話を取り出した。 まなぶは何の迷いもなく居間に向かって歩き出した。しまった。まなぶはこの家は初めての筈、だ、だめだよ。私は小走りでまなぶの前になって居間に進んだ。 ひより「家に入ったら勝手に歩いたらダメって言ったでしょ?」 私は彼の耳元で囁いた。 まなぶ「あっ、そうだった、ごめん、狐の頃を思い出してしまった、今度から気を付けるよ」 まなぶも小声で囁いた。これじゃ先が思いやられる…… かがみ先輩は携帯電話でまつりさんと会話をしている。おそらくさっきは見られていない。 かがみ「そうなのよ、もう彼女達来ているわよ」 …… かがみ「忘れていたって……ちょ、姉さんしっかりしてよ、今どこに居るの?」 …… かがみ「それじゃ直ぐ戻ってきて……急いで!!」 かがみ先輩は携帯電話を仕舞うと居間に来て私達の前に座った。 かがみ「ごめんね、姉さんすっかり忘れたみたい、急いで戻ってくるから少し待っていて」 ひより・まなぶ「はい」 かがみ先輩は私の隣に座っているまなぶをじっと見つめた。 かがみ「ふ~ん、成る程ね……」 かがみ先輩は腕を組み納得する様に二度頷いた。 ひより「なんでしょうか?」 かがみ先輩はまなぶを指差し言った。 かがみ「あんた、コンじゃない?」 ひより・まなぶ「ふえ?」 あまりに唐突で、的を射た発言に私達二人は奇声を上げるしかなかった。そんな私達を見てかがみ先輩は笑った。 かがみ「図星みなたいね」 ひより・まなぶ「ど、どうして分ったの?」 かがみ「コンは人の顔を見る時、二回瞬きをする、そのタイミングと間隔が全く同じだった」 まなぶは慌てて両手で目を隠した。それを見たかがみ先輩はまた笑った。 ひより「そ、それだけで、たったそれだけで分ったのですか?」 かがみ「勿論それだけじゃ分らない、田村さんのいままでの行動や、私の体験、つかさの話しとかを総合的に考えてね……今は私しか家に居ないから 思い切って聞いてみたのよ、仮に違っていても彼にさんにとっては意味不明な会話になるから問題ない」 ひより「まいったなぁ~そこまで考えた上の質問だったっスか……私からはもう何も言う事はないっス」 まなぶ「ま、まずい、これじゃまつりさんにもバレしまう……は、早く帰ろう……」 慌て始めたまなぶを見てまたかがみ先輩は笑った。 かがみ「ふふ、まつり姉さんは分らないわよ、お稲荷さんの話しを知らない、仮に知っていたとしてもまなぶさんとお稲荷さんを結びつけるような思考はないと思う、 田村さんみたいに想像力がある人じゃないと理解できないわよ」 ひより「そ、そうですか」 これって、褒められているのだろうか…… 急にかがみ先輩は真面目な顔になった。 かがみ「それはいいとして……なぜ連れてきたの、コンの話しをするのに本人を連れてくるなんて……もっと相談くらいはして欲しかった」 私とまなぶは顔を見合わせた。 ひより「……これには人には話せない深い事情がありまして……」 かがみ「深いって……今更私に何を秘密にすると言うのよ、つかさ、こなた、みゆき、私はもう殆ど知っているのよ、貴女達だってつかさから聞いているでしょうに」 ひより「はい、ですから事情であります」 かがみ「事情……事情って何よ」 かがみ先輩はまなぶの方を見た。まなぶは俯いて少し顔が赤くなっている。 かがみ「……何よ、人に言えない様な恥かしい事なの……」 私達は黙った。 かがみ「……ちょっと待って、まさか、まつり姉さんを……た、田村さんちょっとこっちに来なさい」 かがみ先輩は立ち上がり居間を出た。 かがみ「まなぶさんはそこで少し待っていて下さい」 私は居間を出ると二階に上がりかがみ先輩の部屋に連れられた。部屋に入るとかがみ先輩は扉を閉めた。 かがみ「どう言う事なの、あんたまなぶさんを好きじゃなかったの」 ひより「いいえ、私は別に好きでもなんでもないです、あの時は否定するほどかがみ先輩が勘違いされるものですから……」 かがみ先輩は自分の間違えに気付いたせいか少し照れてしまっていた。 かがみ「そ、そうだったの……そ、それなら別に問題はないけど……それにしても、選りに選って……まつり姉さんなのか……」 私は頷いた。 かがみ「確かにまつり姉さんはコンの世話をしたかもしれないけど……それはあくまで犬として、狐として見ていただけでしょうに」 ひより「それは私も彼に言いました、それでもお礼を言いたいって……」 かがみ「……あんた、何故そんなに首を突っ込む、下手をするとつかさの二の舞になるわよ……」 みなみちゃんと同じような言い方だ。 ひより「もう突っ込んでしまっていますから、私が何もしなくてもまなぶさんはきっとまつりさんに会おうとする、それならお膳立てくらいはしても良いかなって……」 かがみ先輩は腕を組んで考え込んでしまった。ここまで話したのならもう一つの話しもするかな…… ひより「あの、もう一つついでに……いのりさんと佐々木さんも同じような事をゆーちゃんがしようとしています」 かがみ「はぁ……な、なんだと、つかさといい、姉さん達といい、あんな狐に化けるお稲荷さんのどこが良いのよ」 呆れ顔でお手上げのポーズのかがみ先輩。 ひより「つかさ先輩は置いておいて、お二人はまだお稲荷さんの正体を知らないから何とも言えないっス」 『ブルブルブル』 かがみ先輩のポケットから携帯のバイブ音が鳴った。かがみ先輩はポケットを手で押さえた。 かがみ「まつり姉さんが帰ってくる……あぁぁん、もう、こんな時に限って早いんだから……もうこうなったら自棄(やけ)よ、田村さんは居間に戻って、 私もそれとなく手伝うから、どうなっても知らないわよ」 ひより「はい!!ありがとうございまス」 私は急いで居間に戻った。かがみ先輩が協力してくれるとは思わなかった。希望が湧いてきた。 居間に戻るとまなぶが心配そうな顔をしていた。 まなぶ「な、何か悪い事でもしたかな?」 ひより「あ、ああ、何でもない、それよりまつりさんがそろそろ来るって、シミュレーション通りで行くから……」 まなぶ「分った」 言えるはずも無い、かがみ先輩が勘違いしていたなんて……わざわざかがみ先輩が部屋を移した意味がやっと分った。 まつり「ただいま~ごめん、ごめん、すっかり忘れてた~」 玄関の方からまつりさんの声がした。 かがみ「ごめんじゃないわよ、最低よ……文句は後ね、それより急いで、居間で待機しているわよ」 階段から降りてきたかがみ先輩。呆れた様子が声だけで分る。 まつり「サンキュー!」 まつりさんが居間に入ってきた。 ひより・まなぶ「こんにちは~」 まつり「こんにちは……」 部屋に入ったまつりさんは最初にまなぶに目線を向けた。 ひより「あ、紹介します、私の大学で、アシスタントをしている……」 まつり「宮本さんでしょ、話しはかがみから聞いてる」 聞いているって何を……まつりさんの顔が少しにやけているように見えた。 まつり「お似合いのカップルじゃない」 ひより・まなぶ「へ?」 居間の入り口から半身隠れてかがみ先輩が私の方を向いている。腕を顔まで上げてゴメンのポーズをしていた。ま、まさか、 『なんて事をしてくれたの!!!』 私は心の中で叫んだ。早とちり過ぎる。すんなり協力するなんて言ったのはこの為だったのか。 ひより「ち、違います、私達はそんなんじゃありません」 まつり「その必死に否定するのが余計に怪しい……」 まつりさんは笑いながら私達の前に座った。この誤解を解くのは並大抵のことじゃ出来ない…… まなぶが呆気にとられて放心状態になっている。まずい、まつりさんのペースに流されてはいけない。 ひより「あ、あのですね……」 まつり「ふふ、冗談はこれまでにして、取り敢えず自己紹介、私は柊まつり、この家の四人姉妹の次女、大学を卒業して現在は近所の工場の経理をしています」 まつりさんはまなぶの方を見ていた。さっきまでのふざけた姿とはもう違っていた。私は肘で軽く突いて合図をした。まつりさんの切り替えの早さには私も付いていけない。 まなぶ「私は宮本まなぶです、田村さんと同じ大学で学んでいます、家が遠いので佐々木整体院の佐々木さんの所に住み込させてもらっています」 まつり「佐々木整体院……佐々木さんの親戚なの?」 まなぶ「はい」 まつり「それじゃ、そこで飼っている犬のコンは知っているでしょ?」 『しめた!!』 私は心の中でガッツポーズをした。シミュレーション通りの反応だった。 嘘を付けばその嘘を誤魔化すためにまた嘘を付かなければならなくなる。嘘が嘘を呼び収拾がつかなくなり、重なっていくうちに辻褄が合わなくなりやがて嘘はバレてしまう。 私は考えた。嘘を付く必要なない。要はまなぶの正体だけを隠せば良い。 まなぶは実際に佐々木さんの家に住んでいる。居候であるのも事実。そこに何の間違えも無い。 そこで私は佐々木さんに頼んで苗字を付けてもらった。そして私の大学の学生になってもらった。佐々木さんの友人に戸籍や名簿の操作を出来る友人が居て、その人がしてくれた。 佐々木さんの友人なのだからやっぱりその人もお稲荷さんに違いない。 まなぶ「はい、コンは散歩が好きでよく佐々木さんと出かけていましたね」 まつり「ふふ、田村さん、取材なら私より宮本さんの方が詳しいかもよ」 本人なのだから彼ほどコンに精通している人はいない。 まなぶ「この度はコンの世話をしていただいてありがとうございました、遅ればせながらお礼を言わせて下さい」 まつり「どう致しまして……」 やった。お礼を言う事が出来た。これでまなぶの目的はほぼ達成された。私の目的もほぼ達成した。 まつりさんはまなぶをじっと見た。 まなぶ「何か?」 まつり「う~ん、何だろうね、初めて会うのに以前何処かで会ったような感覚……デジャビュって言うのかな」 まなぶ「私の様な人は沢山しますからね、他の人からも時より言われます」 まなぶとまつりさんの会話は私のシミュレーションでしていない領域に入った。あれほど緊張していたまなぶも自然体になっている。 まなぶとまつりさんの会話は弾み、私は会話の中に入る事すら出来ない状態だった。そんな時、まなぶは時計をちらちらと見だした。 私も時計を見てみた。そうだった。忘れていた。そろそろまなぶの変身時間が切れてしまう。 まつり「どうしたの?」 まつりさんもそんなまなぶの表情に気が付いた。 まなぶ「す、すみません、そろそろ私は帰らないといけません……」 そこにお茶とお菓子を持ってかがみ先輩が入ってきた。 かがみ「折角お菓子なので食べてからでもいいでしょ?」 まなぶ「そうしたのですが、時間がないので」 まなぶは立ち上がった。私も立ち上がった。 かがみ「田村さんも帰るの、少し話がしたいけど良いかしら?」 時間はいくらでもある。だけどまなぶが少し心配だ。 ひより「お話ですか……」 まつり「おやおや、宮本さんと一緒じゃないと淋しいのかな~」 ひより「い、いえ、そのような事はありません、でス」 またぶり返してしまった。そんな気なんか全く無いに…… まつり「それなら、私ももう少し宮本さんと話したいから、宮本さんを駅まで送っていく」 ひより「それは……」 それはまずい、もし変身が解けてしまったら…… まつり「大丈夫、横恋慕なんかしないから」 うゎ、こんな台詞が出てくるとは。これ以上こだわると誤解が膨らむばかりだ。 ひより「それでは取材は終わりで解散します……」 まつり「それじゃ行きますかな」 まなぶ「はい」 二人は楽しそうに部屋を出て行った。 まなぶ「お邪魔しました」 玄関を二人は出て行った。 かがみ先輩が居間に入ってきた。 かがみ「どうした、二人がこうなるのを望んでいたんじゃないの、それとも彼が好きだった?」 私の表情はそんな風にみえるのだろうか。 ひより「い、いいえ、彼はまだ人間に化けられる時間が短いので……それが心配なだけっス」 かがみ「……そうだったの、確かに途中で狐に戻られたら姉さん……気絶するかもしれないわね……私ってこうゆう所が分らないからダメなのよね……」 珍しく卑下するかがみ先輩。私の前にお茶とお菓子を置いた。 かがみ「悪いとは思ったけど宮本さんと姉さんの会話を聞かせてもらった……巧いわね……真実を話して核心を隠すなんて、私も宮本さんとコンが別人のような錯覚を してしまった、もしかして田村さんが考えたの?」 かがみ先輩からこんな風に言われるなんて。 ひより「隠したいのは宮本さんの正体がコンであるこの一点のみなので……そこだけを隠すだけを考えたらこうなったっス」 かがみ「……凄いわ、私の手伝いなんて要らなかった、いや、むしろ足を引っ張った……ごめんなさい……」 ひより「先輩から謝れると私も困りまス」 かがみ先輩が謝るなんて初めてみた。泉先輩と言い合いの喧嘩をよく見たけどかがみ先輩が謝る姿は一度もなかった。 ひより「ところで話しってなんでしょうか?」 かがみ「小早川さんといのり姉さんについてもっと詳しく聞きたい」 ひより「私も詳しく聞いたわけではありません、ゆーちゃんも私と同じようにいのりさんと佐々木さんをくっつけようとしているみたいで……」 かがみ「いのり姉さんが佐々木さんの整体に通っているのは知っていた、でも、それはゆたかちゃんの勧めだと思っていた」 ひより「それもあるかも知れませんが……いのりさんは佐々木さんが整体院を建築する時の地鎮祭でもう既に会っていたみだいっス」 かがみ先輩は私の話しを驚きながら聞いていた。 かがみ「運命……この言葉はあまり好きじゃない、だけど何かに導かれているようなそんな気になる、それはそれとして、田村さんとゆたかちゃんは何故人の恋愛の お節介なんかするの、普通は放っておくものよ、それにね、たとえ姉さん達が恋人になったとしてもあんた達に何のメリットもないわよ」 メリット……確かに何もないかもしれない。どうしてだろう。私は自分に問いかけた。 何も答えは出てこない ゆーちゃんの場合は何か理由はあるのだろうか……私自身が分らないのに他人の理由が分る訳がない。 ひより「何ででしょうね?」 手を頭の後ろに回して苦笑いをした。 かがみ「……呆れた、分らないでそんな事しているの……でも……そうゆうの嫌いじゃない」 ひより「強いて言えば、つかさ先輩の影響かもしれません」 かがみ「つかさの……確かにつかさが此処に居たら田村さん達と同じ様な事をしていたかもね……」 この雰囲気なら…… ひより「ところでかがみ先輩はどこまで進んだっスか?」 かがみ「わ、私にそんなお節介は無用よ!!」 相変わらず分り易い反応だった。これは恋人が居るのを認めているようなもの。それに、今はまつりさんで精一杯、かがみ先輩までは手が回らない。 ひより「どんな人なんです?」 かがみ「……私の大学のOB……法律事務所の仕事をしているわ」 ひより「社会人なんですか、どうやって知り合ったっス?」 かがみ「え、どうだったからしら……確か……彼が何か書類を大学に取りに来た時……道を尋ねてきたから……」 え、大学OBなら道なんか聞かなくて分るはず、なぜわざわざ聞くような事をしたのだろう。 かがみ「田村さん、どうかしたの?」 ひより「え、ええ、いや、大学の卒業生なら道を聞くのは不自然だと思いまして……」 かがみ先輩は今、それに気付いたような素振りで驚いていた。コンの正体を見破った人物と同じとは思えないほどの鈍感ぶり。 かがみ「そういえばそうね、どうして道なんか聞いたのかしら……」 ひより「別に考えなくても分りますよ」 かがみ「え、分るの、それだけの情報で?」 身を乗り出して迫ってきた。 ひより「最初からかがみ先輩を目当てで話して来たのですよ……簡単に言えば軟派っスね」 かがみ「え?」 突然おどおどし始めるかがみ先輩。いままで軟派された経験がないみたいだ。かがみ先輩くらいの女性なら一度や二度くらいはあっても不思議ではないのに。 う~ん、男性を避けているようにも見えない。それは高良先輩にも言えるのだが、男性の方が敬遠してしまっていたのかな…… ひより「切欠は何にしても親しくされているのなら隠す必要はないのでは?」 この話しになってから既に赤く成っていた顔が更に赤くなった。 かがみ「だ、だめよ、恥かしいじゃない……」 泉先輩が言っていたけど。かがみ先輩は恥かしがり屋だって。話し以上だなこれは。これじゃ泉先輩にいじられるのも納得してしまう。 私もかがみ先輩が同じ歳なら同じ事をしていたかもしれない。 かがみ「それよりあんたはどうなのよ、彼氏くらい居るでしょ?」 私の場合は…… ひより「ご期待にそぐえませんで……」 かがみ「はぁ、これじゃ一方的じゃない……言っておくけど、こなたにだけは言ったらダメだから」 その泉先輩から受けたミッション。泉先輩はかがみ先輩に恋人がいるのを見抜いた。私が黙っていてももう遅いかも。でも、知らぬが仏とも言うし、ここは黙っておこう。 ひより「私が黙っていてもいずれ分っちゃいますよ?」 かがみ「それでも黙っていて」 ひより「はい……」 それから私達は雑談をして過ごした。 私は一息入れてかがみ先輩が出してくれたお茶とお茶菓子を口に入れた。 ひより「ふぅ~」 やっぱり他人が淹れてくれたお茶は美味しい。 『ブ~ン、ブ~ン』 私のポケットの携帯電話が振動した。液晶画面を見ると……佐々木整体院からだ。 ひより「失礼します」 かがみ先輩に断りを入れて電話に出た。 ひより「もしもし」 すすむ『田村さんか……すまない、まなぶが失敗を……まつりさんの目の前で変身が解けてしまった、彼女はその場で倒れて私の診療所で眠っている……』 私が心配していたのが現実になってしまった。 ひより「私、そちらに行きます……何もしないで下さい、お願いします」 何もしてほしくない……私と同じように記憶を消されたら大変。万が一を考えて念を押した。 すすむ『何もしない、待っている……』 携帯を切り、ポケットに仕舞った。 かがみ「どうしたの、何かあったの?」 心配そうに私を見るかがみ先輩。事態は重大、黙っていられない。 ひより「まなぶさんがコンに戻ってしまったみたい……まつりさんの目の前で……」 かがみ「な、なんだと……そ、それで、姉さんはどうしたの」 かがみ先輩は立ち上がった。 ひより「佐々木さんの家で眠っているそうです」 かがみ先輩は両手を力いっぱいに握り締めていた。 かがみ「……私が田村さんを引き止めてしまったからだ……なんて事をしてしまったの……バカみたい……私は……つかさを助けられなかった…… まつり姉さんまでも……」 つかさ先輩を助けられなかった。何かあったのだろうか。そういえばかがみ先輩は呪われたって言っていたけど、それと何か関係しているのであろうか。 ひより「かがみ先輩は何も知らなかったから、不可抗力っス」 かがみ「私は……私は……」 私の話しを聞いていない。私も急いで佐々木さんの所に行かないとならない。 ひより「あの、私、急ぎますので、お邪魔しました」 部屋を出て玄関に差し掛かった時だった。 かがみ「待って……私も行くわ……車の方が早く着くでしょ」 かがみ先輩の手には車のキーがあった。 ひより「は、はい……」 かがみ先輩は携帯電話を取り出しボタンを押した。 かがみ「あ、お父さん、かがみだけど、急用が出来て車を借りたくて……」 …… かがみ「うんん、近くよ、こなたの家の近くだから隣町」 …… かがみ「はい、はい、分った……」 かがみ先輩は携帯電話を仕舞った。 かがみ「急ぎましょ……」 ひより「はい」 私達は玄関を出た。 ひより「つささ先輩を助けられなかったって言っていましたけど、何ですか?」 かがみ先輩の用意した車に乗ると同時に私は聞いた。かがみ先輩はエンジン掛けてゆっくり車を出した。 かがみ「ごめんなさい、今は話したくない……」 話したくないのか、それではこれ以上私は何も聞けない。 その後佐々木さんの整体院まで私達は何も話さなかった。 佐々木整体院の駐車場に車を止めると私達は玄関に向かった。整体院の入り口には休診の看板が立て掛けられていた。 呼び鈴を押すと佐々木さんが出てきた。佐々木さんは私の後ろに居るかがみ先輩に気付いた。 すすむ「君は……確か……」 かがみ「まつりの妹のかがみです」 ひより「彼女はお稲荷さんの事は知っていますので大丈夫です、入っても良いですか?」 佐々木さんはドアを開けて私達を入れてくれた。 かがみ「姉さんは大丈夫なの?」 玄関に入ると詰め寄るように佐々木さんの側に寄った。 すすむ「あまりのショックで気を失った様だ、今は静かに眠っている……診療所に行こう」 診療所に向かう途中の居間を通ると居間からゆーちゃんが出てきた。 ひより「ゆーちゃん」 かがみ「ゆたかちゃん、どうして此処に?」 ゆたか「丁度診療中だったから、突然受付の方から悲鳴が聞こえて……私と佐々木さんが受付に行ったら、まつりさんが倒れていて……そのすぐ横にコンちゃんが……」 私達は歩きながら話した。 すすむ「受付に人が居なくて幸いだった、すぐに休診にしてまつりさんを診療室に連れて行った」 佐々木さんは診療室のドアを開けた。 すすむ「どうぞ」 診療室のベッドでまつりさんは静かに眠っていた。そのベッドの直ぐ横に狐の姿になったまなぶがまつりさんを見守るように座っていた。 かがみ「まつり姉さん……」 かがみ先輩は駆け寄ってまつりさんに手を伸ばした。 すすむ「待ちなさい、起こしてはいけない……」 佐々木さんは小声だった。かがみ先輩はその言葉に反応して立ち止まった。そして、恨めしそうに佐々木さんを見た。 すすむ「今は落ち着いている、しかし起きた時、彼女が発狂するようなら……」 ゆたか「記憶を消すのですね……」 まなぶ「ク~ン」 まなぶは悲しそうな声を出した。 すすむ「残念ならそうじないと彼女の命が危ない」 かがみ「……それで記憶を消した場合、姉さんはどうなるの、まなぶさんや佐々木さん、コンの記憶まで消えるのか?」 すすむ「……それは分らない」 かがみ「分らないって、何よ、そんな不安定な術なんか……」 ゆたか「シー、かがみ先輩、声、大きい」 かがみ先輩は両手で自分の口を押さえて少し間を空けてから再び小声で話した。 かがみ「そんな不安定な術を姉さんに掛けさせないわよ」 すすむ「自分の見た現象が理解できず脳内が混乱し気を失った、今度目覚めた時、同じ事が起これば、彼女の脳内は飽和し、脳細胞が死んでしまう、それでも良いのか」 かがみ「姉さん……」 かがみ先輩はまつりさんの方を見てそれ以上何も言わず黙ってしまった。 まつり「う~ん」 まつりさんが唸り声を上げた。 すすむ「まなぶ、小早川さん、田村さんは此処にいるとまずい、更衣室へ……かがみさんはこのまま居て下さい、そして私に合わせて欲しい」 かがみ「は、はい……」 私達は更衣室に向かおうとしたけどまなぶさんは動こうとしなかった。 すすむ「気持ちは分るが今は隠れてくれ……」 まなぶ「ク~ン」 まなぶは動こうとしない。私が連れれにまなぶの所に向かおうとした時だった。ゆーちゃんが小走りにまなぶに駆け寄った。 ゆたか「コンちゃん、来て」 それでも動こうとしない。ゆーちゃんはまなぶを抱きかかえると小走りで更衣室に入った。私もその後を追うように更衣室に入った。 まなぶはゆーちゃんの腕の中でもがいて離れようとしていた。ゆーちゃんはそれを必死に放さまいと前足を握って押さえ付けていた。 ゆたか「ダメだよ、今、まつりさんがコンちゃんを見たら……お願い分って……」 まなぶ「フン、フン!!」 息が荒くなるまなぶ。しかしゆーちゃんの手はしっかりまなぶの前足を掴んでいた。 狐の姿になったまなぶはゆーちゃんの力でも容易に抑えられるみたいだった。もっとも変身が解けたばかりで力が出ないのかもしれないけどね。 ドアの隙間からベッドが見えた。まつりさんが動いたのが見えた。寝たまま大きく背伸びをしている。 まつり「ふぁ~~」 ひより「まつりさんが起きたよ……静かに……」 その声にまなぶは抵抗しなくなった。ゆーちゃんは静かに手を放した。ゆーちゃんとまなぶは私と同じようにドアの隙間からまつりさんの様子を見る。 まつり「う~ん、良く寝た……」 辺りを見回すまつりさん。かがみ先輩を見つける。 まつり「かがみじゃない、おはよ~」 かがみ「何が「おはよ~」よ」 まつりさんは暫くボーとしてから気が付いた。 まつり「あ、あれ、ここは……何処?」 すすむ「どうでしたか、私の整体は、途中で眠ってしまったので、ご家族の方をお呼びしました」 かがみ「まったく、迷惑掛けるのもいい加減にしろよな」 成る程、かがみ先輩はすすむさんに合わせている。 まつり「私って……あれ、確か宮本さんと一緒に……」 かがみ「どうせ此処まで来たから整体でもやっておこうと思ったのでしょ……」 まつりさんはベッドから起きて立った。 まつり「……そうだったかな……」 かがみ「帰るわよ……佐々木さん、どうもすみませんでした、姉さんも謝って」 まつりさんは戸惑いながらも佐々木さんにお辞儀をした。 すすむ「いいえ、また来て下さい、待っていますよ」 まつり「あれ……宮本さんは?」 一瞬、かがみ先輩と佐々木さんは怯んだ。まなぶも一瞬ピクリと動いた。 すすむ「あまりに気持ち良さそうに眠っているので……コンと一緒に散歩に行きました」 まつり「……そうですか、帰ってきたら今日はすみませんでしたと伝えて下さい……」 すすむ「伝えておきます、出口は玄関からどうぞ、履物はそちらにあります」 まつり「はい……」 かがみ先輩とまつりさんは居間の方に歩き出した。するとまつりさんは突然止まった。 まつり「フフフ~」 かがみ「なのよ、突然笑い始めて……」 まつり「夢を見ていた、それが面白くってね……コンが宮本さんに化けちゃう夢だった、笑っちゃうね、彼、何処となくコンに似ているから……そんな夢をみたのかな」 『バン!!』 私は心の中で『しまった』と叫んだ。 突然まなぶが隙間をこじ開けて飛び出してしまった。私も、ゆーちゃんも止める暇がなかった。 そしてまつりさんの目の前走り寄るとお座りをした。 まつり「コン、コンじゃない、久しぶり……」 まつりさんはまなぶの頭を軽く撫でた。 まつり「ダメじゃない、飼い主より先に帰って来ちゃ……そういえば家でもそうだったな……今日はこの家に迷惑をかけたから帰らなきゃ…」 まなぶ「ク~ン……」 まつり「そんなに悲しむな、また来るよ」 かがみ「駐車場に車があるからそこで待っていて……トイレ行ってから向かう」 かがみ先輩は車のキーをまつりさんに渡した。まつりさんはそのまま居間を出て玄関から外に出て行った。 私とゆーちゃんは更衣室から出た。 かがみ「佐々木さん、これはどう言う事なの……」 ゆたか「佐々木さん、何故、記憶を消しちゃったの、何故……」 私が聞きたい質問を先に二人がしてしまった。佐々木さんは椅子にゆっくり座り目を閉じた。 すすむ「私は記憶を消していない……まつりさん自身がパニックを回避する為に無意識に記憶を歪めたのだ……脳を守るための自己防衛だ……」 ゆたか「そ、そんな事って、これじゃ……」 すすむ「そうだ、これが私達の正体を知った人間の反応だ……これがあるが故に私達は人間に正体を教えられない、私達を認めてくれない……認めると精神崩壊がおきる…… 君達の様に在りのままの私達を受け入れてくれるのは希だ……」 かがみ「現実主義で、オカルト、迷信、ジンクスなんか信じない……そんな私でもパニックなんか起こさなかった、何故、まつり姉さんと何が違うと言うの」 すすむ「感性の違いとしか言いようが無い、後は知識や経験もあるのかもしれない」 まなぶ「ウォー!!」 まなぶは遠吠えの様に吠えると更衣室に走りこんでしまった。 ゆたか「コンちゃん……」 すすむ「小早川さん、田村さん、これで分っただろう……もう私達に関わるのは止めてくれ……」 まさか……これを言いたい為にわざわざ私をまんぶの教育係にさせた訳じゃないでしょう。いくらなんでもあんまりだ。 ひより「私……」 かがみ「ちょっと、何よその言い草は……」 私の言い出したのを打ち消すようにかがみ先輩が猛烈な勢いで佐々木さんに詰め寄った。 かがみ「いきなり変身を見せれば誰だってああなるわよ、私や田村さん、ゆたかちゃんはね、事前に狐や、変身の話しを体験者から聞いているのよ、 違いはそれ以上無いわ、まつり姉さんだって知っていればあんなに成らなかった」 佐々木さんは静かに立ち上がった。そしてかがみ先輩とは対照的に静かに、ゆっくりと話した。 すすむ「話しを聞いただけで正常でいられるなら貴女達はやはり特別だ、話からリアルに想像できる感性を持っている、私は……私達はこうして何度も 人間と別れてきた……無二の親友になった者もいる、それでも、正体を見ると……もう分るだろう、 何故殆どの仲間が人を避けるようになったのを……人間と争い、憎むだけが理由ではないのだよ」 かがみ「……う」 喉が詰まったように黙ってしまった。 いつも勢いで押し切るかがみ先輩が静かに話す佐々木さんに押されて言い返せないなんて。 『ピピピピ~』 沈黙を破るようにかがみ先輩のポケットから携帯電話の着信音が鳴り出した。かがみ先輩は相手も確認もせず透かさず耳に当てた。 かがみ「誰よ……」 鋭く尖った口調だった。 かがみ「遅くて悪かったな、詰まって出なかったのよ……」 うゎ、ちょっと下品すぎる。よっぽど佐々木さんとの言い合いで頭に来ているみたい……多分相手はまつりさんだろう。来るのが遅いから連絡したに違いない。 かがみ「今から出るから待ってろ!!」 話しの途中かもしれなかったけど強引に切りボタンを押して携帯を仕舞った。そして……佐々木さんを睨みつけた。 かがみ「ややこしいのよ、あんた達は、そんなに人間が嫌ならさっさと故郷の星に帰りなさい!!」 捨て台詞を吐くとそのまま玄関の方にドタドタと大きく足音をさせながら向かって外に出てしまった。 『ブォン』 かがみ先輩の乗ってきた車のエンジン音がした。そしてその音は小さくなっていく。かがみ先輩とまつりさんは整体院を離れていった。 佐々木さんは診療所の窓からその車を見えなくなるまで見ていた。 すすむ「ふふ……ややこしい……故郷の星に帰れ……か……ズケズケとはっきり言う娘だ」 微笑みかがみ先輩の言った言葉を噛み締めながら言った。 すすむ「柊かがみ……彼女は数年前に我々の使う拷問術に掛けられた形跡がある……」 拷問術……やけに穏やかじゃない名前……もしかして…… ひより「それってもしかして呪いですか?」 佐々木さんは頷いた。 すすむ「そうとも言うか、私達の間では禁じられているものだ……命令を強制させるもので、反抗すれば激しい苦痛を伴う……」 そういえばかがみ先輩自ら呪われたって言っていたっけ。 ひより「つかさ先輩を殺そうとしたお稲荷さん達ですか?」 すすむ「それしかあるまい……術が解けるまで耐えたのか……強い精神力だ……いったい何を彼女に命令したと言うのだ」 ひより「それならかがみ先輩の心の中を見れば良かったじゃないですか?」 佐々木さんは苦笑いをした。 すすむ「ふふ、全ての仲間が出来る訳じゃない、それぞれ得手不得手があるのだよ」 佐々木さんは人の心を読めないのか…… ひより「え、つかさ先輩と真奈美さんの話はどうやって知ったの?」 佐々木さんはゆーちゃんの方を見た。そうか……ゆーちゃんが話したのか…… そのゆーちゃんは肩を落とし項垂れていた。まつりさんの行動がショックだったに違いない。 私がゆーちゃんに声を掛けようとした時だった。 すすむ「田村さん、小早川さん、短い間だったがありがとう、もう私達は放っておいてくれ、それが私達、君達の為だ……」 かがみ先輩に言ったのは本気だったのか。まさか私達にも同じ事を言ってくるなんて。 ゆーちゃんの肩が震えはじめた。項垂れていて表情が分らないけど、きっと目にはいっぱいの涙が溜まっているに違いない。 すすむ「小早川さん、呼吸法は全て君に教えた、私は必要ない……」 ゆたか「う、う……ほ、本当……に」 声が上擦って聞き取れない。だけど何が言いたいのか私には分る。 ひより「あまりに一方的じゃないですか、それに、まつりさんだって……」 まつりさんだって、二度見れば理解出来る筈。 すすむ「これ以上悲劇を繰り返すと言うのか、もう一度変身を見ればどうなるか、さっき見たばかりだろう……今度は失神では済まないぞ」 真剣な目で語る佐々木さん。どうやら嘘を言ってはいない。 ゆーちゃんはゆっくりと立ち上がった。そして玄関の方にフラフラと歩き出した。ちょ……いくらなんでも簡単に諦めすぎる。 ひより「待ってゆーちゃん、帰るのはまだ早いよ」 私はゆーちゃんを呼び止めた。ゆーちゃんは立ち止まった。 ひより「佐々木さん、まなぶさんの教育、まだ終わっていないっス」 まなぶ「まなぶも、もう人間には興味ないだろう、かがみさんも私達を恨んでいる……それもそうだ、呪いを掛けたのだからな、私達は分かり合えないのだよ……」 だめだ。佐々木さんはもう私達を避けようとしている。どうしよう。 かがみ先輩がお稲荷さんを恨んでいる……確かに別れ際にあんな捨て台詞をしたら…… でも、かがみ先輩は私がまなぶを好きだと勘違いをした時、励ましてくれていた。恨んでいたとしたら応援なんかしないで反対していたと思う。 そうか……かがみ先輩はお稲荷さんとか人間とかそんなカテゴリーで物事を考えていないのかもしれない。問題は本人と相手の気持ち、この一点のみ。 そう考えれば今の佐々木さんにかがみ先輩が怒ったのも頷ける。 よし、かがみ先輩のその考えを取り入れよう。 ひより「いのりさんをどう思っているのですか?」 すすむ「どう思うとはどう言う意味だ」 ひより「そのままの意味です、好きか、嫌いか……私が見た所……少なくといのりさんは佐々木さんに好意をもっていると思います……」 ゆたか「ひ、ひよりちゃん……もう、もういいよ……これ以上は……」 力の無い弱弱しい声だった。私は構わず続けた。 ひより「どうですか?」 すすむ「それを聞いてどうする、もし、彼女が好きならまなぶの時の様にお節介をすると言うのか」 ひより「いいえ」 佐々木さんは気を悪くしたのか、少し眉毛が逆立った。 すすむ「なっ、バカにしているのか、遊んでいるのか」 ひより「好き合っているならお互いで決められる、かがみ先輩はそう言いたかった、過去に誰とどんな別れ方をしようが関係ないって……それに、さっきの怒り方、 いのりさんを少なくとも嫌いじゃない、嫌いなら怒らない……でしょ?」 すすむ「……お節介だな……今日はもう帰ってくれ……」 佐々木さんはまつさんの寝ていたベッドのシートを畳み始めた。 私も帰り支度をてから更衣室の方を向いた。 ひより「来週の日曜日、確かまつりさんは何の用事もない筈、午前十時、駅で待っているいから……取材に行くよ、多分最後の取材になると思う」 『ゴト、ゴト』 更衣室の奥で何かが動いている音がした。多分まなぶは聞いている。 ひより「行こう、ゆーちゃん」 ゆたか「う、うん……お邪魔しました……」 整体院を出てからゆーちゃんは一言も話してこない。私もいつ話そうかタイミングをうかがっていた。どうもそのタイミングは無さそうだ。 分かれ道が見えてきた。私は駅の方に、ゆーちゃんは泉家に向かう。そして、分かれ道に差し掛かった。 ひより「それじゃ、また……」 別れの挨拶が話すタイミングになってしまった。ゆーちゃんは俯いたままだった。私が駅の方に向かう道に身体を向けた。 ゆたか「待って……」 私は振り向いた。ゆーちゃんは悲しそうな顔をして私を見ていた。 ひより「何?」 ゆたか「……かがみ先輩が怒っていた理由って……ひよりちゃんが言っていた通りなの、かがみ先輩はお稲荷さんを恨んでいないの?」 ひより「うんん、分らない……私の推理と勘でそう思った」 ゆたか「分らない……そんな不確かな話しを平気で……」 ゆーちゃんの顔が険しくなった。 ひより「でも、それで佐々木さんの気持ちが少し分った、これは収穫だと思わない?」 ゆーちゃんはまた俯いてしまった。 ゆたか「……私が何度も試しても聞けなかったのに……コンちゃんとまつりさんを合わせて……佐々木さんの気持ちまで聞きだせちゃうなんて……」 ひより「まなぶさんとまつりさんは失敗だよ……佐々木さんだってはっきり「好き」と言った訳じゃないし……」 ゆたか「何故なの、ひよりちゃんは平気でいろいろな事が出来るの……私は佐々木さんやいのりさんがどうなるか……恐くて……先に進めない…… 整体院を出るとき、コンちゃんに会う約束までした……あんな悲しい事が起きたばかりなのに……」 そう言われるとそうなのかな……私は暫く考え込んだ。 ひより「別にたいした事じゃないよ……ぶっちゃけて言えば他人事だし……」 ゆちゃんは俯いた顔を持ち上げ、私を鋭く睨んだ。 ゆたか「た、他人事って、そんな言い方は無いよ」 表現が不謹慎だったかな。でも訂正する気はなかった。 ひより「私の人助けは生まれて初めてかもしれない、でもね、人助けなんて他人事じゃないと出来ないよ、いや、他人事だからこそ出来ると思うよ」 ゆーちゃんは納得出来ない様子だった。 ひより「溺れている人を助けようとして溺れている人の気持ちになったらどうなる?」 ゆたか「……それは……」 ひより「水か恐い、苦しい、もがいてももがいても浮かばない、下手をすれば自分が溺れちゃう……助けに行けないよね、他人事なら関係なく水に入れる、泳げなくても浮き輪を 投げられるし、周りを見れば助けを呼べるかもしれない」 そう、かがみ先輩は自分の恋愛に対しては放ってくれと言っているのに、私やまつりさんの事になると首を突っ込んでくる。それは他人事だから出来る事。 ゆーちゃんは目を大きく見開いていた。 ゆたか「私と全く逆なんだね……そんな考え方があるなんて」 ひより「うんん、私はまだ誰も助けていないから多分間違っているよ……こんな考え方、ゆーちゃんの方がきっと正しいね、忘れて」 ゆーちゃんには私の捻くれた考えは教えない方が良かったかな。 ゆたか「そんな事ないよ、何か今までモヤモヤしているのが取れた感じがする」 確かにそんな目覚めの時の様な顔をしている。あんな考えでも少しは役に立つのかな? ゆたか「そんな事より、コンちゃんとまつりさん、また会って大丈夫なの?」 ひより「変身を見なければね、人間に居られる時間がもっと欲しい」 ゆたか「佐々木さんは一週間位が限度だって言っていたよ」 一週間か。まばぶは一日持つかどうかって感じだな。でも、この前みたいに変身が解けてその場に倒れていないみたいだから成長している。 ゆたか「やっぱり、私達のしようとしている事って、無理があるのかな……もう関わらないで、なんて……」 ひより「どうかな、佐々木さんは心底そうは思っていないかも」 ゆたか「どうして?」 ゆーちゃんは疑いの眼で私を見ている。 ひより「佐々木さんは向こう側のお稲荷さんの所じゃなくて人間の町に住んでいる、だから心底人間が嫌いじゃないと思うよ、嫌いなら整体院なんか開業しないでしょ」 ゆーちゃんは黙って私を見ていた。これからどうするのか考えあぐねているのかもしれない。でもそれは私も同じ。 まなぶに帰り際、あんな事言ったけど実際どうして良いか分らない。 ひより「う~ん、困ったね、これは二人ではどうしようもないね、誰か応援を頼まないと」 一人、二人では出来ないけど、三人なら何とかなるかもしれない。 ゆたか「応援って、ひよりちゃん以外に誰を……つかさ先輩、お姉ちゃんは遠い所だし、かがみ先輩は怒っちゃったし……高良先輩は……ちょっと頼み難いよ……」 ひより「かがみ先輩は最初から協力してくれているよ……先輩達じゃなくて、居るよね、もっと身近な人が」 ゆーちゃんは首を傾げて考え込んだ。 ひより「やだな~みなみちゃんが居るでしょ」 ゆたか「みなみ……ちゃん」 ゆーちゃんの顔が曇った。そうなると思った。喧嘩の本当の理由を聞きたい。だけど普通に聞いても教えてくれないだろう。 ひより「みなみちゃんが関わらないのは、お稲荷さんがつかさ先輩やかがみ先輩を苦しめたら、でも佐々木さんやまんぶさんと会えばそんなイメージは無くなると思う」 ゆたか「違う、そんなんじゃない、私が遊び半分でしていると思っているから……だから手伝ってくれない」 やっぱり。そうだったのか。 ひより「ゆーちゃんとみなみちゃんが初めて会った時、ゆーちゃんは気持ち悪くて苦しんでいた、その時、手を貸してくれたのはみなみちゃんだったよね」 ゆたか「う、うん、そうだけど」 小さな声で頷いた。 ひより「それならもう一度苦しんで居る所を見せてやればいいよ、遊び半分じゃない、真面目で真剣な所を見せればきっと分ってくれる、それがみなみちゃんだよ」 ゆたか「でも、それをどうやって見せるの?」 私は腕を組んで考えた…… 頭の中の電球が光らない……まなぶの時に出てきたようなアイデアが出ない。でも、あれは半分成功して半分失敗してしまった。 まつりさんと一緒に帰すのはすべきではなかった。ちがう、違う、今はそんなの事を考えて居る時じゃない。とは言っても今度失敗したらゆーちゃんとみなみちゃん、 絶交してしまうかもしれない。失敗は許されない。 ひより「う~ん」 頭を捻っても何も出てこない。 ゆたか「ひよりちゃん、もう良いよ、やっぱり人間とお稲荷さんは仲良くなれないよ、まして愛し合うなんて……地球の人じゃないから……しょうがないよね」 弱弱しく話すゆーちゃんだったけど、その言葉は私の胸にも深く突き刺さった。無理……つかさ先輩も愛し合っているのに別れた。無理なのか…… このままで良いのか、いや、良くない。何かが引っかかる。私のしている事が間違っているなんて思いたくない。 ひより「このままだと、みなみちゃんに「やっぱりこうなった」って笑われちゃうよ……みなみちゃんは結末が見えていた、だから手伝わなかった」 ゆたか「そうかもしれない……みなみちゃんに謝らないといけないね……」 謝る……何で、悪い事なんかしていない。 ひより「謝るのはまだ早いよ、まだ希望はある」 ゆたか「何、何で、この期に及んで何が出来るの」 ひより「まず一つ、まつりさんはコンとまなぶさんを夢の中で変身させていて精神を保った、まつりさんはコンがまなぶさんだったら良いなって思っている証拠、 今はダメでも時間を掛ければきっと理解出来ると思う、それともう一つ、さっきも言ったけど佐々木さんも人間との係わり合いが嫌なら人間の社会に居ないでしょ、 きっと心の何処かで人間が好きなんだよ、まだ諦められないと思わない?」 ゆたか「う、うん……」 力のない返事だった。 「小早川さんじゃない」 突然後ろから声がした。私達は振り返るといのりさんが居た。なんでこんな所にいのりさんがいるのか。 ゆたか「まつりさん、こんにちは、もしかして整体院に行くのですか?」 いのりさんは頷いた。そうか、それなら理解出来る。私はいのりさんに会釈をした。 いのり「最近まつりが手伝ってくれないから、巫女の仕事は全部私がやっている、そのせいで疲れが酷くて、佐々木さんのマッサージは効くからね」 ゆたか「あっ、今日は臨時休暇でしたよ」 いのり「え、そうなの……残念ね……でも教えてくれてありがとう」 いのりさんは駅の方に引き返そうとした。 ゆたか「あ、あの、いのりさん?」 いのりさんは立ち止まり、ゆーちゃんの方を向いた。 ゆたか「佐々木さんをどう思いますか?」 いのり「どう思うって……」 いのりさんは空を見上げて少し考えた。 いのり「とても上手い整体師だと思う、小早川さんも元気になったみたいだし」 ゆたか「い、いえ、そうではなくて、男性として……」 その言葉を聞いた途端いのりさんの顔が少し赤くなった。私の方をチラリと見た様な気がした。私が居ると気になるのだろうか。 いのり「か、彼は優しいし、話しも面白いから……やだ、なに言わせるの、年上をからかうものじゃない」 さらに顔が赤くなった。 ゆたか「すみませんでした、それは好きって事でいいですか?」 いのり「突然何を言っているの、もう帰る!!」 いのりさんは駅の方に足早に向かって行ってしまった。ゆーちゃんはその姿を見えなくなるまで見送った。 ゆたか「ふふ、かがみ先輩と同じような反応だった、やっぱり姉妹だよ、ひよりちゃんが居たから意識してたんだね」 久しぶりにゆーちゃんの笑顔を見た。 ひより「いのりさんを試したの?」 ゆたか「うん……今まで聞けなかった、だけど、ひよりちゃんが他人事じゃないとダメだって言うから、そう考えたら、自然に聞くことが出来た……いのりさんは 佐々木さんが好き……それで良いよね、ひよりちゃん?」 ひより「う、うん、私もそう思う」 突然積極的になった。私のアドバイスが効いたのか、それとも自棄になったのか。いや、自棄ならあんな笑顔はしない。ゆーちゃんは思っていたよりも 柔軟な思考の持ち主なのかもしれない。 ゆたか「二人は愛し合っている、大袈裟かもしれないけど……何とかしたい、だけどどうして良いのか分らない、やっぱりみなみちゃんの考えを聞いてみたい」 別に小細工なんか必要ない。今のゆーちゃんをそのまま見せればいいのでは。私でも分るのだからみなみちゃんなら……よし! ひより「それなら明日は空いているかな?」 私も来週の日曜までに方針を決めたい。みなみちゃんに会うのは早いほうがいい。 ゆたか「うん、明日は午後からなら空いているけど」 ひより「それなら、明日、みなみちゃんの家に行こう、私が連絡しておくから、もちろんゆーちゃんが行くのは伏せておく」 ゆたか「伏せるの?」 ひより「喧嘩している相手がいきなり訪問じゃ構えちゃうでしょ?」 ゆたか「……喧嘩……そうだった」 ゆーちゃんの顔がまた沈んだ。 ひより「それじゃ帰るよ、明日、駅で待ち合わせしよう、時間はメールで送るから」 ゆたか「うん、分った、それじゃ」 私達は別れた。 私達は岩崎家の玄関の前に着いた。私は呼び鈴のボタンを押そうとした。 ゆたか「ちょっと、待って……私だけ追い出されたらどうしよう」 声が少し震えている。 ひより「普段通りでいけば大丈夫だよ……多分……」 自信がなかった。多分って、これでは不安を余計に助長してしまうではないか……ボタンを押すのを躊躇した。 ゆたか「うんん、大丈夫、いつかはこうやって会わないといけないから」 その力強い声に後押しされる様に私は呼び鈴を押した。いつもならおばさんがドアを開けて対応する。しかし今回はみなみちゃん自ら私達を出迎えた。 みなみちゃんは私を見ると少し隠れ気味にいたゆーちゃんを見た。何も言わずドアを全開にした。 そしてそのままみなみちゃんの部屋に案内された。おばさんは見えない、出かけたみたいだった。チェリーも外に出されている。何時になく静かに感じた。 ひより「ピアノの練習をしていたの?」 みなみちゃんは頷いた。家から微かに漏れてきたピアノの音、この家にはみなみちゃんしか居ない。聞くまでもなかった。でも、今はこんな事しか聞くことが出来ない。 やっぱりゆーちゃんとみなみちゃんは何時もとは違う雰囲気だ。 みなみ「もう少しで弾けるようになる曲を練習していた」 これが普通なら「聴いてみたい」とか「どんな曲なの」とか、ゆーちゃんは言うだろう。でもゆーちゃんは何も言わなかった。もちろん私も言えそうにない。 何か話す切欠でもと思ったのに……この沈黙。時間だけが過ぎていく。 みなみ「これ以上何も出来なくなった、だから二人は此処に来た」 見透かしたような眼差しで私達を見ていた。当たっているだけに反論できない。 みなみ「これで分ったと思う、恋愛に他人が口を出すなんて出来ない、ましてお稲荷さん、異星人と人間の恋だなんて……」 みなちゃんの言っている事は多分正しい。それじゃ私の、私達がしようとしているのは間違っているっているのか。 ゆたか「みなみちゃん、佐々木さんが人間なら、コンちゃんが犬だったら、私もみなみちゃんの言うように何もしないし、お節介なんかしない、だけど…… 佐々木さんもコンちゃんもお稲荷さんだから……放っておけないよ」 みなみ「放っておけない……」 放っておけない。確か私もそう思った。 ゆーちゃんはつかさ先輩の話しを聞く前からお稲荷さんを知っていた。みなみちゃんも同じ。 ゆーちゃんが言うには彼らは好き好んで狐の姿になっている訳じゃないらしい。彼等の母星の大気成分が地球と違っていて 素のままでは長い時間生きていけない。遭難して殆どの機械が壊れて、少ない機材を使い苦肉の策で近くに居た狐の遺伝子を使って地球の環境に合わせた。 そして、一時的なら他の動物にも化けられるようにしたらしい。 それから暫くしてから人類を発見したと言っていた。狐の姿だと何かと不便なので人間の遺伝子を取り込もうとした時に装置が壊れてしまって中途半端な 状態になってしまったらしい。 狐と人間の姿を繰り返しながら生きてきた。それがお稲荷さんの正体だ。 もし、狐よりも先に人間を見つけていたら動物に化ける必要はなかった。そのまま装置を直して母星に帰れたかもしてないし、人間の代わりに地球を支配していたかもしれない。 狐と人間を見つけた順番……これがお稲荷さんの運命を変えた。ほんの少し、少し違っただけで今とは違った世界に成っていたかもしれない。 そして、私も…… ひより「つかさ先輩の話しを聞かなければコンはすごく賢い犬で終わっていた、佐々木さんの整体院に調べに行ったりしなかった、記憶を消される事もなかった、 佐々木さんの正体を知る事もなかった、勿論今日、こうして皆と会って話しをするなんて事もない、そして、なによりその出来事は私の想像をはるかに 超えている……これは一生掛かっても体験できないと思う、そうでしょ?」 私はみなみちゃんとゆーちゃんを見ながら話した。 みなみちゃんは私が話すとは思っていなかったみたいだった。私を見ている。私は更に続けた。 ひより「惚れた腫れたは興味なんてないけど、いのりさんとまつりさんはそれとは違う何かを感じる……だからこうしてみなみちゃんに助けを求めているの」 みなみちゃんは溜め息をついて今度はゆーちゃんの方を向いた。 ゆたか「わ、私は、只、元気にしてもらったお礼がしたから、いのりさんも佐々木さんの事が好きだって分ったら……」 元気になったお礼か。確かに高校時代のゆーちゃんとは比べ物にならないくらい元気になった。顔色も良いし、体付きも大人びて見える。 その嬉しさは本人にしか分らないのかもしれない。 みなみちゃんはもう一度溜め息を付いた。 みなみ「二人の言い分は理解できる……それでも私は協力できない、出来たとしても……解決するだけの力も知識もない」 ゆーちゃんはガックリ肩を落とした。みなみちゃんを巻き込もうと言い出したのは私、言い出しっ屁としてはそう簡単に引き下がれない。 ひより「何故、それはお稲荷さんがつかさ先輩を殺そうとしたり、かがみ先輩を呪ったりしたから?」 みなみ「それは……」 言い訳をするつもり、言い訳はさせない。間、髪を容れずに話した。 ひより「みなみちゃんはお稲荷さんがした事を全てお稲荷さんのせいにしちゃうの、まずは佐々木さん、宮本さんに会ってからでも遅くはないでしょ」 みなみ「ち、違う」 否定をした。それなら私達の相談を断る理由はない。それなのに拒んでいるのは何故だ。その答えは一つしかない。 ひより「高良先輩がお稲荷さんを嫌いだからでしょ?」 みなみちゃんは黙ってしまった。図星みたいだ。 ゆたか「殺そうとしたお稲荷さんはつかさ先輩を救った、私を元気にしてくれた人もお稲荷さんだよ、高良先輩は忘れて、みなみちゃんの意思で決めてお願い」 悲痛の叫びのように聞こえた。 二人は喧嘩をしていると思っていたけど、これは喧嘩じゃない。ただ二人の意見が違うだけだったのか。喧嘩だったらゆーちゃんがこんなに親身にならない。 ひより「遊びかもしれない、余計なお世話かもしれないし、お節介かもしれない、だけど、こんな事が出来るのは学生の時くらいかもしれない、 今なら失敗しても成功しても許されるよ、社会に出てしまったら成功しか許されなくなる……そうは思わない?」 みなみちゃんは黙ったままだった。私とゆーちゃんは顔を見合わせた。どうやら説得は無駄だったみたい。 私は立ち上がった。 みなみ「どうしたの?」 ひより「ごめん、やっぱり無理強いはよくない、私達二人で何とかする」 ゆーちゃんも私に合わせる様に立ち上がった。 ゆたか「うん、こんな話しを持ち込んじゃってごめんね、頑張ってみるから……」 諦めて一度帰る素振りを見せる……これは泉先輩がかがみ先輩によくやると言っていた。何度も成功しているらしい。 私達は泉先輩ではないし、相手はかがみ先輩でもない。成功するかまったく未知数。勿論失敗したら後戻りが出来ない諸刃の剣。 それを知ってか知らずかゆーちゃんは私に合わせてくれた。実際、ゆーちゃんは本当に諦めたのかもしれない。内心、祈るような気持ちで部屋を出ようとした。 みなみ「そこまでして……分った、直接参加は出来ないけど、一緒に考えよう……」 ゆたか「本当に、高良先輩はいいの?」 みなみ「みゆきさんにはむしろ協力して欲しい、私から頼んでみる」 ゆたか「やったー!」 飛び跳ねて喜ぶゆーちゃん。私もホッと一息ついた。ゆーちゃんは早速みなみちゃんの近くに座ったが直ぐに立ち上がった。 ゆたか「嬉しくなったら緊張が取れたのか……ちょっとお手洗い借りるね……」 ゆーちゃんは小走りに部屋を出て行った。部屋を出て行くのを確認するとみなみちゃんは溜め息をついた。 ひより「ありがとう、高良先輩までも巻き込んでくれて」 みなみ「……ゆたか一人では何も出来ない、それにひよりも巻き込むなんて思わなかった、まさか記憶を奪うなんて、ひよりは怒っていないの?」 ひより「うんん」 みなみ「それは良かった」 みなみちゃんは笑顔を見せたのも束の間、急に悲しい顔になった。 みなみ「ゆたかを止めたのは失敗するとか成功するとかの問題ではなかった、それはひよりにも言える」 ひより「え、何それ、何が心配なの?」 みなみ「もう既にゆたかには話した……ゆたかから聞いて」 ひより「やだなぁ~そんな勿体ぶってさ、教えてくれてもいいじゃん、もう隠し事したって意味無いよ」 みなみ「もう、ゆたかには話したから……」 いったい何を話したというのだろうか。少し気になる。でもみなみちゃんは口を閉じてしまった。 ゆたか「おまたせ……」 扉を開けたゆーちゃんは私とみなみちゃんの表情を見て一瞬立ち止まった。 ゆたか「私がいない間に話しを進めちゃって、ずるいな~」 ゆーちゃんはさっき座った所に腰を下ろした。さっきみなみちゃんが言わなかった内容を聞きたいけど流石にみなみちゃんの目の前では聞けない。 みなみ「佐々木さんと宮本さん、二人をそれぞれゆたかとひよりで担当していたと聞いたけど、それで合っている?」 突然みなみちゃんは本題に入り始めた。私がゆーちゃんに質問をさせないためだろうか。 ゆたか「うん、そうだよね、ひよりちゃん」 ひより「う、うん、そうだったね、ちょっと競争っぽくなったのだけどね」 みなみ「一人では力が分散してしまうと思う、例えば誰か一人を重点的にしてみたらどうだろう、佐々木さんと宮本さん、どちらが危機的かにもよるけど」 どちらが危機的か、それはどう考えてもまつりさんとまなぶだろう。 ゆたか「やっぱりまつりさんとコンちゃんかもしれない……」 これはゆーちゃんと同意見だ。私は頷いた。 みなみ「一致したなら話しは早い、まつりさんと宮本さんを二人で担当してみれば?」 私とゆーちゃんは顔を見合わせた。 ゆたか「やってみようか」 ひより「そうだね」 ゆたか「今度の日曜日、取材するって言っていたよね、私もそれに同席しても良いかな?」 ひより「別に構わないと思う」 話しはスムーズに進行していく。みなみちゃんはそれをただ見守っていた。 話しが終わり、帰りの時間が近づいてきた。私が玄関を出るとゆーちゃんはチェリーちゃんに挨拶すると言って庭の方に向かって行った。 そして玄関にはみなみちゃんと私が残った。 ひより「さて、どうなるかな、楽しくなってきた」 みなみ「……楽しくなってきたなんて、とても当事者の発言とは思えない」 ひより「うんん、当事者はいのりさん、まつりさんとお稲荷さんの二人、私とゆーちゃんはそれを傍観しているにすぎないよ」 みなみ「傍観者、まるで他人事の様に物事をとらえる、そんな考え方あるなんて、ひよりなら大丈夫かもしれない」 ひより「大丈夫って?」 ゆたか「おまたせ~」 みなみちゃんから何か聞けるような気がしたけど、丁度ゆーちゃんが戻ってきて聞けなくなってしまった。 ゆたか「チェリーちゃん、お散歩がしたいみたいだった」 みなみちゃんは腕時計を見た。 みなみ「もうこんな時間、支度しないと」 ゆたか「そうだね、私達も帰ろう」 ひより「うん、みなみちゃん、今日はありがとう」 私達は岩崎家を後にした。 ゆたか「ひよりちゃん、みなみちゃんを説得する時、つかさ先輩の話しを持ち出したけど……」 駅に向かう道を歩いている時だった。歩きながら話しかけてきた。 ひより「私からしてみればつかさ先輩の話しがこの一件の始まりであり、切欠だからね」 ゆーちゃんは立ち止まった。私は二、三歩歩いてから止まりゆーちゃんの方を振り向いた。 ゆたか「ごめんなさい……」 突然の謝罪、意味が分らなかった。 ひより「いきなり謝られても意味が分らないよ」 私は一歩ゆーちゃんに近づいた。 ゆたか「ひよりちゃんの記憶を奪ったのはひよりちゃんにお佐々木さんの正体を隠す為じゃなかったの」 ひより「え、それ以外に何があるの言うの?」 私は更に一歩近づいた。今更理由が違ったとしても何が変わるものでもない。だけど興味はあった。聞いてみたい。 ゆたか「私……一人で解決したかった、だから……」 ひより「一人で、解決?」 余計分らなくなった。私の復唱にゆーちゃんは頷いた。 ひより「詳しく話して……」 ゆーちゃんは近くの公園に歩いて行った。私はゆーちゃんの後に付いて行った。 ゆーちゃんは公園のベンチに腰を下ろした。私はゆーちゃんの目の前に立ったまま話しを聞いた。 ゆたか「佐々木さんといのりさんを恋人にしてあげたい、そう思った、だけどそれは私一人で、私だけの力でしたかった、でも、ひよりちゃんはどんどん佐々木さんの正体に 近づいてくるから、きっと正体を知れば私を手伝いたいって言うに違いない、そう思ったから、なるべくひよりちゃんを佐々木さんに近づけたくなかった……」 ゆーちゃんの推測は間違っていない。知れば私は手伝いに行く。現にまつりさんとまなぶに関してはゆーちゃんと同じ事をしている。 ひより「なんで、そんなに一人にこだわるの、こうゆうのは一人より二人、二人より三人で解決した方がいいに決まってる」 ゆたか「それは……つかさ先輩が一人で……一人で解決したから」 一人で、ゆーちゃんはつかさ先輩の話の事を言っているのか。 ひより「それはつかさ先輩と真奈美さんの話しを言っているの?」 ゆーちゃんは首を横に振った。 ゆたか「つかさ先輩は叩かれるのを覚悟してこなたお姉ちゃんを守った……凄いよ、」 ひより「確かに凄いと思った、いくらかがみ先輩とは言え、本気で殴りかかったからね、泉先輩も言っていたけど、一人旅をしたつかさ先輩は以前とは比べ物にならないね」 ゆたか「うんん、つかさ先輩は一人旅をする前からそうだった、私は知っていた、つかさ先輩の凄さ」 ひより「それはまた凄い評価だね……」 ゆたか「初めて会った時だった、つかさ先輩は私を見ると腰を下ろして同じ目線で話してきた、子供扱いされたと普通は思うけど、全然そうは感じなかった それどころかとても話し易くて、お姉ちゃんと話しているみたいだった、これはみなみちゃんでも感じなかった……」 ひより「つかさ先輩は誰とでもすぐに仲良くなれそうな感じはしていたけどね……でもそれはかがみ先輩、うんん、いのりさんやまつりさんの影響があったからだと思う」 最近、つかさ先輩の話しをすると思っていたけど、まさか憧れの対象だったとは…… そうか、ゆーちゃんは成実さんの運転の真似をしたのは成実さんへの憧れではなかった。つかさ先輩の真似をしたかったのか…… ゆたか「かがみ先輩が言っていたのを覚えてる、つかさ先輩の一歩先に居たかったって言っていたのを」 ひより「……そんなの言っていたね、一歩先どころか学年でもトップクラスだもんね、釣り合いが取れないよね」 ゆたか「うんん、かがみ先輩は知っていた、普通じゃつかさ先輩に勝てないって、学年でトップの成績くらい取らないとつかさ先輩と釣り合わない、つかさ先輩は 数値や目に見えるものでは測れない物を持っていたから」 もしかしてそのつかさ先輩と同じようになりたいと思って今まで無理をしてきたって事なのだろうか。 ゆたか「でももうそれは敵わないのが分った、みなみちゃんの言うように私は一人じゃ何もできない」 そうか、みなみちゃんのアドバイスが裏目に出たのか、二人で解決するって今のゆーちゃんを否定しているのと同じだ。 ひより「みなみちゃんはゆーちゃんのその目的を知った上であんな事言ったのかな、それでもいいじゃない、ゆーちゃんはゆーちゃんだよ、別につかさ先輩になる必要はないし、 かがみ先輩の様にする必要もないよ、ゆーちゃんだって数値や目に見えるものでは測れない物を持っているよ」 ゆたか「あるの、そんな物?」 潤んだ瞳で見上げて私を見ている。 ひより「つかさ先輩の隠れた才能を見抜くなんて誰もが出来ることじゃない、身内でもない、ましては高校になって初めて会ってそれが分るなら凄いと思うよ、それに、 佐々木さんからお稲荷さんの秘密をいろいろ聞き出しているじゃない、まなぶさんも教えてくれなかったのも沢山あった」 ゆたか「そ、そうかな?」 ひより「そうだよ」 これは慰めでもなんでもない。私が思った事をそのまま話しただけ。笑顔が少し戻った。 「バゥ!!」 突然私の後ろから白い陰が横切りゆーちゃんの目の前に覆いかぶさる様に現れた。 ゆたか「ちぇ、チェリーちゃん!!」 ゆーちゃんのその声に反応するようにゆーちゃんの目の前でお座りをするチェリーちゃん。良く見るとリードが付いたままになっている。 ゆたか「どうしたの、だめじゃない、みなみちゃんを置いてきちゃ」 ゆーちゃんはチェリーちゃんの頭を軽く叩いた。耳を折り畳み、申し訳無さそうな態度をとるチェリーちゃん。まるでまつりさんとコンのやり取りを思い出させる光景だった。 みなみ「チェリー!!」 公園の入り口からみなみちゃんが駆け寄ってきた。息を切らしている。 みなみ「ひより……ゆたか……まだ帰っていなかったの?」 私は頷いた。ゆーちゃんはチェリーちゃんを構っていてみなみちゃんに気付いていない。 みなみ「この公園は散歩のコースに入っていない……チェリーが突然を振り切って走って行ったから……」 ゆーちゃんの匂いでも追ってきたのだろうか。でも、こうしてまた三人が集まった。これは偶然か。偶然だろう……だけど。 ひより「チェリーちゃん、お稲荷さんじゃないよね?」 みなみ「まさか、普通のハスキー犬、私が小さいとき……」 ひより「ふふふ、分っている、冗談だよ、冗談」 私が笑うと暫くしてみなみちゃんも笑った。そして、ゆーちゃんとチェリーちゃんを見た。 ひより「まるで飼っているみたいに仲が良いね、ゆーちゃんとチェリーちゃん」 みなみ「うん」 ひより「チェリーちゃんは私には何故か唸るだよね~」 みなみ「うん……」 ひより「ゆーちゃんはつかさ先輩に憧れていた、そしてつかさ先輩と同じようになろうとした、一人で人間とお稲荷さんの因縁を断ち切ろうとしていた」 みなみ「え……一人で……」 ひより「みなみちゃんには言わなかったみたいだね、考えてみれば言わない筈だよ、一人でしようとしたのだから」 みなみ「憧れは自分がそう成れないから憧れるもの、一人でなんて……はっ!!」 みなみちゃんは自分の言った事に気付いたみたいだった。 ひより「つかさ先輩はとんでもない事に巻き込んでくれた」 自分の世界に入っている。私の話しを聞いていない。やれやれ、それなら最初から喧嘩なんかしなければ良いのに。 みなみ「私は……ゆたかの真意を知らなかった……」 ひより「知らなかったじゃなくて、知られたくなかった、誰にも知られずに完結したかったんだね」 ゆーちゃんはみなみちゃんに気付いた。 ゆたか「みなみちゃん、いつの間に……」 みなみ「チェリーが迷惑をかけたみたい……」 ゆーちゃんはベンチから立ち上がった。そしてチェリーちゃんのリードをみなみちゃんに渡した。 ゆたか「ダメだよ、大型犬を放したら大変な事になっちゃうでしょ、小さい子にじゃれついたら大怪我だよ」 みなみ「確かに……」 みなみちゃんはリードを強く握り締めた。そんなみなみちゃんを見ながらゆーちゃんは話した。 ゆたか「人間になったり、狐になったり、遺伝子操作をしているのは分るけどそれ以上は分らない、遠い星から来るのくらいの文明をもっているのだから理解できなくて 当然だよね、私達の知識や経験じゃ及びもしないよね、そんな彼らでも事故が起きてしまうなんて」 みなみ「今の私達より進んだ文明の技術、私達では理解出来ないくらい素晴らしいもの、でも、所詮人が使っている以上そんなものなのかもしれない」 ゆーちゃんは空を見上げた。 ゆたか「お稲荷さんの故郷……何故助けに来ないのかな……連絡はとれないの」 みなみ「みゆきさんが言っていた、お稲荷さんの故郷はおそらくとても遠い星、人間の技術で彼等の故郷と連絡はできないって」 ゆたか「そうなんだ……だから帰れないんだね」 ゆーちゃんは空を見上げるのを止め、みなみちゃんの方を見た。 ゆたか「帰れないのなら、やっぱり私達と一緒に暮らすのが一番」 みなみ「それが最善ならそうかもしれないけど……現実はそうではなかった、その原因は私達人間の方にあるのかもしれない……」 ゆたか「そうだね……難しいね」 ゆーちゃんとみなみちゃん、今まで話せなかった分を取り戻すように語り合っている。やっぱり二人はこうでなくてはならない。高校時代を彷彿とさせる。 私は二人の会話に入らず暫く見ていた。チェリーちゃんも静かに二人をみていた。 次のページへ